*小説『ザ・民間療法』を始めから読む
小説『ザ・民間療法』挿し絵067
海外ではどうだか知らないが、日本には西洋医学と東洋医学という分け方がある。だから日本のお医者さんは、自分は西洋医学だと思っているはずだ。これが民間療法となると、なぜだかみんな東洋医学にくくられる。
他にも、科学的かどうかで分けられることがある。西洋医学は現代医学とも呼ばれ、現代医学は病院で行われる治療の総称なので、その全てが科学的なものだと考えられている。

一方、東洋医学となると、決して科学的とはいえないものも多い。もちろん現代医学だって、時代が下れば非科学的だったとわかることが山ほどあるから、この分け方にも過信は禁物だろう。

では私のやっていることは何だろう。医者ではない人間がやることだから、東洋医学だと思われている。だが実際のところ、「東洋医学です」と胸を張っていえるほどのものでもない。

自分の患者さんだった芳子さんが、突然肺がんで亡くなってからというもの、どうにも自信がもてなくなった。そして「もうこんな仕事なんか、スッパリやめちまおう」とまで思い詰めていたのである。

ところが森本さんの体に起きたふしぎな現象に出会ってからは、私のなかで何かが大きく変わった。興味の対象も全くちがうものになった。前は、体の悪いところをどうにかして治してやろうと、そればかり考えていたけれど、今はこの現象のことしか眼中にない。

気になって、他の人たちも左の腰の上が盛り上がっていないかをたしかめた。すると森本さんのような人は大勢いたのである。しかし肺がんだった芳子さんほど、極端に盛り上がっている人はいなかった。逆に右側が盛り上がっている人も、全く見当たらない。やっぱりこれは、左の腰の上だけに現れるものなのだ。

ではなぜ、左腰の部分だけが盛り上がるのか。
どうしてその部分は右よりも感覚がにぶいのか。
そこを刺激すると、ナゼいきなり激痛になってしまうのか。
そのとき体がやわらかくなるのはどうしてだろう。
一度変化しても、なぜまたすぐ元にもどってしまうのか。
そして、本当にあの刺激をやったから、森本さんの体調がよくなったのか。

次々と浮かぶ疑問で頭のなかがいっぱいだ。どうしてもこの現象のしくみが知りたい。もちろん科学的に説明のつく形で解き明かしたい。この現象は、病気が発生するしくみに、深く関係している気がしてならないのだ。

あの刺激で体が急に変わったのだから、この現象にはそれを解除するスイッチがあるのかもしれない。それがあの左腰の盛り上がった部分に仕込まれているのだろうか。それさえ押せば、たちどころに病気が消えてしまう。そんなリセットボタンみたいなものがあるんじゃないか。

いろいろな考えが、目の前でパッと光っては消えていく。どこかに答えを知っている人はいないのか。医学書になら書いてあるだろうか。やっぱりこのしくみを解き明かすには、まずは人体そのもののしくみを、深く理解しておくべきなのかもしれない。

そうはいっても40過ぎの私が、今の状況で医学部に入り直すわけにもいかない。残る道は独学しかないだろう。思い立ったら即行動だ。いちばん大きな本屋で医学書のコーナーに行き、片っ端から専門書を買い漁る。

一冊一冊がバカ高くてひるんだが、こればっかりは仕方ない。初歩レベルなら少々古くても問題なさそうなので、古書店にも通った。そうやって医学の本なら何でも手当たり次第に読んでいく。

ところがそもそも美大しか出ていない私には、医学の専門書などむずかしすぎた。要領の良さには定評のある私でも、さすがに今回の相手は手ごわい。一度や二度読んだぐらいでは、書いてあることの半分も理解できなくて途方に暮れる。

それでも読むしかない。何度も何度もくり返し読む。寝ても覚めても読む。仕事の合間だって食事中だって読む。しまいには解剖図を箸でめくろうとしている自分に気がついて、本にも食べ物にも失礼だから、食事中だけは読むのをやめた。

大学受験のときだって、こんなに勉強したことはない。それだけ読みつづけているうちに、やっとおぼろげながら人体のしくみがわかるようになってきた。

しかしどれほど医学書をひっくり返してみても、左の腰のところにだけ現れる、あの異常なしこりについて書かれたものはなかった。これはどういうことなのだ。ひょっとすると、この現象はまだだれにも知られていないのだろうか。(つづく)


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