小説『ザ・民間療法』花山水清

人体の「アシンメトリ現象」を発見し、モルフォセラピー(R)を考案した美術家<花山水清>が、自身の体験をもとに業界のタブーに挑む! 美術家Mは人体の特殊な現象を発見!その意味を知って震撼した彼がとった行動とは・・・。人類史に残る新発見の軌跡とともに、世界の民間療法と医療の実像に迫る! 1話3分読み切り。クスッと笑えていつの間にか業界通になる!

カテゴリ:小説『ザ・民間療法』 > 現象発見編

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小説『ザ・民間療法』挿し絵065
人間というのは、つくづくよくわからない生き物だ。今までふつうに楽しくしゃべっていたかと思うと、突如として怒り出す人がいる。理由もわからず、ただただその豹変ぶりにとまどってしまう。そんな奇妙なことが、人間の体にも起こるようだ。

それが森本さんの体にいきなり現れた。ちょっと前まで「気持ちイ~ィ」と感じていた刺激が、いきなり「ナニすんの!?」という激痛に変わってしまった。しかもその痛みは一か所だけではない。全身どこに触れても痛いのだ。

刺激といっても、別につねったりたたいたりしたわけではない。軽く指先で表皮を動かす程度である。子供が親の肩をもむよりも、もっともっと弱い力のはずだ。それなのに、この程度の刺激がなぜそんなに痛いのか。歯が知覚過敏になっていると、冷たい空気を吸っただけでも痛いようなものだろうか。

さらに驚くことに、そこまで過敏に反応していた体が、今度はいきなりまた元のにぶい体にもどってしまったのである。森本さんは、私が急に力を弱くしたのだと思ったようだ。

ところが私は、全く手を変えていない。それなのに一挙に感じ方が変わって、元にもどってしまったのだ。もう体のどこに触れても痛がらない。それと同時に、筋肉までが元の硬さに逆戻りしていた。これはほんの一瞬のできごとだった。あまりの急変ぶりに、森本さんも「え~、え~、え~~ッ」と声を上げて驚いている。

何の脈絡もなく、会話の途中で突然怒り出す人はいても、激しく怒っていたのに、また何もなかったかのようになごやかに話し始める人がいたら、まちがいなく精神疾患で病名がつくはずだ。森本さんの体に起こった変化も、あまりにもふしぎな現象だった。

この変化は、本人だけが感じているわけではない。私の手に触れている体の感触も、本人の感覚と完全に一致していた。さらに筋肉そのものの形だって、目で見ればわかるほど変わっているのだ。

たとえば、使い古して接触不良だった家電が、ポンとたたいたはずみに通電して動き出すことがある。それがまた何かの拍子に、接触不良にもどって動かなくなってしまう。そんな印象だった。

どうやらこの一連の現象には、左腰の上にあるしこりも関係しているようだ。芳子さんにもあったあのしこりが、どうして出たり引っ込んだりするのか。そのしくみが知りたい。

ありがたいことに、森本さんも同じ気持ちだった。そこで再度チャレンジしてみることにした。この時点で二人とも、体調のことよりもこの奇妙な現象に取りつかれてしまったようだ。

彼女の明るい性格のおかげで、新たな挑戦に向かって私のテンションも上がる。彼女は、「サアッ」とばかりに勢いよくうつ伏せになる。私も応じて、「たしかさっきはこの辺を、コッチのほうからこんな感じで刺激したはず…」、と再現フィルムのように手を動かしてみる。

すると数分たったあたりで、またまた森本さんが「イタイ、イタイ、イタ~イ!」と叫び始めた。だが今回はかなりうれしそうな声である。それを聞いて私も、「ソウか、ココか、ココか」と攻め立てる。

何やら妙な世界に入り込んでいるようだ。アパートの隣人に聞かれたら、あらぬかんちがいをされないかと心配になったが、当の森本さんはお構いなしである。

この痛みというのは、針で刺されたようなするどさで、しかも私が渾身の力で押しているように感じるらしい。実際には、指をポンポンと体に当てているだけだ。ピアノの鍵盤を「軽く」たたくぐらいの、ごく弱い力しか使っていないのである。

