小説『ザ・民間療法』花山水清

人体の「アシンメトリ現象」を発見し、モルフォセラピー(R)を考案した美術家<花山水清>が、自身の体験をもとに業界のタブーに挑む! 美術家Mは人体の特殊な現象を発見!その意味を知って震撼した彼がとった行動とは・・・。人類史に残る新発見の軌跡とともに、世界の民間療法と医療の実像に迫る! 1話3分読み切り。クスッと笑えていつの間にか業界通になる!

カテゴリ:小説『ザ・民間療法』 > 普及編

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113
がん患者には、左側の脊柱起立筋が異常なほど固く緊張している人が多い。起立筋だけではなく、左半身の知覚はことごとく鈍くなっている。そんな状態では、どんなに力を入れてもんでも叩いても、ビクともしないのである。

ところがある特定の神経をねらって、指で軽く刺激しつづけていると、突然、知覚が変化する。昔はテレビが映らなくなったら、横からポンポンと叩くと急に映りだすことがあった。電気の接触不良が、外からの軽い刺激で直ったのだろうか。私の手技も、原理としてはそれに似ている。

しかしこの刺激は、相手によっては全く通用しないこともあった。まだまだ私の技術は完成していないのである。だが、だれも知らなかった現象なのだから、これから改善していけばいい。そのためにも、この技を整体学校で紹介する機会があってよかった。

ここまで体験モデルをやってくれた加納先生にお礼をいうと、今度は私の体を使って、大外先生にもこの刺激をやってみてもらうことにした。

私はこの手技を神経刺激と呼んでいる。神経刺激のやり方は、筋肉と筋肉の間に親指の先を軽く当てていくだけだ。やることはかんたんでも、刺激するポイントを見つけるのがちょっとむずかしい。そのねらい方を一通り説明する。

説明が終わると、周りで見ていた人たちも、それぞれがペアになってチャレンジし始めた。するといきなり受け手の人たちから、「ギャーッ、ヒィ~~ッ」という悲鳴が上がり始めた。軽く触れるだけで十分だといったのに、みな「これでもかっ」というほど強い力でグイグイ押している。それでは単に相手の体を痛めつけているだけだ。

実はこの業界は体力自慢の人ばかりで、いろいろな格闘技を身に着けている人も多い。なかにはプロの格闘家までいる。彼らは相手の体を治すよりも、破壊することに長けている。しかも相手が痛がれば痛がるほど、エキサイトしてしまう傾向があるのだ。

そんな人たち相手に、今日の教え方では非常にまずかった。これが職人の世界なら、弟子は親方の技を見て盗むものだ。手取り足取り教えられたからといって、それで習得できるものではない。しかしわれわれは体を扱うのだから、もっと事前に注意すべきだった。

職人といえば、特殊美術の仕事でディズニーランドのスプラッシュ・マウンテン用の岩壁を造ったことがあった。鉄筋と金網で大まかな造形をし、その上からモルタルで仕上げて岩壁風にするのだ。

そのモルタル仕上げのために、私は大勢の左官職人に集まってもらった。ところが彼らは、モルタルでキチッと真っ平に仕上げる技はあっても、不定形は苦手だ。ゴツゴツした岩のように仕上げた経験がない。それどころか、そういう雑な仕事は、職人としてやりたがらないのである。これには困った。

一方、アメリカの本家ディズニーランドでは、モルタルで岩を作る作業がちゃんとマニュアル化されている。だから職人としての経験などなくても、素人でもできる。それを聞いた私は、急いで美術系の人を集めて何とかオープンに間に合わせた。

それなら私が編み出したこの手技だって、しっかりとマニュアル化すれば素人でもできるようになるはずだ。それが完成すれば、プロに施術してもらわなくても、家族や友人同士で事足りるようになる。

そもそも自分の体のメンテナンスは、自分や家族の手でできるようになるのが理想だろう。それこそが民間療法の本質ではなかろうか。そう思いついたら、なんだかこれから進むべき道が見えてきたようでうれしくなった。

そんな未来を妄想してウットリしていたら、「師匠!」とだれかが私の耳元で叫んだ。おどろいて振り向くと、そこには目をキラキラさせた大外先生が立っていた。そして「私を一番弟子にしてくだサイッ」といったのだった。(つづく)

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112
沖縄から帰った私は、久しぶりに池袋の整体学校に行ってみた。さわやかな潮風でリフレッシュしたばかりの私には、この場末感が漂う雑居ビルのたたずまいが、ある意味とても新鮮だ。

ギギギィーッと建付けの悪いドアを開けると、そこには大外先生をはじめ、いつものメンバーがそろっていた。室内は相変わらず雑然としている。この色気のなさが妙に落ち着く。とっ散らかった実家の居間に似た安心感があるのだ。

沖縄みやげの「ちんすこう」を差し出すと、みなワッと集まってきて食べ始めた。大外先生はすばやく2個目を口に放り込むと、私のほうに向き直って「で、最近どうヨ?」と聞いてきた。私がしばらくぶりに顔を出したからには、何か新しい情報があると気づいているのだ。

