小説『ザ・民間療法』花山水清

人体の「アシンメトリ現象」を発見し、モルフォセラピー(R)を考案した美術家<花山水清>が、自身の体験をもとに業界のタブーに挑む! 美術家Mは人体の特殊な現象を発見!その意味を知って震撼した彼がとった行動とは・・・。人類史に残る新発見の軌跡とともに、世界の民間療法と医療の実像に迫る! 1話3分読み切り。クスッと笑えていつの間にか業界通になる!

カテゴリ: Essay

私が大好きな西岸良平のマンガに、『三丁目の夕日』という作品がある。

実写での映画にもなったので、ご存じの方も多いだろう。

この作品の時代設定は昭和30年代だ。

コマの隅々まで、私が子供のころに見て育った風景だから、見ていて飽きない。


流行に疎い私は、マンガだけでなく音楽からファッションまで、昭和仕様のままである。

昔は良かったなどというつもりもないが、科学以外のこととなると新しさには関心が薄いのだ。

そして今、なじむ間もなく平成という時代も終わろうとしている。


歴史区分では、現代に近い時代のことを近代という。

今までの日本では、明治から太平洋戦争集結までを近代としていた。

ところが平成が終わると、ずっと現代だと思ってきた戦後まで近代となり、昭和はまるごと遠い過去に押しやられてしまう。

『三丁目の夕日』どころか、平成よりも前のことなど、だれも懐かしがらない時代がくるのだ。


そういえば子供の時分、まだ町内には慶応生まれの人が生きていた。

「え! あの薬屋のばあさん、江戸時代の生まれなの!?」などと話していた記憶があるから、100近い年齢だったのだろう。

幕末の動乱、明治維新、大正デモクラシーに世界恐慌、2度の大戦の時代を生き通したとなると、驚異的な人生だ。

子供にしてみれば、化石のようなものすごい年寄りにしか思えなかったが、昔話の一つでも聞いておけばよかった。(花山水清)

改元の騒ぎを耳にすると、ふとそんなことを思い出すのである。


■元号メモ

・慶応 1865年~1868年  4年間
・明治 1868年~1912年 45年間
・大正 1912年~1926年 15年間
・昭和 1926年~1989年 64年間
・平成 1989年~2019年 31年間

( Wikipedia http://tinyurl.com/y8tkewn3 )

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私は美術家である。

アーティストと表現することもあるが、自分では美術家だと思っている。


美術家の目的は、自然のなかから美を見つけ出し、それを切り取ることである。

自然から美を見つけること自体はむずかしいことではない。

神が作った自然のなかに、美しくないものなど存在しないからだ。

逆に、美とかけ離れたものを探すとしたら、人間の頭のなかか人間が作ったものぐらいだろう。


しかし美術家というのは、なまじ美を追求するあまり、自分の頭のなかの美しくない部分ばかりが際立ってくる。

以前の私も、美術家として大きな間違いを犯していた。

自然のなかから美を切り取るどころか、過去にだれかが見つけた美を寄せ集めて、借り物で自分の美の世界を作り上げようとしていたのだ。


そのような偽りの美術には、感動も喜びもあるはずがない。

レオナルド・ダ・ヴィンチは、「画家は自然以外のものを手本に選べば、いたずらに自分を疲労させる」といった。

彼のいう通り、あるのは苦しみだけだった。

美術家であろうとすれば、そんなウソを生涯つき通すしかない。

そのため、私の作品には常に後ろめたさがつきまとっていた。

美術の世界の怖いところは、そのウソを自分以外はだれにも見抜けないことなのだ。


実はほとんどの美術家は本人が意識するしないにかかわらず、私と同じ苦しみを味わっている。

ピカソやロダンほどの天才でも、やはり似たような経験をしていたはずだ。

皮肉なことに、美術は決して美術家を救ってはくれない。

だから美術家は、美術の世界ばかりか、現実の世界から逃げ出してしまう者も多いのである。


しかし私は、人体の「アシンメトリ現象」の発見を機に、自分にも世間にもウソをつかなくてすむようになった。

「アシンメトリ現象」の研究は、私にとって心底没頭できる美の探究なのである。

おかげで偽りの美術の呪縛からは完全に解放された。

美術家として評価されるかどうかは別として、美術家であろうとする自分を、今では誇りに思えるのである。


そして今、美術の世界から医学の世界を眺めるようになってみると、そこにはかつての私と同じ表情を隠し持った人たちが大勢いる。

彼らもまた、苦しみのなかにいるのである。(花山水清)

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昨年2月、大学の同期生たちが銀座でグループ展を行なった。

