*小説『ザ・民間療法』全目次を見る 032
整体の学校に1か月も通うと、技も少しずつ使えるようにはなってきた。しかし整体そのものの実体が、私には今いちナゾのままである。

自分なりにいろいろ調べてみたが、整体にはそれほど古い歴史があるわけではなさそうだ。19世紀末にアメリカで開発された手技療法のカイロプラクティックを、日本で改良したものが整体の元になっているらしい。

本家のカイロプラクティックは骨格の矯正を主眼としているから、整体も骨格矯正がポイントなのだろう。

もちろん「我こそは」と主張する猛者が居並ぶ世界なので、整体の起源にだって諸説ある。なかでもこの学校では、整体を漢方医学の一つだと位置づけられていた。

漢方医学では、病気は生命エネルギーである「気」が滞った状態だと考える。そのため、滞った「気」を整体で正常にすると、体の不調が改善するらしい。なるほど単純な話である。

しかしここでまた疑問がわいてきた。そもそも「気」とはなんだろうか。「気」がどこで滞っているのか、どうやって判断するのだろう。滞っている「気」は、施術者には見えているのだろうか。

この学校の中心的存在である大外先生に聞いてみたが、よくわからないらしい。ただ、整体技をルーティンで一通りやれば、大まかには「気」が流れるという話だった。

そういえば私がテレビ番組の美術さんだったころ、あるバラエティ番組に、中国で本格的に修行した気功師を呼んだことがある。彼は「気」のパワーだけで、スタジオのお笑い芸人たちを次々にひっくり返して見せた。

彼らが転がるタイミングを見ていると、とても演技だとは思えない。日ごろの芸風からは、あの絶妙な転がり方はありえなかった。あれを見た人なら、だれでも気功のパワーは本物だと思ったはずだ。

もし本当に「気」という生命エネルギーがあるものなら、自分も気功をモノにしたい。そうすれば漢方医学の深淵にも触れることができるかもしれない。

そんなことを大外先生に相談すると、この学校の修了生で、気功治療をやっているナカバヤシ先生の話を教えてくれた。ナカバヤシ先生はかつて中国で本格的に気功を学んでおり、あの番組に出ていた気功師とも同門なのだという。

気功といっても、通常の武術として使う「気」は一種類だけだが、治療で使う「気」には種類がいくつもあって、それを病態ごとに使い分ける必要がある。そこまでマスターしているナカバヤシ先生は、整体と気功治療のプロとして活躍しているらしい。

しかもナカバヤシ先生は、病院では不治だといわれた難病だって「気」のパワーで治しているのだという。そんな話まで聞くと、ぜひともその先生から気功を学んでみたくなった。

ところが先生は、今は弟子をとるつもりはないらしい。だがそれを聞いたぐらいであきらめる私ではない。「そこをなんとか・・・」と、インド仕込みの強烈なねばりを駆使して頼み込む。そうやって大外先生経由でも何往復ものやりとりがつづいたあと、ようやく弟子入りが許された。

これで平日は池袋の整体学校へ通い、日曜だけは気功を習うことになったのである。(つづく)

モナ・リザの左目 〔非対称化する人類〕

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