小説『ザ・民間療法』花山水清

人体の「アシンメトリ現象」を発見し、モルフォセラピー(R)を考案した美術家<花山水清>が、自身の体験をもとに業界のタブーに挑む! 美術家Mは人体の特殊な現象を発見!その意味を知って震撼した彼がとった行動とは・・・。人類史に残る新発見の軌跡とともに、世界の民間療法と医療の実像に迫る! 1話3分読み切り。クスッと笑えていつの間にか業界通になる!

カテゴリ:小説『ザ・民間療法』 > 開業編

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小説『ザ・民間療法』挿し絵049
ある日のこと、いつものように健太くんの家に行くと、お母さんがいいづらそうに「実は…」と話を切り出した。

隣町に、健太くんと同じ脳性麻痺の子供を抱えるお母さんがいて、健太くんが急にしゃべれるようになったことを、つい話してしまったというのだ。するとその方から、「ぜひとも自分の娘も私にトレーニングしてもらえないか」と頼まれたのである。

これが有償の仕事ならともかく、ボランティアで通ってきている私には頼みにくかったのだろう。ところがそのときの私は、一人見るのも二人見るのも大してちがわないと思った。だから「いいですよ」と気軽に引き受けてしまった。

紹介されたミヨコちゃんの家は、駅にすると健太くんの家の最寄駅よりも2つ手前になる。早速、翌週にうかがってみると、健太くんのお母さんと同年代の女性が、わずかに緊張した面持ちで出迎えてくれた。

玄関から上がると、そのまま奥の部屋に通される。そこにはふとんに仰向けで寝ているミヨコちゃんがいた。お母さんの話では、ミヨコちゃんは今年から中学校に通うはずの年齢だが、発達障害のせいで「しゃべれない」「知能が発達しない」「歩けない」状態のまま、体だけが年齢相応に成長しているそうだ。

同じ脳性麻痺でも、健太くんとはだいぶ印象がちがう。ミヨコちゃんはすでに病院で脚の靭帯(じんたい)を切断されている。その点も健太くんとはちがっていた。

脳性麻痺の子は、ちょっとしたことですぐに両脚を固く交差させる。何かで緊張すると、体が勝手に動いてそうなってしまうのだ。

脚が交差すると、オムツの世話などの介護が大変になる。そのため病院では、脳性麻痺の子が成長しきる前に、脚の付け根の靭帯を切る手術を勧める。靭帯を切ってしまえば、脚を固く交差できなくなって、格段に介護しやすくなるからだ。

しかしこの手術を受けると、自分の脚で歩けるようになる可能性はなくなる。もちろん手術をしなくたって歩くことはできないのだが、将来の可能性がゼロになるのは親としてはつらい。脳性麻痺の子をもつ親御さんたちは、みなその大変な決断を迫られるのである。

実は健太くんの両親も、そのことでひどく悩んでいるところだった。病院の医師からは、早く手術したほうがいいとせかされている。健太くんは男の子だから、成長とともに脚を交差する力も強くなる。そうなれば、介護の負担が増すのは目に見えていた。

けれども、手術すれば奇跡が起こる余地は消える。それが現実的な判断だとしても、その結果、希望を失うことになるのなら、かんたんに答えが出せるものではない。

それにしても、この状態のミヨコちゃんに私は何ができるだろうか。すでに靭帯を切断されているから、脚のトレーニングはやっても意味がない。背中をさすってあげるとしても、思春期の女の子にどう接すればいいのかわからない。

とまどっている私とは対照的に、ミヨコちゃんは大歓迎で笑顔を向けてくれている。体の状態を見てみると、健太くんと同じでいたって健康そうだ。ところがみぞおちのあたりに目をやると、やはり肋骨の形が健太くんと同じように大きく広がっている。

この形は脳性麻痺の子の特徴のようだが、手技でどうこうすべき対象ではない。それは十分わかっている。やはりできることといえば、背中をさするぐらいしかないようだから、お母さんにやり方だけでも伝えておこうと思う。

相手が女の子なので、私はできるだけ手を触れるべきではないだろう。そう考えて、まずはお母さんの手でミヨコちゃんの体勢を変えてもらう。お母さんは慣れた手つきで、仰向けの状態のミヨコちゃんをうつ伏せにしてくれた。そこで私は軽く背中をなでてみせた。