そこで、がん患者たちの体で発見した、例の現象について話し始めた。がん患者はみな脊柱起立筋の左側だけが異様に盛り上がっていて、体の感覚も左側だけひどく鈍くなっていることだ。

それだけではない。私が新しく開発した手技で刺激すると、その起立筋の盛り上がりが消える。しまいには、がんまで消えてしまったという話なのである。

こんな話はだれにでもいえることではない。私には何人ものがんが消えた実感があったが、まだこれには科学的な裏づけがない。ましてがん患者さんを相手にこんなことをいって、妙な期待をさせてもいけない。だからこの話を人に聞いてもらう機会はあまりなかった。

もちろんお医者さんにだけは、これまで何人にもこの話をしてきた。ところがなぜこんな現象が起こるのか、だれもはっきりとは説明してくれない。それどころかせっかくの大発見なのに、この異常な現象に興味をもってくれる人さえいなかったのだ。

しかし整体の先生なら、毎日大勢の人の体に直接手で触れているから、感覚的には理解しやすいはずだ。大外先生ならわかってくれるかもしれない。そう期待しながら、この発見について熱を込めて話した。

ふと気づくと、整体の練習をしていた生徒たちが寄ってきて、私の話を興味深げに聞いている。これは理解者を増やすチャンスだから、具体例を見てもらったほうがいいかもしれない。

見回すと、大外先生の後ろでまだちんすこうをモグモグしている加納先生と目が合った。ちょうどいい。彼も大外先生と同じでこの学校の指導員だ。生徒から施術を受けることには慣れているので、彼に体を貸してもらおう。

ちんすこうの恩があるから、加納先生も「ノー」とはいえない。早速うつ伏せになってもらうと、これまた都合がよいことに、彼の起立筋はしっかりと左側だけが盛り上がっていた。

「ホラ、これですよ、これ」と私が指差すと、大外先生が業界人っぽい口調で、「加納ちゃ~ん、やっちまったな~」といって、彼ががんだと決めつけた。いきなりのことで、加納先生がおびえた目をして私を見上げた。

あわてて、「イヤ、左の起立筋が盛り上がっているからって、それだけでがんがあるわけじゃないですよ」と説明しても、時すでに遅しだった。もうみなの思い込みはゆらがない。私はますます焦ったが、これがこの話の怖いところなのである。

「がん」という言葉をつかうと、その響きが独り歩きして、聞いた人の意識の深いところに入ってしまうのだ。案の定、加納先生も突然がんの宣告を受けたみたいに不安がっている。だが今日は仕方がない。「がんじゃないですよ。大丈夫ですよ」とくり返しながら、私は説明をつづけた。

まずは、見ている人たちにもわかるように、彼の左右の起立筋を私が親指で左右同時に押してみせる。やはり加納先生は、右よりも左の起立筋のほうが、感覚が鈍くなっている。

しかしうつ伏せになっているから、彼には私が何をやっているかは見えない。左側は、私の押す力が弱いのだと感じているようだった。だが横で見ている人たちには、同じぐらいの力だとわかる。

この左右の感覚のちがいを確認したところで、いよいよ私が開発した例の手技で刺激を加えてみせる。肩や背中など何か所かの特定の神経をねらって、親指でリズミカルに刺激していくのだ。

その様子を見た人から、ギターか何かを弾いているみたいだといわれたことがあった。たしかに親指をバチに見立てれば、三味線を弾いている姿に似ているかもしれない。

そうやってベンベンベ~ンと弾いていると、まもなく彼の体が変化してきた。その感触の変化が私の指先に伝わってくる。それと同時に「イタ、イタ、イタタ~ッ」と彼は声を上げて体をよじり始めた。

やはりがんがある人に比べると、刺激に対する反応が出るのがすこぶる早い。これなら加納先生の体に大した問題はなさそうだ。

この刺激は、指先で軽く触れる程度のものでしかない。彼が痛がり始める前と後とで、力の加減は変えていない。それなのにこのあまりの変化の激しさに、大外先生やまわりの人たちもえらくおどろいている。

次に、あえて人差し指だけで体中をあちこちツンツンと軽く突いてみせる。すると、ツンと突くごとに加納先生が「イタッ」と身をよじる。ツンと突くと「イタッ」、ツンと突くと「イタタッ」の連続だ。

これを見ていた大外先生が、横から手を出して私と同じように突いてみる。やっぱり同じように加納先生が痛がる。それに釣られてまわりの人たちも、珍しいおもちゃでも見つけたように一斉につつき始めた。

日ごろからいじられ役の加納先生には災難だったが、この刺激は体にとってはいいはずだから、きっと今晩はよく眠れるだろう。そうこうするうちに、あれだけ盛り上がっていた彼の左の起立筋は、もうかなりへこんできたのだった。(つづく)

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