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世の中は占い流行りである。今や街のいたるところに、占いの看板が立っている。
ところが今ほど占いが流行っていなかった、私がまだ中学生のころ、地元の飲み屋街に住んでいた「児島のおばさん」が占いを始めた。始めたといっても、おばさんはそれまで一度も占いの勉強などしたことはない。ごくふつうの50代の主婦である。しかしあるとき、突然ひらめいてしまったのだ。
彼女は、通りに面した自宅の壁に穴を開け、そこに小窓と呼び出しブザーを取り付けた。そして小窓の脇に小さく「手相」と書いた看板をぶら下げた。
すると夜も更けたころ、通りを歩く酔っぱらい達がおもしろがってブザーを鳴らす。それを合図におばさんが席につく。そして小窓から差し込まれた手を見て、適当に占ってやるのである。
元来、話し好きのおばさんの占いはやたらと受けがよく、毎日けっこうな収入になったという。もちろん占いだから仕入れもない。ビジネスモデルとしては、年寄がやるタバコ屋以上の効率のよさである。
だが私はというと、占い全般にあまり興味はない。
それでもだいぶ前に一度だけ、たまたま知り合った中国人占い師に見てもらったことがあった。私が占いなど信じていないのを知って、その陳先生は「それなら」といって、とっておきの占いの話をしてくれた。
その占いだと未来のことが100%当たってしまうのだという。ふつうの占いは、当たるかどうかわからないから、気楽に見られるし、見てももらえる。それが確実に当たるとなると、「明日死ぬ」なんて結果が出るかもしれないから、そんな占いは恐ろしくて、だれも見てもらう気がしない。陳先生本人はもちろんのこと、それまでだれもこの占いで見てもらった人はいなかった。
しかしそれを聞いた私は、因果なことに恐怖心よりも好奇心が勝った。やめておけばいいのに、「それで占ってくれ」とお願いしてしまったのである。
占ってくれといわれた以上、陳先生としては断るわけにもいかない。不承不承ながら、先生は隣の部屋から一握りの米粒と、古くて分厚い中国製の本を持って戻ってきた。
その米粒のなかから、私が適当にいくつかをつまみ出す。先生はその数を数える。その数に何らかの数字を加えて計算する。
次に辞書を引くように、本のなかに羅列してある漢字から、その数字に対応した一文字を選び出して紙に書きつける。
この作業を規定の数だけくり返すと、紙の上には漢字が並ぶ。最後の漢字が出そろうと、そこには漢詩ができあがっているのだ。
私の選んだ米粒の数からできあがった漢詩には、ちゃんと韻も踏んであり、立派に意味が通っていた。この結果には、占った陳先生もおどろいている。しかもそれは、私が以前にある霊能者から告げられた内容と同じだったから、さすがに私もおどろいた。
その霊能者は本人に直接会わなくても、人の持ち物をさわっただけで、その人の未来の映像が見えるという人だった。それで友人がおもしろがって、私が使っている小銭入れを持っていったのだ。
その小銭入れに触れると、彼は即座に「この人は絵よりも彫刻のほうが向いている」といった。彼は私が美大を出た絵描きだとも知らないのに、である。次に私の未来を見ると、「オヤ」といって間をおいて、「彼は全くちがうことをやり始める」といったのである。
「具体的なことは今はいわないほうがいいだろう」
彼はそういって、それ以上は何も教えてくれなかった。でも、その新しく始めることで、私がかなり成功するような口ぶりだったらしい。
この話を友達から聞いたときは、私の心には何も響かなかった。だが陳先生の「絶対当たる占い」でも、「その新しいことで錦を飾り云々」という結果だったのだ。これは本当に当たるのだろうか。
当時の私の状況からでは、どう転んでもそんな大成功を収めそうにはなかった。それはその日暮らしの今でも変わっていない。しかしこれまでは占いなんて信じてこなかったが、これはこれで「アリ」なのかもしれない。そう思うようにはなった。
漢方医学の全貌を知るために、今、改めて占術を勉強しようとすると、あのとき陳先生に教わっておけばよかったと思う。だが先生はもう中国に帰ってしまっている。連絡先もわからない。
あの占いは一体何だったのだろう。あらゆる占いを調べてみても、米粒を使う占いならいくつもあるが、あれと同じ占いは見つからなかった。
そもそも100%当たる占いがあるなら、未来は全てあらかじめ決まっているということなのか。占いで将来起こることがわかっても、それを変えられないのでは、運気を知って病気を未然に防ぐこともできないのではないか。そんな疑問が、頭のなかをグルグルとめぐり続けるのだった。(つづく)
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