私の手が触れたのは一瞬のことだった。それなのに、ミヨコちゃんははしゃいで失禁してしまった。これにはビックリしたが、さすがにお母さんは慣れているようだ。眉一つ動かすことなく、ため息にも似た小さな声で「おや、まあ」とだけつぶやいて、すばやく始末をする。私は同じ室内にいるのも気まずいので、トイレを借りるふりをして部屋を出た。

やはり相手が男の子ならともかく、障害のある女の子となると、私が対応するにはハードルが高すぎたのだ。もっとよく考えてから、お受けするかどうかを決めるべきだった。頼まれたとはいえ、私には何もできないのだから、自分の軽率な判断が悔やまれる。希望をもたせてしまったことすら申し訳なくて、うかがうのは今回だけにさせてもらった。

ボランティアとはむずかしいものだ。無償の行為であるせいで、安易に自分だけがイイ気分になって、責任にまで気が回らなくなってしまう。今回の訪問は、このシビアな現実を思い知る苦い経験となったのだった。(つづく)

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小説『ザ・民間療法』挿し絵050

私はいつも自炊している。1年のうち1000食は自炊しているだろう。経済的な理由だから、弁当や惣菜を買って家で食べるようなこともない。ところが出張整体の仕事だと、出先からそのまま次の場所に移動することが多い。するとなかなか家に帰れないことがある。そういうときだけ、いちばん安そうな店を探してそこで食べることになる。

その日は、たまたま立ち寄った定食屋で、料理が出てくるまでテレビを見ていた。うちにはテレビがないので、テレビがついているとちょっとうれしい。しかし私が入るような店では、だいたいプロ野球の中継だからつまらない。今日は時刻が早かったせいか、イルカと泳げるプールがある沖縄のホテルの話題だった。

「あ、あのホテルだ」

もうだいぶ前のことになるけれど、私もこのホテルのプールでイルカと泳いだことがある。その番組では「イルカは大変かしこいので、体の弱い人や障害のある人を一瞬で見抜いて、寄り添って泳いでくれる」と説明していた。イルカといっしょに泳いでもらうと、癒やしの効果があるらしい。

しかし私が泳いだときはちがっていた。イルカはそれほどフレンドリーではなかった。これは人間の性格が人それぞれちがうのと同じで、イルカにも個性があるということかもしれない。

そのときは、別にイルカと泳ぎたかったわけではない。仕事で泊まったホテルにプールがあったから泳ごうと思っただけで、そこに偶然イルカも泳いでいただけなのだ。私としては、「ま、いっしょに泳いでもイイか」ぐらいの感覚だったが、そこにはイルカの大きなフンがプカプカ浮いていた。それが気持ち悪くて早々に水から上がった。

道端に落ちているイヌやネコのフンなら、よけて通ればすむ。ところが、大きくもないプールではよけようがない。泳げばフンごとかきまわすことになるから、体どころか口の中までフンまみれになってしまう。そんなことはどうにもがまんできなかった。

家で飼っているイヌがどんなにかわいくても、そのイヌのフンが風呂に入っていたら、とてもじゃないがゆっくりと浸かってなどいられないだろう。イルカの巨大なフンの存在は、癒やし効果どころなど帳消しにするインパクトだったのだ。

テレビを見てフラッシュバックのように、プールに浮いたイルカのフンを思い出していたら、やっと料理が運ばれてきた。そこでハッと我に返ったかと思うと、ひらめいた。イルカはともかく、健太くんをプールで泳がせてみてはどうだろう。

脚の悪い人や肥満の人でも、プールでならムリなく全身運動ができる。そういうプログラムはどこのプールでもたくさんあると聞いている。脳性麻痺の健太くんだって、水に浮いていれば楽に脚を動かす訓練ができるはずだ。転ぶ心配がないから安全だろう。

早速、健太くんのお母さんに相談してみると、まだ一度もプールに行ったことはないという。それでは、と近くのスイミングスクールにいっしょに行ってみることにした。

私は水泳が大好きで、「きれいな水」のあるところなら、泳がずにはいられない。水の中には、日ごろの生活とは全くちがった世界が広がっている。その感覚を健太くんにも味わってもらいたかった。

スイミングスクールでは、やさしそうな女性トレーナーのハヤノさんが付き添ってくれた。彼女は障害のある子供の扱いにも慣れていたので、ハヤノさんの指導で、健太くんをゆっくりと水に浸けていく。少しずつ体全体を水に浸け、完全に水に浮かべようとしてみた。

