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相手の体に触れる以上、施術には必ずリスクが伴うものである。だからこそ、患者さんとの信頼関係がなければ、この仕事は成り立たない。まして須藤さんはがん患者なのだ。
いくら慣れているとはいえ、今の彼女の状態では施術によって何が起こるかわからない。トラブルがあっても、医者でもない私には責任のとりようがない。そうなると、がん患者への施術を仕事としてやるわけにはいかない。
そこで京子さんのときと同じように、須藤さんにも無料で施術させてもらうことにした。ただし日程は私の都合に合わせてもらう。もともと彼女は職場兼用の自宅で、昼夜に関係なく仕事をしているから、それでかまわないといってくれた。
彼女の会社は、私のアパートからもそれほど遠くないので通いやすい。私としては、彼女の手術までの限られた日数のなかで、できるだけ施術の回数を増やしたいから、これも都合がよかった。
そこまで確認してから、改めて須藤さんの施術に入る。今までのようなリラクゼーションが主体ではない。これからは1回1回が命がけの真剣勝負である。
まずは盛り上がった左の起立筋の周辺から刺激してみる。ほどなくして須藤さんは痛みで体をよじり始めた。痛みが出てくれさえすれば、一歩前進だ。ところが彼女は痛みにすこぶる弱いので、そのまま攻め込むわけにはいかなかった。
痛みの種類にもよるが、人には痛みに強い人と弱い人がいる。私などは注射の痛みにはすこぶる弱い。だがそれ以外の痛みにはかなり強いほうだと思う。
もちろん須藤さんには、今からやるのはごくソフトな刺激であること、それが途中からいきなり強い痛みに変化すること、刺激によって痛みが出るのは体には良いことなのだと、前もって説明しておいた。
しかし今まで感じたことのない痛みとなると、不安にもなるだろう。彼女の表情を見ながら、なおさら力を弱めて刺激していく。それでも彼女は、私が渾身の力でグイグイ押していると感じたようだった。
背中の側でやっていることなので、本人には私の手が見えない。見えないから感覚だけで判断して、これまでの私の施術とは、あまりにちがうことにとまどっているのだろう。
この変化を受け入れられなければ、ちょっとしたはずみに信頼関係に亀裂が生じてしまう。これを乗り越えられるかどうかが、この施術のポイントでもある。須藤さんにかけられる時間は限られているのに、信頼関係がないと攻めるに攻められない。そのもどかしさを抱えたまま、1回目の施術が終わった。
2回目の施術の際には、前回で慣れているだろうと判断して、少しだけ多めに攻めてみた。刺激に対する痛みの出方もいいようだ。このまま順調に攻めつづけられれば、間に合うかもしれない。はやる気持ちを抑えて、その2日後に私は3回目の施術に臨んだ。
約束の時間に到着して、出迎えてくれた須藤さんの顔を見ると、いつになく表情が険しい。仕事で何かトラブルでもあったのだろうか。そんなことを考えながら準備していると、彼女は表情を固くしたまま、「この前、あんまり強く押されたから、おなかに痛みが出た」といい出した。しかも「左下のあばら骨の奥のほうで、内臓に傷ができたような気がする」と、不安と不満の入り混じった表情で訴えてくるのである。
これには驚いた。あんなに弱い力で、そんなことが起きるとはとうてい思えない。しかし本人にしっかりと自覚症状があるのに、むげに否定するわけにもいかない。彼女が指さしている部分にあるのは、位置的には脾臓である。もし仮に脾臓に傷でも負っていたなら、今の症状程度ではすまないはずだ。
ではなんだろう。直接そこに触れるわけにはいかないので、試しに脾臓のあるあたりの背骨を確かめてみる。そこには大きなズレがあった。これが悪さをしているのではないか。
そのズレをサッと戻してから、「どうですか?」と聞いてみる。すると彼女は不審そうに体をよじりながら、先ほどまでの痛みを探している。だがすでに痛みは消えているので、「あれ、あれ?」とふしぎがっている。
実は背骨がズレると、内臓のあたりに痛みを感じるのはよくあることなのだ。たとえば胃が痛くて、病院で検査を受けたのに何も見つからなかったという人がいる。そういうときも、ちょうど胃の位置で背骨が大きくズレていることが多い。
もちろんズレが原因であれば、ズレている背骨を正しい位置に戻すことで、その場で痛みも消えてしまう。いたって単純なしくみなのである。
須藤さんの場合も、さっきまでの内臓の痛みは背骨のズレのせいで、私が刺激したからではなかった。それがわかると、やっと表情がやわらいだ。ちょっとした冷や汗ものだったが、どうにか私との信頼関係も回復できたようだ。しかもこの背骨のズレのおかげで、私は思わぬ発見をしたのである。(つづく)
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