*小説『ザ・民間療法』を始めから読む 038
友人たちに、最近占いの勉強をしているというと、みんなキラッと目が光り、「見て見て!」とせがんでくる。整体なんかよりも、占いに興味がある人が多いようである。そこで頼まれるまま、あちこちで運勢を占ってあげていた。そんな話が伝わったのか、昔の友人から占いの原稿の依頼まで舞い込んだ。

聞けば、携帯電話の音声サービスの一つとして、占いのコーナーを新設するから、そのための原稿を書いてほしいらしい。ちょうど例の危ないバイトも辞めて、収入源が途絶えていたところだったので、これ幸いと引き受けた。

しかし占いについては、ちょっと気になることがあった。
実はお釈迦様の説話のなかに、「幸せに生きるには星を占ってはならない。また占ってもらってもならない」という教えがあるからだ。

宇宙の真理からすれば、占いなど、してもされてもイケナイのである。これは実体験としても理解できるできごとがあった。

あれは私の父が50の誕生日を過ぎたときのことだった。父はだれにいうともなく、ボソッと「アイツ、はずれやがった」と呟いた。

何のことかと思って聞くと、ずっと若い時分に、占い師から「アンタ、50まで生きないよ」といわれていたらしい。それから数十年もの間、その言葉がずっと気になっていたのだ。

無事に50歳を迎えた父は「ザマァミロ」と勝ち誇ってはいたが、占い師のたった一言が、それだけ長い間、重しとなって心にのしかかっていたのである。その心情を思うと哀れだった。やっぱり占いはおそろしいものだ。全くもってお釈迦様のおっしゃる通りである。

しかしすでに原稿書きの仕事は引き受けてしまった。それまでの成り行き上、断るわけにもいかない。どうしようかとよくよく考えた末、占いとしては当たり障りのないことを書くことにした。ちまたの占いだって、どうにでも受け取れるようなことしかいわないものだ。だから問題ないだろう。

私は知恵を絞り、占いの辞書のようなものを駆使して、なんとか原稿を仕上げて届けた。そして数日たったころ、スタジオでその原稿の音声収録があるから来ないかと誘われた。

うちの近くだったので出かけていくと、録音ブースで女性アナウンサーが、私の原稿を読み上げているところだった。

ヘタな絵でも、高い額縁に入れると格段に見栄えがよくなるものだ。私の文章だって、プロが流暢に朗読すると、もっともらしく聞こえてくる。お釈迦様の教えのことなんか忘れて、気分よく聞き入っていたら、一通りの収録が終わった。

休憩に入ったところで、私を見つけたディレクターが「ちょっと本人の声でも録ってみよう」といって、私を録音ブースに呼び入れた。

こりゃ休憩時間のお遊びだナと思ったので、調子にのった私は、マイクに向かってアナウンサーっぽく原稿を読んでみせた。するとヘッドフォンから私の声を聞いていた彼は、「よし、これでいこう!」と決めた。

「え、マジですか!?」
あわててみてももう遅い。ディレクターがいうことは「絶対」なのである。おかげで、始まったばかりの携帯電話の占いサービスでは、私の声が流れるハメになってしまった。

よほど慣れた人でないと、録音した自分の声なんぞ聞けたものではない。私も絶対に聞きたくない。ところがその後の利用者アンケートでは、私の占いコーナーがサービス全体の2位になっていた。

かなりの人気だったということだから、これはいよいよ整体よりも占いのほうがウケがよさそうだ。それならこのまま占い師にでもなろうか。そんな考えがチラリとよぎる。

だが待てよ。やはりお釈迦様の教えに背いて生きるわけにはいかない。当初の目的通り、占いはあくまでも、相手の「気」の変化を調べるときだけにしておこう。そう心に決めた。

そんなこんなでとりあえずのところ、少々うさん臭めではあるが、整体(+気功+占い)のプロになる準備は整った。あとは整体の学校を卒業してから、実地で経験を積めばいいだろう。そうと決まったら、早く卒業してしまおう。

この学校では、各自が自主練習に励んで、それ相応の自信がついたら、自分で卒業時期を決められる。だが卒業の前に、例の「回天の生き残り」の小嵐会長を試験台にして、整体の技術を披露しなければいけない。

会長は生徒の技を受けながら、要所要所に鋭いチェックを入れる。これはいわば、教官を乗せて走る路上教習みたいなものなのだ。

回天とまではいわないまでも、会長は歴戦のツワモノである。そんな人を相手に、一度や二度の挑戦で即座に合格できるものではない。早く卒業したいと思うあまり、私も少なからず緊張していた。

そこでつい、整体技をかけながら、少しずつ「気」を入れてみた。するとどうだろう。小嵐会長の体から、潮が引くように緊張が消えた。そして徐々にいびきをかき始めたのである。

「勝った!」

この瞬間、私の整体学校の卒業が決まったのだった。(つづく)


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