招待されて出かけてみたら、40年振りの旧友たちはみな私同様ジジイの顔をしていた。

この40年の間、美術の世界でそれぞれが精一杯奮闘していたようで、彼らの顔を眺めているといろいろな意味で感慨深かった。


ところで、私が学生の頃はこういった絵画を見せる美術展のことは展覧会といっていた。

それがいつしか、展示会と呼ばれることが増えている。

だが展覧会を展示会というのは、私には非常に違和感がある。

展示会といえば、着物や宝石の販売が目的の会ではなかったのか。

辞書などで調べてみても、展覧会は美術品を並べて見せる催し、展示会は企業の製品や商品を公開し販売もする会と書いてある。

展覧では天覧とまぎらわしいとか、絵の販売もするのだから展示会でいいだろうということなのか。


しかし、展覧会を展示会というのが当たり前になったのなら、ムソルグスキーの代表曲「展覧会の絵」も「展示会の絵」というのだろうか。



それでは優雅な美術のイメージから遠のいて、グッと商売っ気がにじむ気がする。

これは私の感覚が古いだけかもしれない。

言葉は生き物だから、時代によって変わるのは仕方がないことだろう。


そういえば、茶道のことをNHKラジオでは「チャドウ」というのも気になっていた。

調べてみたら、こちらは「サドウ」のほうが新しい言い方であって、本来は「チャドウ」というものだそうだ。

それなら、古い人間は率先して「チャドウ」というべきか。

今後は寅さんに倣って、喫茶店のことだって「キッチャ店」というようにしなくてはなるまい。(花山水清)

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 私は日本人気質と呼ばれるメンタリティは、親鸞によって作られたと思っている。

釈迦入滅後2500年以上をかけて、仏教はさまざまな形に変化しながら世界に広がっていった。

その究極の姿が、浄土真宗の宗祖である親鸞(1173-1263)の教えではないかと思うのだ。


 親鸞の教えとはなにか。

師である法然は、「南無阿弥陀仏」と唱えれば阿弥陀様に救ってもらえると説いた。

これに対し弟子の親鸞はさらに、仏教にあるべき修行や戒律までも取り払い、ただ「ナムアミダブツ」と唱えるだけで救われるという、念仏一途の道を説いた。

後にも先にも、これほど見事な他力信仰は存在しない。

この圧倒的な他力信仰の上に、われわれ日本人の思考は形成されているのである。


 かつてキリスト教は、帝国主義と手に手を取って世界中を席巻した。

多くの国々、多くの民族がキリストの名のもとに跪き、キリスト教は地の果てまで広がった。

一方、日本では、国中でクリスマスを祝い、教会で結婚式を挙げているというのに、実際にクリスチャンになる人などほとんどいない。

諸手を挙げて歓迎しているようでいて、受け入れているのは上辺だけ。

日本がキリスト教国になることなどありえない。

どんな宗教に傾倒しようが、根底にある「他力」のメンタリティが揺らぐことはない。

逆に全ての宗教が、日本に入った途端に換骨奪胎し、日本の色に染められてしまうのだ。


 「他力信仰」とは、一切の疑問を持たず、思考停止を旨とする。

脳科学に問うまでもなく、脳は楽をしたがるものだ。

だから、思考停止の許容ほど楽な信仰はない。

今や親鸞の教えはさらに高度に進化して、念仏さえ不要になった。

これが広まらないはずがない。

見渡せば、いつの間にかこの「他力」の教えが世界を支配している。

そう感じざるを得ないのである。(花山水清)
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オロッコ譚 (1959年)
若山 純一
穂高書房
1959T

『オロッコ譚』若山純一著

北方民族オロッコを主人公に、ロシア革命前夜の情景を描いた小説。

オロッコというのはサハリンに住む少数民族である。北海道の先住民族アイヌとも人種が違うが、下記の『十勝平野』とともに、極北というかなり特殊な環境での物語である。


十勝平野(上)
上西晴治
筑摩書房
2013-12-20

十勝平野(下)
上西晴治
筑摩書房
2013-12-20


『十勝平野』上西晴治著

北海道の十勝平野を舞台に、和人入植当時のアイヌ民族の苦闘を描いた小説。アイヌをテーマに書き続けてきた著者の集大成ともいわれる作品である。上下巻の大著が今なら Kindle でも読める。

 
両書とも、歴史書の類では絶対に見えてこない生の人間の息遣いが伝わってくる。作者本人がその場にいたとは到底考えられないのに、なぜこれほどリアルに表現できるのかとただただ圧倒される。

単なる読書の領域を越え、その場に生き、それを自分を見たと感じられるほど、どっぷりと浸り切る体験ができる稀書である。(花山水清)

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