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私は出張専門の整体業なので、いろいろな家に出かけていく。家の大きい・小さい、新しい・古いのちがいだけでなく、通される部屋もまちまちではあるが、古い家では圧倒的に仏間に通されることが多い。

仏間というのは畳敷きの和室のせいか、どうも陰気臭い。どこの家でも、仏間の奥には仏壇がデンと据えられ、鴨居には亡くなった方たちの写真が、安い額縁に入れられてズラリと並んでいる。

スナップ写真から拡大しているせいで、ピンボケなのは仕方ないにしても、だまって上から睨んでいるようで、赤の他人の私にはあまり気持ちのよいものではない。

仏間といえば、都内でも古いことで有名なお寺の住職から、お寺の本堂に呼ばれて施術したことがあった。

彼は特別な症状があるわけではない。しかし日ごろの飲酒と美食のせいで、糖尿病になってしまったらしい。2種類ある糖尿病のうち、食習慣の結果によって発症する2型のタイプだという。お坊さんが美食三昧で糖尿病になるなんて、お釈迦様が聞いたらなげかれそうだが、どうやら私の施術の評判を聞いて、糖尿病を治してほしいようだった。

もちろん私には糖尿病は治せない。背骨がズレているとしても、ズレをもどしたからといって、それで糖尿病が治るものでもない。これまでの食事内容を見直すしかないことをお伝えして、一旦は施術をお断りした。ところが、「それでも、どうしても」と懇願されてしまった。そこで紹介者の手前もあるし、一応、指定されたお寺まで出かけることにした。

ふつうなら、お寺には賽銭箱の置いてある正面の側にしか行くことがない。今回は特別なので、関係者向けの裏口に向かう。その事務所の窓口で用件を伝えると、そのまま本堂へと通された。

もう夜8時を回っていたので、本堂の正面は閉じられている。堂内はシーンと静まり返って、明かりも最小限しか灯っていない。そのうすぐらくて広い本堂の真ん中に、これまで見たこともないような、フッカフカの分厚い布団が一組敷かれていた。

ふと、この前行った近藤くんちの汚いせんべい布団が頭をよぎる。同じ布団でもこうもちがうものか。これ一枚で、彼の布団の何枚分もあるじゃないか。しかも豪華な袈裟(けさ)か花嫁衣装の打ち掛けみたいに、金糸銀糸で凝った模様が織り込まれているのだから、あまりにも格がちがいすぎる。

どでかいお寺の本堂という場所に加えて、この豪華絢爛の布団である。金髪ロン毛でロッカー風の私としては、ここはあまりにも不似合いで居心地が悪い。どうしたものかと考えていると、「お待たせ」といって、小太りの住職がこれまた高そうな絹の寝巻きをまとって現れた。

そこでどうして本堂なのかとたずねたら、今晩はお堂に宿直なのだという。宿直といっても、火事でも起きない限り、寝ていればよいだけなので、私の施術を受けて、そのまま寝てしまうつもりだと説明されて納得した。

彼は少々お疲れのようだったし、私も夜は苦手なので早速始める。体の具合などを聞きながら、まずは背骨を一通りチェックする。やはり大してズレてはいなかったので、背中を軽く押してあげることにした。

例のぶ厚い布団にうつ伏せになった住職に、馬乗りになって背中をそっと押す。すると彼は目を閉じたまま、気持ちよさそうに「ウゥ」とうなる。そうやって、私が押すと「ウゥ」、押すと「ウゥ」をリズミカルにくり返していると、突然、ふすまがスーッと開いた。

そして事務員らしき人が、手元の書類に目を落としたまま、「キョウゼンさん、明日10時からの◯△法要は~」といいながら、敷居をまたいだところで顔を上げた。

だが彼女の目線の先にあったのは、布団の上で長い金髪を振り乱し、住職に馬乗りになっている私の後ろ姿である。その瞬間、彼女は無言でピシャリとふすまを閉じて、そのままどこかへ行ってしまった。

何かとんでもない勘違いをしたようだったが、当の住職は、すでに気持ちよさそうに寝息を立てている。人に見られたことなど全く気づいていない。そして相変わらず堂内は静まり返っていた。

しかしさすがに有名なお寺だけあって、外には引きも切らずにお参りの人たちが来ているようだった。彼らはお賽銭を投げ込むと、本堂に向かって真剣に手を合わせている。だが位置的に見れば、堂内の私に向かって拝んでいることになる。

西行法師が伊勢神宮に参った際、「何事のおはしますをばしらねども かたじけなさに涙こぼるる」と詠んだというが、この参拝者たちは、まさかお寺の奥の私に向かって拝んでいるとは思いもしないだろう。文字通り「知らぬが仏」とはいえ、何か申し訳ない気もしてきて、また居心地の悪さがもどってきた。

さて一通り施術が終わったので、そろそろ住職に起きてもらおう。耳元で「終わりました」と告げると、「あ~楽になった。気持ちよかった。楽になった」とくり返し、すっかり気に入ってくれたようである。

ま、これはこれでイイかと思いながら布団に目をやると、糊のきいた真っ白なシーツの上に私の金髪が一本落ちていた。一瞬、お坊さんの寝具に長い髪は、と思ったが、そのまま失礼してしまった。

後日、お礼の電話とともに次の予約が入ったが、今度は本堂ではなくご自宅にうかがうことになった。それがあの髪の毛のせいなのか、馬乗りのせいなのか、はたまたたまたまなのかは、今でもわからないままである。(つづく)


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