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人間というのは、つくづくよくわからない生き物だ。今までふつうに楽しくしゃべっていたかと思うと、突如として怒り出す人がいる。理由もわからず、ただただその豹変ぶりにとまどってしまう。そんな奇妙なことが、人間の体にも起こるようだ。
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人間というのは、つくづくよくわからない生き物だ。今までふつうに楽しくしゃべっていたかと思うと、突如として怒り出す人がいる。理由もわからず、ただただその豹変ぶりにとまどってしまう。そんな奇妙なことが、人間の体にも起こるようだ。
それが森本さんの体にいきなり現れた。ちょっと前まで「気持ちイ~ィ」と感じていた刺激が、いきなり「ナニすんの!?」という激痛に変わってしまった。しかもその痛みは一か所だけではない。全身どこに触れても痛いのだ。
刺激といっても、別につねったりたたいたりしたわけではない。軽く指先で表皮を動かす程度である。子供が親の肩をもむよりも、もっともっと弱い力のはずだ。それなのに、この程度の刺激がなぜそんなに痛いのか。歯が知覚過敏になっていると、冷たい空気を吸っただけでも痛いようなものだろうか。
さらに驚くことに、そこまで過敏に反応していた体が、今度はいきなりまた元のにぶい体にもどってしまったのである。森本さんは、私が急に力を弱くしたのだと思ったようだ。
ところが私は、全く手を変えていない。それなのに一挙に感じ方が変わって、元にもどってしまったのだ。もう体のどこに触れても痛がらない。それと同時に、筋肉までが元の硬さに逆戻りしていた。これはほんの一瞬のできごとだった。あまりの急変ぶりに、森本さんも「え~、え~、え~~ッ」と声を上げて驚いている。
何の脈絡もなく、会話の途中で突然怒り出す人はいても、激しく怒っていたのに、また何もなかったかのようになごやかに話し始める人がいたら、まちがいなく精神疾患で病名がつくはずだ。森本さんの体に起こった変化も、あまりにもふしぎな現象だった。
この変化は、本人だけが感じているわけではない。私の手に触れている体の感触も、本人の感覚と完全に一致していた。さらに筋肉そのものの形だって、目で見ればわかるほど変わっているのだ。
たとえば、使い古して接触不良だった家電が、ポンとたたいたはずみに通電して動き出すことがある。それがまた何かの拍子に、接触不良にもどって動かなくなってしまう。そんな印象だった。
どうやらこの一連の現象には、左腰の上にあるしこりも関係しているようだ。芳子さんにもあったあのしこりが、どうして出たり引っ込んだりするのか。そのしくみが知りたい。
ありがたいことに、森本さんも同じ気持ちだった。そこで再度チャレンジしてみることにした。この時点で二人とも、体調のことよりもこの奇妙な現象に取りつかれてしまったようだ。
彼女の明るい性格のおかげで、新たな挑戦に向かって私のテンションも上がる。彼女は、「サアッ」とばかりに勢いよくうつ伏せになる。私も応じて、「たしかさっきはこの辺を、コッチのほうからこんな感じで刺激したはず…」、と再現フィルムのように手を動かしてみる。
すると数分たったあたりで、またまた森本さんが「イタイ、イタイ、イタ~イ!」と叫び始めた。だが今回はかなりうれしそうな声である。それを聞いて私も、「ソウか、ココか、ココか」と攻め立てる。
何やら妙な世界に入り込んでいるようだ。アパートの隣人に聞かれたら、あらぬかんちがいをされないかと心配になったが、当の森本さんはお構いなしである。
この痛みというのは、針で刺されたようなするどさで、しかも私が渾身の力で押しているように感じるらしい。実際には、指をポンポンと体に当てているだけだ。ピアノの鍵盤を「軽く」たたくぐらいの、ごく弱い力しか使っていないのである。
そうこうするうちに、この興奮のバトルは1時間以上にも及んでいた。さすがに二人とも疲れてきたので、改めて2週間後に再開することにして、今日はお開きとなった。
心地よい疲れとともに森本さんのアパートを出ると、もうすっかり夜になっていた。見上げた空には、雲間からのぞいた月が輝いている。思えば芳子さんの死によって、何かが私のなかで失われてしまっていたのだ。だが今はちがう。2週間後にまたここに来るのが楽しみで、私の足取りは軽かった。(つづく)
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