*小説『ザ・民間療法』を始めから読む
小説『ザ・民間療法』挿し絵063

芳子さんが肺がんで亡くなってからというもの、私は何をするにも力が入らなくなっていた。施術には出かけるが、消化試合をこなしているような感覚に陥っていた。

そして来る日も来る日も頭に浮かぶのは、「芳子さんはなぜあんなに早く亡くなってしまったのか」とそればかりだった。

いくら肺がんとはいえ、入院するまでは健康な人と何も変わりがなかったのだ。それがたった1か月で亡くなるなんて、どうにも納得がいかない。抗がん剤治療が始まった途端、みるみる状態が悪化していって、モルヒネを使うほどの激痛までが芳子さんを襲っていた。

がんの最後が激痛だという話はよく聞くから、みな、がんにだけはなりたくないと思っている。ところが芳子さんに痛みが出たのは、入院して治療が始まってからのことだったのだ。

あの激しい痛みは、ほんとうにがんのせいなのか。タイミングから見れば、抗がん剤のせいではないのか。ひょっとして、あのとき病院で検査など受けていなければ、今ごろまだ生きていたのではないか。そんな思いに取りつかれていた。

それにしても、1か月で亡くなってしまうほど末期の肺がんに、私はなぜ気づいてあげられなかったのだろう。私のやってきたことは何だったのか。答えの出ない疑問ばかりが、頭のなかでグルグルと回りつづける。

明かりもなく、どこにつづくのかもわからないトンネルのなかを、トボトボと歩いているようだった。これはある種の停滞期なのか、ここからひたすら落ちていくのか。何もわからず、ただ疲れ切っていた。

そんなとき、しばらくぶりに近野さんから電話があった。私に患者さんをたくさん紹介してくれる、あの看護師の近野さんだ。今回も、ぜひ診てもらいたい同僚がいるのだという。

近野さんと同じ看護師の森本さんは、まだ28歳なのにいつも体調がすぐれないらしい。生理が来るたびに、毎回それはもう激しい痛みで苦しんでいる。そんなとき近野さんから私の話を聞いて、診てもらいたくなったようだ。

私の施術は、腰やひざの痛みの原因になっている背骨のズレをもどす作業がメインである。だが背骨がズレていると、生理痛がひどくなることも多いようだ。確かに、背骨の矯正をしたら生理痛がなくなった人はいる。だからといって、ズレさえもどせば必ず良くなるのかというと、その保証はない。

あまり気乗りはしないものの、近野さんの紹介では断れない。「過度に効果を期待しないように」とお伝えした上で、試しに一度森本さんの様子を見せてもらうことにした。

施術の予約の日、森本さんのアパートをたずねると、小柄の快活そうな女性が出迎えてくれた。体調が悪いと不愛想な人が多いので、これだけでも少しホッとする。

うちより広くてスッキリと整えられた、アパートの奥の部屋に通される。本棚には、私にもなじみの解剖学や看護学の本が並んでいて、これまた親近感が増す。もうすでに布団が敷いてあって、施術を受ける態勢が整っているのもありがたい。

初めに体の状態や病歴の有無などを聞いてから、まずはうつ伏せに寝てもらう。すると彼女の背中に目が止まった。声には出さないが、「オヤッ」と思うほど、背骨の左側にある筋肉が、腰の上のあたりで大きく盛り上がっているのである。

あの芳子さんの背中にも、これと同じ盛り上がりがあった。それも同じ左側だ。芳子さんの場合は、森本さんよりも数段盛り上がりが大きくて、こぶのようになっていた。だから、これは何だろうと思いながら、いつも施術していたのである。

本人にとっては、このこぶは痛くも何ともない。生活に何の支障もないから、芳子さんも森本さんも、そこが盛り上がっていることすら気づいていなかった。

その盛り上がりの部分に軽く触れてみると、右側に比べてやけに硬い。右とでは全く感触がちがって、押すと私の指を跳ね返すような硬さをしている。これも芳子さんのときと全く同じだ。

筋肉というのは、力を入れれば硬くなるが、力を抜いたらソフトになるのがふつうである。力を抜いても硬いままなのは、きっと体にとっては異常なことだろう。そこで、その筋肉をほぐすように軽く刺激を加えてみた。

しかしビクともしない。これも芳子さんといっしょだ。それなら、何としてもこの硬さを取ってあげたい。私は指を当てる角度を変えながら、刺激をくり返した。

もちろん、強い力で刺激するのは危険なので、チョンチョンと指を当てていくだけである。そんなことを10分ほどもつづけただろうか。突然、森本さんが「イタイ、イタイ、イタイ~ッ」と叫び始めた。

夢中で刺激をつづけていた私は、その声におどろいて体に電気が走った。そして全身から一気に血の気が引いた。あわてて手を引っ込めたが、私は何も痛がられるようなことはしていないはずだ。彼女の体に、一体何が起きたのだろう。(つづく)


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