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まずは紹介者の近野さんとの約束通り、子宮頸がんの京子さんの家でお話をうかがった。がんの手術を前にして、彼女が不安に思っていることにも答えられたし、しっかりと体のチェックもした。これで約束は果たせたはずだ。
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まずは紹介者の近野さんとの約束通り、子宮頸がんの京子さんの家でお話をうかがった。がんの手術を前にして、彼女が不安に思っていることにも答えられたし、しっかりと体のチェックもした。これで約束は果たせたはずだ。
ところがそれで「はい、サヨウナラ」というわけにもいかないのが人情だ。私の性格をよく知っている近野さんには、それがわかっていたのだろう。
かといって、当たり障りのない施術でお茶を濁すようなこともしたくない。それは命にかかわる病気の人に対して、失礼な気がしていた。
京子さんのがんのレベルはわからないが、彼女に残された時間は少ないかもしれない。元気だと思っていた芳子さんだって、肺がんだと診断されてから1か月で逝った。そんな貴重な時間に、赤の他人の私がかかわっていいのか。これはけっこう重大な問題だ。
しかし、京子さんと同じように生理痛で苦しんでいた、森本さんのことが頭をよぎる。彼女への施術が成功したのだから、ひょっとしたら体の特徴が似ている京子さんにも有効かもしれない。そんな思いが私を引き止めていた。
それさえなければ、いくら頼まれても施術は断っていたと思う。命がかかっている人に、安易に期待させてはいけない。それでも、もしかしたら助けになるかもしれない。この相反する二つの思いが私を悩ませた。
そこで考えに考えた末、脳性麻痺の健太くんのときと同じように、無料奉仕という形にして、手術までの1か月の間、私の空いたときに施術させていただくことにした。
「無料で施術したい」というと、京子さんはそれでは申し訳ないといってくださった。しかし有料で施術して効果がなかったとしたら、私が後悔するのは目に見えている。だからこれは私のわがままなのである。
世の中には、がんと聞くと健康食品などを売り込みに来る人もいる。だが私には、保証もないのに人の弱みにつけこむようなことはできない。命にかかわる病気の人から、それを担保にお金などもらえるわけがない。
京子さんには、これからやる刺激の方法や、それに対する体の反応について、あらかじめ説明しておいた。その内容に納得していただいてから、うつ伏せに寝てもらう。
森本さんのときと同じように、盛り上がっている左の起立筋から刺激してみる。しかしビクともしない。左の起立筋だけではない。京子さんはこんなに薄っぺらい体なのに、「どうして?」と思うほど、体中の筋肉が硬くこわばっているのだ。
これでは、全身の筋肉に力が入りっぱなしの状態と同じである。筋肉が昼夜休む間もなく働いていれば、疲れが取れるはずもない。やっぱり単なる生理痛の森本さんよりも、数段手ごわそうだ。
それでも用心して刺激を加えてみる。盛り上がっている左起立筋を目がけて、あらゆる方向から攻め立てる。うつ伏せだと表情が見えにくいので、気分が悪くなっていないか、不快感はないかを、本人に確認しながら進めていく。
そうやってしばらく刺激をつづけていると、指先に当たる感触が急に変化した。これだ。その瞬間、京子さんは身をよじって、「イタ、イタ、イタタタ~ッ」と声を上げた。
前もって説明していた通りの反応なので、痛みが出ても本人には不安がない。なおも攻撃の手をゆるめることなく、起立筋だけでなく背中全体を刺激していく。
刺激といっても、ピアノの鍵盤をたたくほど強い力ではない。ピアノみたいに真上から指をたたきつけるようなこともしない。あくまでも指の力を逃がしていくので、どちらかというとギターの弦をはじくのに似ているかもしれない。
そうやって、あちこちから刺激しては「イタッ」、刺激しては「イタタッ」をくり返していると、京子さんはスーッと寝息を立て始めた。これも森本さんのときと同じ経過である。
この時点で私も手を休め、彼女にはそのまま眠ってもらう。しばらくすると、パカッと目覚めた京子さんは、スッキリとした面持ちで、「ワタシ、寝ちゃった~」といったあと、「ふしぎね~、あんなに痛かったのに眠くなっちゃうなんて~」とつづけた。これまた森本さんと全く同じ感想だ。
このとき京子さんは本当に深く寝入っていたようで、何だか気分がよさそうだ。私としても安心した。それでも今日は初めての刺激なので、深追いはやめておこう。このつづきはまた後日やることにして、これで帰らせていただいたく。
今日はうまくいった。何から何まで森本さんのときと同じ流れだったから、当初の不安も少し薄らいだ。果たして、これで効果が出てくれるだろうか。(つづく)
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