そうこうするうちに、この興奮のバトルは1時間以上にも及んでいた。さすがに二人とも疲れてきたので、改めて2週間後に再開することにして、今日はお開きとなった。

心地よい疲れとともに森本さんのアパートを出ると、もうすっかり夜になっていた。見上げた空には、雲間からのぞいた月が輝いている。思えば芳子さんの死によって、何かが私のなかで失われてしまっていたのだ。だが今はちがう。2週間後にまたここに来るのが楽しみで、私の足取りは軽かった。(つづく)

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小説『ザ・民間療法』挿し絵066

あれから2週間がたった。
あんなに楽しみにしていたのに、森本さんのアパートに向かう道すがら、つい心配性の私が顔をのぞかせていた。ひょっとしてあのときの刺激が元で、彼女は体調を崩しているのではないか。何か悪い影響が出ているのではないか。そんな不安が心のなかで渦巻いていた。

しかしアパートの呼び鈴を押すと、ドアを開けた森本さんが明るい表情なのを見てホッとする。それどころか彼女は待ちかねたように、「あれからずっと体調がよくて~」と勢いよく話し出したのだ。

「あのあとすぐ生理がきたの。いつもはとんでもない激痛なのに、今回はぜんぜん痛くなくてね。パッと来てパッと終わったのよ~。もうこんなこと初めて!ふしぎ~っ」と息もつかずに、あの施術の効果を興奮気味に報告してくれた。

よかった。私だって良い結果になりそうな予感はしていた。でも、本人から話を聞くまでは、自信めいた気持ちと不安な気持ちが、心のなかで行ったり来たりしていたのである。

「よし、それなら」と、早速前回のつづきに取りかかる。布団の上にうつ伏せになってもらうと、彼女の左腰の上にある例のしこりが、また盛り上がっている。その部分をねらって前のように攻めてみた。

やはり前回同様、しこりは私の指を強くはじき返してくる。この硬いゴムのような感触は、やはり右側とは全くちがうものなのだ。それをたしかめながら、あらゆる角度からしこりを目がけて刺激をつづける。

すると少しずつ変化し始めた。刺激が痛みになってきていることが、私の指先に伝わってくる。同時に森本さんからも、「イタイ~ッ」と喜びの声が上がる。さてここからが肝心だ。前回は、あっという間に元にもどってしまった。だから今回は、間をおかずに刺激しつづける。

そうしているうちに、あれだけ痛がっていた森本さんが、なんとスースーと寝息を立て始めた。もちろん痛みで失神したわけではない。私も少し疲れたので、刺激を一休みして彼女にはそのまま寝てもらった。

15分ほどして自然に目を覚ました彼女は、自分がすっかり寝入ってしまったことに驚いている。「たった15分でも、長時間眠ったあとみたい」といって、久しぶりに深く眠れたのがうれしそうだ。そして「あれだけ痛かったのに、なんで眠くなっちゃうんだろう」と、またふしぎがっている。

スッキリしたところで刺激を再開する。2週間前のときと同じように、背中のしこり部分だけでなく、どこを刺激しても痛く感じるようになってきた。そこで今度は仰向けになってもらって、おなかにも刺激を加えてみる。

おなかへの刺激も痛みとして反応が出た。するとパーンと張っていた体が、どんどんやわらかくなっていく。いわゆる女性らしい筋肉の感触になってきた。本人の話でも、以前はもっとやわらかい体だったのに、気づいたときには硬くなっていたようだ。

そうこうするうちに、今日もあっという間に1時間を超えていた。迷いなく進められたので、これで刺激としては十分だろう。つづきはまた次回にしよう。

森本さんは相変わらず「ふしぎ~」を連発している。たしかにそれ以外に表現しようがない。彼女は私の施術を受けてからというもの、自分の体に起きたこのふしぎな現象を、職場の医師たちにも話してみたらしい。しかしどう説明してみても、だれにもわかってもらえなかったといって悔しがっている。

