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069
近野さんから、子宮頸がんで手術を1か月後に控えた京子さんを紹介された。もちろんがんが私の手に負えるわけではないから、一旦は施術をお断りした。しかし「せめて一度診るだけ」と懇願されて、仕方なく彼女の家を訪れたのだ。

そこで彼女の背中を見るなり、森本さんや芳子さんと同じように、左腰の上が盛り上がっているのが目に入った。肺がんで亡くなった芳子さんほどひどくはないが、森本さんよりは大きなしこりである。これは京子さんに会う前からうっすらと予想はしていたが、それが的中してしまった。

森本さんの左腰のしこりと格闘していたころ、調べてみたら、この部分の筋肉は脊柱起立筋(せきちゅうきりつきん)と呼ぶらしい。

起立筋はその字の通り、脊柱(背骨)を立たせておくための筋肉で、背骨に沿って左右に分かれてついている。だがそんな役割の筋肉が、なぜ左側だけこわばってしまうのだろうか。

左といえば、昔からマイナスのイメージがあるようで、どこか不気味な感じもする。実際、彼女たちの背中で異様に盛り上がっている左の起立筋を見ると、コイツが何か悪さをしているのではないかと思えてくる。

ここが盛り上がっていると体調が悪い。盛り上がりがなくなると調子がよい。それなら、これは一種の体調のバロメーターになるかもしれない。では起立筋が全く左右対称なら、その人は健康体だといえるのだろうか。

ふと興味がわいたので、京子さんの左の起立筋に触れてみた。すると森本さんと同じで、私の指をはじき返すような感触である。

一瞬、森本さんのときのように、ちょっと刺激を加えてみたい衝動に駆られた。だが相手は手術を控えたがん患者なのを思い出して、その気持ちをグッと抑える。

背中の確認が終わったところで、今度は仰向けになってもらう。おなかに目をやると、やけに張っているのが気になる。京子さんはこんなにやせているのに、このおなかの張り方はいかにも不自然だ。

おなかというのは、たとえ太ってぜい肉がついていても、仰向けになったら重力である程度はへこむものである。それなのに彼女のおなかは張ったままだ。しかもみぞおちのあたりから、急カーブを描いて大きく盛り上がっているから、まるで妊婦さんみたいなのだ。

まさかとは思ったが、女性を施術する前には妊娠の確認は必須である。一応、「妊娠はしてないよね」とたしかめると、「まさか!そんなことあるはずないわ~」とあっけらかんと笑っている。

そこで軽くおなかに触れてみると、皮膚の下に妙なザラつきがあった。これはいったい何だろう。おなか全体に、小粒の硬いイクラを敷きつめたようになっているのだ。

しかもそのザラつきは、子宮頸がんがあると思われる下腹部を中心として、同心円状に広がっている。さらにそのイクラのようなツブツブは、中心部に行くにしたがって密度が高くなっている。まるでおなかのなかに、何か別の邪悪な生き物が巣食っているような印象だ。

まちがいない。彼女のおなかのなかでは、今とんでもなく異常なことが起きているのだ。指先から伝わってくる感触に、私は急に寒気がしてきて手を離した。(つづく)



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