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029
やっと住むところも決まったことだし、私は意気揚々と池袋の整体の学校に通い始めた。

40になったばかりの私など、かなり若い部類である。生徒の大半は中高年で、退職や定年を機に新たな技術を身につけ、人生の再出発を目指している人が多い。その分、みな真剣に技術を学びとろうとしている。なかには地方からわざわざ習いに来ている人までいた。

教室の壁には、第1期からの修了者たちの集合写真が貼ってある。毎期5~10人ほどで、トータルでは千人近くの修了者がいるようだから、なかなか歴史があるのだろう。

学校の創始者である小嵐会長は70そこそこのはずだが、「ワシは回天の生き残りじゃ」が口癖だった。回天といえば太平洋戦争の特攻艇の名称だから、どうも世代がちがう。整体を全国に広めた功労者だと聞いていたので、その信憑性すら薄らぐ気もする。でも、そのうさん臭いところがまたおもしろい。


ここでは決められた手技を、生徒同士が練習台となって行う。手技を一通り全部やると20分ほどかかる。それが終わると攻守交替して練習を続けるのである。

一口に整体といっても、押しや揉みだけでなく、ストレッチ的なもの、さらに関節に勢いよくひねりを加えて、音を鳴らすアジャストと呼ばれる技もある。


そういえばオーロビルには、韓国系デンマーク人の女性治療家がいた。栄養失調でやせこけている私から見たら彼女はかなり立派な体格で、流暢な英語を話していたので、こちらでの暮らしも長いようだった。

彼女は治療のとき、妙な節回しの歌を口ずさみながら、ランバダダンスのように腰をくねくねさせて踊る。そして歌が終わると同時に、うつ伏せに寝ている患者の上にまたがって、両手で勢いよく背中をグイッと押す。するとバキバキバキッとすごい音が室内に鳴り響くのだ。

私はこわくて受けたことはないが、この一連のパフォーマンスを彼女はピッチピチの衣装を着てやるので、オーロビルの男性たちにはファンが多かった。


今思えば、あのとき彼女が使っていたのも整体技の一種だったのかもしれない。日本のバラエティ番組でも、オーバーアクションで人気の治療家が大勢出演していた時期があったから、ああいうのがウケるのだろう。

しかしここでは、そんなハデな手技はほとんどない。いたって地味な作業の連続である。整体師というのは、白衣を着た土方だという人がいるのも納得できる。確かにこれは治療というより肉体労働に近い。練習しているだけでも、かなり体力が必要なのだ。


それでも整体を一日中受けていれば、体の調子が良くなると思うかもしれない。ところがその手技をやっているのは素人なのである。力の加減も不安定だから、突然強い力が加わらないか心配で、体は常に緊張を強いられる。

逆に力が弱くても、指先に迷いがあると、体のあちこちをモゾモゾと動くだけで、痴漢にでもあっているようだった。なかには手のひらにやたらと汗をかく人もいる。体質だから仕方ないのだが、そんな人の練習台になると、着ている服が汗でじっとり湿るので、これまた気持ちが悪い。

これが先生方となるとさすがに力加減が絶妙で、技を受けていて全く不快感がない。それどころか、教わっているのを忘れてついリラックスしてしまう。これはイイ。そこで私も早速、習った技を友人たちに披露してみるのだが、あまり評判がよろしくない。受けた感触としては、悪くもないが良くもないといったところらしい。

技そのものは単純なのに何がちがうのだろう。私にはそのちがいがよくわからない。これでは整体でプロを名乗るのは、まだまだ先のことになりそうだ。(つづく)


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