さすがにこれは、自分で体験してみなければ理解できないだろう。たとえば、悪霊がついたら体が硬くなって、悪霊を払ってもらった途端、体がやわらかくなった。そんな話を聞いて、そのまま理解してくれる人はいないはずだ。

悪霊つきの話でなくても、聞いたことも見たこともないふしぎな現象の話など、医師がまともに取り合うはずがない。だがこの現象は、病気が発生するしくみに深く関わっている。そんな確信めいた考えが、私のなかに芽生え始めていた。(つづく)


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小説『ザ・民間療法』挿し絵067
海外ではどうだか知らないが、日本には西洋医学と東洋医学という分け方がある。だから日本のお医者さんは、自分は西洋医学だと思っているはずだ。これが民間療法となると、なぜだかみんな東洋医学にくくられる。
他にも、科学的かどうかで分けられることがある。西洋医学は現代医学とも呼ばれ、現代医学は病院で行われる治療の総称なので、その全てが科学的なものだと考えられている。

一方、東洋医学となると、決して科学的とはいえないものも多い。もちろん現代医学だって、時代が下れば非科学的だったとわかることが山ほどあるから、この分け方にも過信は禁物だろう。

では私のやっていることは何だろう。医者ではない人間がやることだから、東洋医学だと思われている。だが実際のところ、「東洋医学です」と胸を張っていえるほどのものでもない。

自分の患者さんだった芳子さんが、突然肺がんで亡くなってからというもの、どうにも自信がもてなくなった。そして「もうこんな仕事なんか、スッパリやめちまおう」とまで思い詰めていたのである。

ところが森本さんの体に起きたふしぎな現象に出会ってからは、私のなかで何かが大きく変わった。興味の対象も全くちがうものになった。前は、体の悪いところをどうにかして治してやろうと、そればかり考えていたけれど、今はこの現象のことしか眼中にない。

気になって、他の人たちも左の腰の上が盛り上がっていないかをたしかめた。すると森本さんのような人は大勢いたのである。しかし肺がんだった芳子さんほど、極端に盛り上がっている人はいなかった。逆に右側が盛り上がっている人も、全く見当たらない。やっぱりこれは、左の腰の上だけに現れるものなのだ。

ではなぜ、左腰の部分だけが盛り上がるのか。
どうしてその部分は右よりも感覚がにぶいのか。
そこを刺激すると、ナゼいきなり激痛になってしまうのか。
そのとき体がやわらかくなるのはどうしてだろう。
一度変化しても、なぜまたすぐ元にもどってしまうのか。
そして、本当にあの刺激をやったから、森本さんの体調がよくなったのか。

次々と浮かぶ疑問で頭のなかがいっぱいだ。どうしてもこの現象のしくみが知りたい。もちろん科学的に説明のつく形で解き明かしたい。この現象は、病気が発生するしくみに、深く関係している気がしてならないのだ。

あの刺激で体が急に変わったのだから、この現象にはそれを解除するスイッチがあるのかもしれない。それがあの左腰の盛り上がった部分に仕込まれているのだろうか。それさえ押せば、たちどころに病気が消えてしまう。そんなリセットボタンみたいなものがあるんじゃないか。

いろいろな考えが、目の前でパッと光っては消えていく。どこかに答えを知っている人はいないのか。医学書になら書いてあるだろうか。やっぱりこのしくみを解き明かすには、まずは人体そのもののしくみを、深く理解しておくべきなのかもしれない。

そうはいっても40過ぎの私が、今の状況で医学部に入り直すわけにもいかない。残る道は独学しかないだろう。思い立ったら即行動だ。いちばん大きな本屋で医学書のコーナーに行き、片っ端から専門書を買い漁る。

一冊一冊がバカ高くてひるんだが、こればっかりは仕方ない。初歩レベルなら少々古くても問題なさそうなので、古書店にも通った。そうやって医学の本なら何でも手当たり次第に読んでいく。