ところが健太くんは初めてのプールに大はしゃぎで、うれしさのあまり口が大きく開いたままである。危うく水を飲みそうになる。「口のところに水が来たら、口を閉じるんだよ」といってみても、それができないのだ。

健太くんの場合、単にうれしくて閉じられないのではなく、口を閉じるタイミングがうまく合わせられないようだった。ちょっとした刺激で脚を強く交差させてしまうのと同じで、脳性麻痺による機能としての問題かもしれない。

健太くん本人はとても楽しそうだったが、これでは危険だ。泳いでいて、一瞬呼吸のタイミングをまちがえて、水を飲んでしまうことはだれにでもある。しかし健太くんが、完全に口を開けたまま水を飲んでしまったら、飲み込む水の量も多くなる。ヘタをしたら肺に入って、誤嚥と同じ結果になるかもしれない。

トレーナーのハヤノさんも、健太くんには水泳は危険だと判断した。いっしょに泳げたらいいのに、と思った私の気持ちは宙に浮いたまま流れていった。私の気持ちなんかどうでもいいが、残念ながらリハビリにもならないから、水泳は今回だけであきらめるしかなかった。(つづく)

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小説『ザ・民間療法』挿し絵051
健太くんの家に通い始めて、半年が過ぎようとしていた。言葉と知能はかなり前進したようだったけれど、歩行機能については全く進歩が見られない。脳性麻痺なのだから、歩けないのは当たり前かもしれない。それでも私の心のどこかには、奇跡のようなものを望む気持ちが隠れていた。

そんなある日、健太くんのお母さんから電話があった。いつもとちがって声がふるえている。健太くんに何かあったのか、と私が身がまえて電話に耳を押しつけると、お母さんは押し殺した声で、「センセイ、健太の脚が動いたんです」と告げた。一瞬、意味を理解するのに時間がかかった。そうか。あれほど待ち望んでいた奇跡が起きたのか。

その日はいつものように歩行器に座っている健太くんを、お父さんがビデオカメラで撮影していた。すると目の前の健太くんが、足先で地面を蹴ったのだ。その瞬間を、ビデオカメラがしっかりと捉えていた。

お父さんは見まちがいかと思って何度も録画を見た。お母さんと二人で何度見ても、健太くんの足は地面を蹴っている。医師からは一生ムリだといわれていたのに、新しい神経回路ができたのだ。

神経は一度損傷してしまうと元にはもどらない。しかし新しい回路ができることで、失われた運動機能が回復することがある。特に成長期の子供なら、その可能性が高いことは医学的にも知られている。だから、5歳にもならない健太くんにそれが起きてもふしぎではない。だがこれが奇跡であろうがなかろうが、両親は大喜びである。

私もビデオの映像を見せてもらうと、たしかに健太くんは足先で地面を蹴っていた。その力のおかげで、それまでは座っているだけだった歩行器が、わずかに前進していた。ここまでくれば、あとは訓練して神経回路を太くすればいいだけだ。私もうれしくて、トレーニングにも気合が入った。

ところが私の意気込みとは裏腹に、それから1か月、2か月、3か月が過ぎても、進歩がない。まちがいなくつま先は動くのに、ほとんど気まぐれ状態で、しかもその力はあまりにも弱々しいものだった。しかしこれは根気しかないだろう。がんばろう。

私がそう思って通っている間にも、健太くんの両親には別の悩みがあった。健太くんを病院に連れていくと、いくら言葉や脳の発育、足先の運動機能の変化を伝えても、医師は全く意に介さないのである。そしてひたすら「もうそろそろ脚の靭帯を切断しないと」とか、「あまり成長してからでは手術も大変になる」などといって、手術を強く迫るのだ。

これは判断がとてもむずかしい問題である。つま先が動くようになったことに希望があるとはいえ、相変わらず両脚は強く交差してしまう。成長とともに脚を交差する力もどんどん強くなるから、下の世話などの介助の負担は少しずつ増していく。

以前紹介された脳性麻痺のミヨコちゃんは、もう靭帯を切断して脚がブランブラン状態だった。それでも体が大きくなっていたので、介助する家族の負担は幼児の比ではなかった。

