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2回の施術を終えてみて、やっと京子さんの体の感じがつかめてきたようだ。そうはいっても、「あれから大丈夫だったかナ」とその後の調子が気にかかる。

京子さんだけではない。この不安は、私が施術したどの人に対しても起きてくる。こうも心配性だと、つくづく私はこの仕事に向いていないと思う。

お医者さんなどは、あれだけ毎日のように患者の生死に関わっていて、よく不安に押しつぶされないものだ。その重圧のせいで医者を辞める人などいないとしたら、それが適性ということだろうか。

さて今日は3度目の施術である。私には計画があった。これまでは刺激するのを、あえて背中の側だけにとどめていた。しかし今日は、あのポンと張ったおなかも刺激してみようと思っている。もちろん、子宮頸がんのある下腹部に近いところは避けて、影響の少なそうなみぞおちのあたりからやってみよう。

まずはこれまで通り、背中を刺激する。全身痛みが出やすくなっているようなので、つづけざまにおなかも刺激してみる。やはり指先で軽く刺激しただけで、痛みが出てくれた。これでまた一歩前進である。

ところが刺激する方向を左・右・上・下と変えてみると、それぞれ痛みの出方がちがうようだ。特に、刺激する方向を下腹部に向けると、痛みがビーンと走っていって、がんの部分にじかに響くらしい。

患部には直接触れていないのだから、これは興味深い現象だ。本人に聞いてみると、特別負担でもなさそうである。しかしこれが京子さんの体にとって、いいのか悪いのか、その判断がつかない。

どうしたものかとためらっていると、彼女は「やっちゃって!」と気楽にいう。そんなこといわれても何かあったら困るので、さらに用心して、他の部分よりももっと力を弱めて刺激をつづけてみた。

一般的な施術方法では、自分の体重を腕に預けた状態で、体重移動によって相手に加える力の強弱を調整する。だが私の施術では、指先だけを使って力をコントロールしている。これは自分の体重を利用できない分、やる側は数段、疲れる。壁によりかかるよりも、どこにも触れずに立っているほうが疲れるようなものだ。

ところが私が使う力が強かろうが弱かろうが、敏感になっている体には、私が渾身の力でグイグイ押しているように感じられる。しかしすでにこの痛みに慣れている京子さんは、安心して寝息を立て始めた。

3度目の施術が終わると、最初のころはあれほど硬かった体が、もうだいぶやわらかくなった気がする。そしてその3日後、4度目の施術のときには、すでに大きな変化が訪れていたのである。

前回は、刺激する範囲を背中側だけでなく、子宮頸がんのあるおなかの側にまで広げてみたので、私はその結果が気になっていた。

話を聞くと、あのあと京子さんには、私が施術するようになってから初めての生理が来ていた。いつもなら痛みで七転八倒するのに、今回は全然痛くない。そのうえ、来たと思ったらあっという間に終わってしまったそうだ。それはあの森本さんのときと同じ感想だった。

また京子さんは便秘がひどかったようだが、最近は排便の調子もいいらしい。これだけいいことずくめなら、この刺激のやり方はまちがっていないのだろう。少し勇気がわいてくる。

私としては、このままついでにがんも消えてくれればいいのに、と欲が出る。だがなかなかそうはいかないようで、彼女のおなかには、まだ例の硬いイクラが並んだようなザラつきがある。きっとこれは、がんのせいでリンパが腫れている感触なのだろう。

それにしても、この鎧(よろい)を着たような体の異常はどういうことなのだ。医学的には知られていないようで、医学書で調べてもどこにも出ていない。

医療にたずさわっている人に聞いて回っても、だれ一人として「あ、それはネ」というような反応がない。何のことをいっているのかわからないから、みんなキョトンとしている。

私がいうこの鎧とは、本来なら外からの刺激で痛みを感じるはずの神経が、にぶくなっていて全く痛くない状態のことだ。そのうえ、右よりも左側がずっとにぶくなっている。そしていちばんの特徴は、左の起立筋がグッと盛り上がっていることである。

なぜこんな異常なことが起きるのか。その原因さえわかれば、彼女たちにもこんな痛い思いをさせずに、楽に解消する方法も見つかるだろう。いずれにせよ、この現象が体の不調に深く関係していることだけは、まちがいなさそうだ。(つづく)


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