ところがそもそも美大しか出ていない私には、医学の専門書などむずかしすぎた。要領の良さには定評のある私でも、さすがに今回の相手は手ごわい。一度や二度読んだぐらいでは、書いてあることの半分も理解できなくて途方に暮れる。

それでも読むしかない。何度も何度もくり返し読む。寝ても覚めても読む。仕事の合間だって食事中だって読む。しまいには解剖図を箸でめくろうとしている自分に気がついて、本にも食べ物にも失礼だから、食事中だけは読むのをやめた。

大学受験のときだって、こんなに勉強したことはない。それだけ読みつづけているうちに、やっとおぼろげながら人体のしくみがわかるようになってきた。

しかしどれほど医学書をひっくり返してみても、左の腰のところにだけ現れる、あの異常なしこりについて書かれたものはなかった。これはどういうことなのだ。ひょっとすると、この現象はまだだれにも知られていないのだろうか。(つづく)


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小説『ザ・民間療法』挿し絵068
また近野さんから電話がきた。
彼女の紹介で私が施術した森本さんから、施術の経緯を聞いたそうだ。森本さんはその後もずっと調子がいいらしい。それ以前は職場でも半病人のようだったから、施術後の変化にみんなが驚いているのだという。

それを聞いて私もホッとした。紹介者である近野さんの顔も立てられたから、さらに安心である。その気持ちのすきを見計らったように、すかさず彼女が「それはそうと…」と切り出した。何かイヤな予感がして、つい私も身構える。

「実はもうひとり、診てもらいたい友だちがいるの」

この声のトーンからすると、よほど頼みづらい人なのだろう。

「彼女は歯科衛生士なんだけど、最近、子宮頸がんだと診断されて、来月手術するんだって。それまでは自宅で療養中だから、その間に体を整えてあげてほしいのよ」とつづけた。

しかし「がん」と聞いた途端、私の口からは「ムリムリムリ!」という断りの言葉があふれ出た。それなのに近野さんは、私のいうことなど全く耳に入らないようだ。

「彼女、今すごく不安がっているから、ちょっと診てくれるだけでいいの」

この「ちょっと」に力を入れて一方的にまくしたててくる。

そもそも強気で早口で善意の女性の話には、だれも口を挟むすきなどない。しかも彼女には日ごろお世話になっているから、頼みをむげに断るわけにもいかない。「ぜったいに断らせるものか」という圧力に負けた私は、「まずは一度会って、体を見るだけ」といって引き受けてしまった。

紹介された川上京子さんは31歳で、郊外の住宅地に建てたばかりの家にご主人と二人で住んでいる。その若さで一軒家を新築するなんて、一間のアパート暮らしの私とはえらいちがいではないか。

お宅に着くと、今風のおしゃれな外観で、ガレージにはこれまたおしゃれな外車が停めてある。呼び鈴を押すと、音までなんだかオシャレ気である。

その軽やかな音につづいて玄関ドアから顔をのぞかせたのは、細くてか弱い、どこか影の薄い感じがする女性だった。つい「美人薄命」という言葉が浮かんで、あわててあいさつの声でかき消した。

京子さんの案内で部屋に入ると、どこもピチッと片づいている。家によっては、文字通り足の踏み場もないほど散らかった部屋に通されることもあるので、これなら楽だ。

早速お話をうかがうと、しばらく前から体調がすぐれなくて、生理のときには毎回激しい痛みがつづいていたようだ。最近では体力が落ちて、入浴中に寝入ってしまうほどだったので、検査を受けてみたのだという。

そこで子宮頸がんだと診断され、来月の手術までの1か月ほどは、仕事を休んで休養している。ここまでは紹介者の近野さんから聞いていた通りである。

しかし京子さんは、自分のがんのレベルについてはあまりくわしく聞いていないようだった。だがどちらにしても、がんに対して私が何かできるわけではない。

肺がんが見つかった途端、あっという間に亡くなった芳子さんのときだって、がんを悪化させてしまうのではないかと思うと、怖くて手が出せなかったのだ。

その話をすると、京子さんはその外見からは意外なほど元気な声で、「大丈夫よ~、私、駅前のマッサージ屋さんで、いつもグイグイもまれてるけど平気だもの」といって私の不安を一蹴する。