私が妙な希望をもたせたせいで、健太くんのご両親は正常な判断ができなくなっているのだろうか。所詮、私は赤の他人である。決して健太くんの家族ではない。健太くんの人生を背負う覚悟もない。そんな私がのめりこんだ分、家族の苦しみを大きくしていたのだろうか。私は少し健太くんたちに近づきすぎたのかもしれない。それに気づいたので、彼らとは少し距離を置くことにした。(つづく)

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*小説『ザ・民間療法』全目次を見る 052
やっぱり健太くんのような重大疾患の人に施術するのは、私にはあまりにも荷が重すぎたのだ。それがわかっていたから無償で施術してきたのだが、これは健太くんだけではなかった。子育て中なのに膠原病になってしまった女性や、友人の肝硬変のお母さんなど、病院で「治らない」と診断された人たちはすべて無償にしていた。

もちろん、私にそういう人たちをスッキリと治せる力でもあれば、仕事としてお金をもらうことに何の抵抗感もなかっただろう。だからといって、私の施術に全く効果がないかというとそうでもない。ここが判断がむずかしいところなのである。

先日も、患者の崎村さんから、60代後半の早川さんを紹介された。彼女は30年以上も飲食店を経営していたが、数か月前から腰痛がひどくてお店に立てなくなった。医師からも、「もう店を続けるのはムリだ」といわれて悩んでいた。それを見かねた崎村さんは、私なら何とかしてくれるのではないかと考えたようだ。

崎村さんの車に乗せられて早川さんの家に着くと、彼女の表情がとても暗い。60代の女性といえば元気盛りのはずなのに、早川さんには腰の痛みだけでなく、経営のことも合わせて将来の不安がのしかかっているようだった。体の調子が良ければ前向きにもなれるが、肝心の体がいうことを聞かないのでは暗くなるのも仕方がない。

「背中をちょっとさわりますよ」

横になっている早川さんに声をかけてから、背骨を指でなぞってみる。案の定、大きくズレているところがある。これだ。確かにこれだけ背骨がズレていれば、かなり痛いだろう。原因がわかったので、これなら何とかなりそうだ。

いつもの通り、ズレている背骨をそっと正しい位置までもどしてあげた。ヨシ、これならいいだろう。そう思っていると、本人も「あれ、痛くない」といってキョトンとしている。

今まで何をやっても消えることがなかった痛みが突然消えてしまった。しかも一瞬のできごとである。早川さんは起き上がって少し体を動かしてみたが、やっぱり痛みは消えていた。

これが魔法だろうが何だろうが関係ない。痛みが消えた早川さんは、それはもう大喜びだ。そばで見ていた崎村さんも、時計を指差しながら「まだ3秒ぐらいしかたってない!」といって興奮している。

「すぐお店の準備をしなくちゃ!」

早川さんはそういうと、閉めていた店の再開に向けて忙しく動き始めた。これが本来の表情なのだろう。彼女の顔は輝きにあふれていた。

この光景は、はたから見れば奇跡のようだったろう。しかし私としては、ズレていた背骨を本来の位置にもどしただけだ。それは治療と呼べるほどたいそうなものではなく、ちょっとした手作業でしかなかった。それもたった3秒だ。すっかり痛みが消えたとしても、これでお金をもらうのも気が引ける。

今回はたまたまうまくいっただけで、今の私はいつでも同じ結果が出せるわけではない。場合によっては30分、1時間と時間を費やしても、全く効果が出ないこともある。いくら時間をかけようが、効果がなければなおさらお金をもらいにくい。どちらにしたって、人からお金をもらうのはむずかしい。

こんな悩み自体が無意味だと思う人もいるだろう。だが私には、こういった経験が必要なのかもしれなかった。そしてふと、お釈迦様の托鉢(たくはつ)の話を思い出していた。

お釈迦様は村まで出かけ、各家の前で「私の修行に価値ありと認めるならば、余食を与えたまえ」といって托鉢をして歩かれた。しかし一日中、足を棒にしても、一粒の米すら得られない日もあった。それでも「托鉢は修行のためであり、食のためならず」といって、ひたすら修行に専念されたのである。

私がお釈迦様のように悟れるとも思わないが、それでも何かしらの修行を通して、お釈迦様の悟りに1ミリでも近づきたい。無償で施術することだって、少しは修行になるかもしれない。せっかく軌道に乗っていた特殊美術の仕事を捨てて出直したのだから、この仕事はお金もうけだけの手段にしたくなかった。

