*小説『ザ・民間療法』全目次を見る 093
看護師の近野さんから手紙が届いた。いまどき手紙は珍しい。そういえば彼女には、お母さんのお葬式以来会っていなかった。白い封筒を開けながら、差出人の近野さんの名前に向かって「久しぶり~」と声をかける。久しぶりといっても、あれからまだ半年もたっていないはずだ。改まって何だろう?

中からは、金色のふちどりをしたきらびやかなカードが出てきた。なんと結婚式の招待状である。「お、いつの間に?」と驚いたが、思えば近野さんは母娘二人暮らしだったから、よほど寂しかったのかもしれない。

彼女にとっては、これが2度目のウェディングである。お相手は5つ年下の20代だというから、お母さんが生きていたらさぞかし喜んだことだろう。めでたい、めでたい。そのめでたいお式に呼ばれたのはよいとしても、カードのすみに、「新婦友人代表としてスピーチもお願いネ!」と添えられているではないか。

私は葬式には慣れているが、結婚式は久しぶりすぎて勝手がちがう。祝辞となると何を話したらよいものか、とんと浮かんでこない。まさかおめでたい席で、亡くなったお母さんの腹水の話をするわけにもいくまい。私は悩みに悩んだ。

式の当日になってもまだ浮かばない。せっかくの料理にも箸をつけずに考えこんでいるうち、とうとう私の名前が呼ばれてしまった。しぶしぶ壇上へと向かうと、先ほどまでにぎやかだった会場がシーンと静まり返っている。なぜだろう?私の縦ロールでキメキメの金髪ロン毛が、花嫁よりもハデだとでもいうのか。この静けさが緊張に追い打ちをかける。


それでも、何とか出だしだけは当たり障りなく、お決まりの文句で始められた。しかしここで油断したのがよくなかった。やっとこれで結びの言葉という段になって、つい「次回のスピーチでは、もっとうまく話します」といってしまったのである。

アッと思った瞬間、会場の静けさが増した。室温が一挙に10度は下がった気がする。「申し訳ない!」と、とっさに近野さんに目をやると、彼女はきょとんとしている。私が何をいってしまったのかわからなかったようだ。

ところが一呼吸おいて、会場は爆笑に包まれた。どうやら私のセリフが冗談だと受け止めてもらえたらしい。みなさんが寛容で助かった。これも近野さんのお人柄なればこそなのだろう。全く冷や汗モノである。

前置きが長くなったが、昔から結婚式や葬式は立てつづくものだとよくいわれている。しかし私の場合、ふしぎと同じ症状の患者さんが立てつづけに現れるのである。

この前も、近野さんとも共通の知り合いで、美容系の皮膚科クリニックを開いている前田先生から連絡があった。クリニックの看護師さんのお母さんが、子宮頸がんだから診てほしいというのだ。私にしてみたら、「また?」と思うほど、最近は子宮頸がんばかりなのである。

前田先生の話では、荒井文枝さんは57歳で、今から半年ほど前に受けた検査で子宮頸がんが見つかった。ところがすでにがんは骨盤底にまで広がっていて、手術はできない。放射線治療だけ受けたが、それでも治り切らなかった。だがもう病院では他に治療法もないので、そのままになっているらしい。

病院で何もできないといわれたのは、田口さんのときと同じである。しかし手術や抗がん剤治療を受けていないのなら、田口さんとちがって体力的には余裕があるかもしれない。

それに前田先生の紹介だ。医師の紹介であれば、いざというときも安心だろう。「何もお力になれないかもしれませんよ」と念を押してから、とりあえず先生のクリニックでお会いすることになった。

約束の日、私にはおなじみの場所なので、少し早めに到着した。荒井さんももう先にいらしていて、娘さんの同僚である看護師さんたちと談笑している。医者に見放された状態のがん患者にしては、明るい印象だ。

あいさつもそこそこに、まずは診察台の上で仰向けに寝てもらう。子宮頸がんだった京子さんと同じで、荒井さんもおなかがポーンと張っている。体型的には細身の部類なのに、おなかだけが飛び出しているので妙なバランスだ。

「ちょっとさわりますよ」と声をかけて、服の上から軽く子宮のあたりに触れてみる。やはりがん患者特有の、例のツブツブとしたものが指に当たる。放射線治療を終えても、まだがんが残っているのがよくわかる。

次にうつ伏せになってもらって背中を見ると、脊柱起立筋が左側だけ思いっきり盛り上がっている。これも他のがん患者と同じである。

がんだと診断されている人のなかには、こういった特徴が全くなくて、がんだという診立てそのものが、誤診ではないかと思うことがある。しかし荒井さんの体の特徴から見れば、彼女にがんがあることはまちがいなさそうだ。

そこで試しに軽く起立筋を刺激してみると、すぐに反応が出た。これはいい!がんが消えたときの京子さんや須藤さんのように、痛みの反応が出やすいタイプなのだろうか。これならいけるかもしれない。内心、そんな手応えを感じていた。(つづく)

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