イヤイヤ…。これまではそれでよくても、この状態で何か起きたら私には責任が取れない。そう思うとやっぱり手を出したくない。ところが彼女は、森本さんの生理痛がよくなった話を近野さんから聞いて、内心、私の施術に期待しているようである。

期待があるとなると、なおさらコワイ。しかしここまで来た以上、近野さんの手前もあるから、何もしないで帰るわけにもいかない。そこでとりあえず、体を「ちょっと」診せてもらうことにした。

まずはうつ伏せに寝てもらう。するといきなり、彼女の左腰の部分が盛り上がっているのが目に飛び込んできた。それは森本さんにもあった、肺がんで亡くなった芳子さんにもあった、例のあのしこりなのだった。(つづく)


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069
近野さんから、子宮頸がんで手術を1か月後に控えた京子さんを紹介された。もちろんがんが私の手に負えるわけではないから、一旦は施術をお断りした。しかし「せめて一度診るだけ」と懇願されて、仕方なく彼女の家を訪れたのだ。

そこで彼女の背中を見るなり、森本さんや芳子さんと同じように、左腰の上が盛り上がっているのが目に入った。肺がんで亡くなった芳子さんほどひどくはないが、森本さんよりは大きなしこりである。これは京子さんに会う前からうっすらと予想はしていたが、それが的中してしまった。

森本さんの左腰のしこりと格闘していたころ、調べてみたら、この部分の筋肉は脊柱起立筋(せきちゅうきりつきん)と呼ぶらしい。

起立筋はその字の通り、脊柱(背骨)を立たせておくための筋肉で、背骨に沿って左右に分かれてついている。だがそんな役割の筋肉が、なぜ左側だけこわばってしまうのだろうか。

左といえば、昔からマイナスのイメージがあるようで、どこか不気味な感じもする。実際、彼女たちの背中で異様に盛り上がっている左の起立筋を見ると、コイツが何か悪さをしているのではないかと思えてくる。

ここが盛り上がっていると体調が悪い。盛り上がりがなくなると調子がよい。それなら、これは一種の体調のバロメーターになるかもしれない。では起立筋が全く左右対称なら、その人は健康体だといえるのだろうか。

ふと興味がわいたので、京子さんの左の起立筋に触れてみた。すると森本さんと同じで、私の指をはじき返すような感触である。

一瞬、森本さんのときのように、ちょっと刺激を加えてみたい衝動に駆られた。だが相手は手術を控えたがん患者なのを思い出して、その気持ちをグッと抑える。

背中の確認が終わったところで、今度は仰向けになってもらう。おなかに目をやると、やけに張っているのが気になる。京子さんはこんなにやせているのに、このおなかの張り方はいかにも不自然だ。

おなかというのは、たとえ太ってぜい肉がついていても、仰向けになったら重力である程度はへこむものである。それなのに彼女のおなかは張ったままだ。しかもみぞおちのあたりから、急カーブを描いて大きく盛り上がっているから、まるで妊婦さんみたいなのだ。

まさかとは思ったが、女性を施術する前には妊娠の確認は必須である。一応、「妊娠はしてないよね」とたしかめると、「まさか!そんなことあるはずないわ~」とあっけらかんと笑っている。

そこで軽くおなかに触れてみると、皮膚の下に妙なザラつきがあった。これはいったい何だろう。おなか全体に、小粒の硬いイクラを敷きつめたようになっているのだ。

しかもそのザラつきは、子宮頸がんがあると思われる下腹部を中心として、同心円状に広がっている。さらにそのイクラのようなツブツブは、中心部に行くにしたがって密度が高くなっている。まるでおなかのなかに、何か別の邪悪な生き物が巣食っているような印象だ。

まちがいない。彼女のおなかのなかでは、今とんでもなく異常なことが起きているのだ。指先から伝わってくる感触に、私は急に寒気がしてきて手を離した。(つづく)



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