それなら難病などの重大疾患や、腰痛程度でも全く効果がなかった人、私よりも収入の少ない人には無償で施術させていただこう。交通費などもいただかないと決めた。

そう決めてはみたものの、私に経済的な余裕があるわけではないから、このシステムは負担が大きかった。しかしその分だけ、私の心にいくらかの救いとやる気を起こさせてもくれた。あえてハードルを高くすることで、施術家としての成長だけでなく、人生の目標にも近づける。そんな気がしていたのである。(つづく)
モナ・リザの左目 〔非対称化する人類〕

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*小説『ザ・民間療法』全目次を見る 053
最近、また腰の痛みがひどくなってきた。だれでも腰痛にはなるものだから、私だって腰が痛いときがあるのは当然だ。腰痛治療が仕事であっても関係ない。

しかも今回は痛いのが腰だけじゃない。お尻から足にかけて痛みが広がって、しびれ感まである。寝ていても、痛みで目が覚めてしまうのには弱った。これはいわゆるヘルニアによる坐骨神経痛というやつだろうか。

もちろん坐骨神経痛だろうと腰痛だろうと、施術の方法は同じである。この前も、早川さんの腰痛はたった3秒で治ったのだから、自分でなんとかすればいい。

ところが自分の体となると、なかなかうまくいかない。背中に手が回らないのも理由の一つだが、自分のこととなると指一本動かすのも億劫になる。痛みからくる不便さよりも、面倒臭さが勝ってしまうのだ。大工さんだって技術も道具もあるのに、面倒がって自宅の棚は吊らないと聞くが、その気持ちがよくわかる。

そういえば早川さんの腰痛も、病院ではヘルニア(腰椎椎間板ヘルニア)だと診断されていた。ヘルニアは、腰の骨と骨の間にあるクッション役の椎間板が飛び出した状態だ。その飛び出た椎間板が、周囲の神経を刺激すると腰痛になるらしい。

病院では、手術で痛みの原因となっている部分を切除するようだが、ヘルニアは時間がたてば自然に消えて、痛みがなくなることも知られている。それなら私の腰痛の原因がヘルニアだとしても、時間がたてばそのうち痛みが消えるはずだ。

それはそれとして、あの早川さんの腰痛はなぜ私の手技で治ったのだろう。私は彼女のズレている腰の骨を正しい位置にもどしただけで、決してヘルニアを治したわけではない。そもそもあんなことでヘルニアが治るわけもない。それではどうしてヘルニアだと診断された痛みが消えたのだろうか。しかもたった3秒ほどの矯正で。

あれから1か月ほどたつが、彼女の腰痛は消えたままである。ひょっとしてヘルニアだというのは、病院の診断ミスだったのか。しかし彼女のヘルニアは何度もレントゲンで確認していたのだから、ヘルニアそのものはまちがいなくあったのだ。

それなら、ヘルニアとは単に骨がズレた状態のことなのか。だが病院では、腰の骨がズレて腰痛になるとは考えない。ところが早川さんだけでなく、ヘルニアだと診断されていた何人もの人たちが、背骨がズレていた。そしてそのズレの矯正によって痛みが消えているのだから、関係がないわけがない。

ただしここで問題なのは、それが全員というわけではなかった点だ。全員治っているなら、ヘルニアは腰の骨がズレた状態のことだと思ってもいいかもしれない。しかしなかには、ズレをもどしても全く効果がない人もいた。これはどう考えたらいいのだろう。

ヘルニアには本物のヘルニアと、腰の骨のズレの2種類があって、ズレが原因なら、ズレをもどせば痛みがなくなるけれど、本物のヘルニアなら痛みが消えないということだろうか。

あるいは全てズレが原因なのに、矯正で効果がなかったのは、私の技術が未熟なせいなのか。このへんのところがもっと合理的に整理できれば、腰痛の根本原因にたどりつけるかもしれない。

お医者さんたちは、「どうすれば病気を治せるか」を日夜研究している。だが私はちがう。「なぜ(私の手技で)治ったのか」その理由が知りたいのだ。それさえわかれば、人体のしくみのなぞが新たに解明できる可能性もある。そう思うとなんだかワクワクして、おなかの底からエネルギーがわいてくるようだった。(つづく)
モナ・リザの左目 〔非対称化する人類〕

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