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「二度あることは三度ある」とはよくいったものだ。この仕事をしていると、それをつくづく実感する場面が多かった。
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「二度あることは三度ある」とはよくいったものだ。この仕事をしていると、それをつくづく実感する場面が多かった。
昨年の暮れから、立てつづけに寺田さん関係でがん患者が現れていた。以前、紹介されて、施術でたいへんな思いをした大腸がんの下田さん(第81話)も含めると、これでもう3人目だ。
3人もつづけば、さすがにもう4人目はないだろうと思っていた矢先、またまた寺田さんから電話がかかってきた。携帯電話の着信画面に彼の名前が表示されると、ピッと緊張が走るようにまでなっていた。
恐る恐る通話ボタンを押すと、「ヨッ元気か~」といつもの明るい声が聞こえてくる。その声の調子に少しホッとしかけると、直後に「実は・・・」と本題がひかえていた。
彼は少し間をおいてから、「高木さんのことなんだけどナ」と切り出した。高木さんといえば聞き返すまでもない。私と寺田さんの大の仲良しだ。その高木さんが、がんで手術することになったというのだ。
高木さんは大手広告代理店に勤める広告マンで、私が特殊美術の仕事をしていたころからさんざんお世話になった人である。がん患者には慣れている私も、さすがに気が動転した。
「た、高木さんが、いったい何のがんなの!?」と勢いよく聞き返すと、「よくわかんないけど、何か歯茎のがんらしいんだよナ。彼、けっこう落ち込んでるみたいだから、ちょっと事務所まで来て励ましてやってくれや」と頼まれた。
高木さんは寺田さん同様の大酒飲みである。家庭もちの勤め人でありながら、酒の席とくれば徹夜も辞さない。おまけに大の食い道楽ときているから、完全なる肥満体で布袋様のような福々しい姿である。
そうなると、高血圧に糖尿病、果てはがんなどのリスクが跳ね上がるのは当然のことだった。しかし1年ほど前に体を診せてもらったときは、なんでもなかった。健康とはいえないまでも、差し当たって問題はなかったはずだ。
この前の忘年会のときだって、普段通り元気そうだった。それが急にがんになるなんて、どうも腑に落ちない。私はあれこれと原因に頭を巡らせながら、例によってテクテク歩いて、渋谷の坂の途中にある寺田さんの事務所まで出かけた。
ドアを開けると、高木さんがあの汚いソファに座っていた。一瞬、別の人かと思うほどしょげ返っていて、見る影もない。もともと明るい性格なのに、今日はあいさつの声のトーンすらめっぽう暗い。その暗さに引きずられて、一緒にいる寺田さんまで表情が暗いから、事務所の電気が消えているみたいだった。
高木さんはその低い調子のまま、これまでのいきさつをポツポツと語り始めた。聞けば、このところ歯の調子が悪かったから、正月明けにいつもの歯医者に行った。すると歯槽膿漏がひどくなっていたので、大きな病院の口腔外科を紹介された。ここまでならよくある話だろう。
ところがその病院での検査が終わると、医師からいきなり歯肉がんだと宣告されたのだ。しかもそのまま一方的に、手術の日程と手順までまくしたてられてしまった。
それだけではない。その手術の内容というのが、これまたすさまじかった。まずは、がんのある歯肉を下あごごと切り取る。次に体の他の部分から組織を移殖して、あごを再建する。さらに、脇のリンパ節まで全部切り取ってしまうというのだから、聞いているだけでも寒気がするほどハードである。
高木さんでなくたって、そんな衝撃的な話を心の準備もなく聞かされたら、ショックが大きすぎる。まともな精神状態でいられるはずがない。この話を横で聞いていたほろ酔い加減の寺田さんも、一挙にシラフに引き戻されて、赤かった顔がみるみるうちに青ざめていった。
これが酒の席なら、「クヨクヨするなヨ」と空元気で声をかけることもできようが、全くのシラフではなぐさめる言葉が出てこない。私だって何かいってあげたくても、何も浮かんでこなかった。
それよりも、彼の話にはいちばん大事なことが抜け落ちているのが気になった。そこで単刀直入に、「がんのレベルは?」とたずねた。それを聞いてしまうと、レベルによっては私もますます落ち込むことになるが仕方がない。
がんのレベルと聞いて、彼は頭のなかをもう一度、整理し始めた。医師の話のインパクトが強すぎて、ところどころ記憶が飛んでいるようだ。彼の次の言葉を待っている間、室内は重い空気に包まれていた。しばらくたってようやく、彼は「前がん状態だ」と説明されたのを思い出した。
「前がん状態」。この一言で、私は一気に目の前が明るくなった。希望の光が見えた。一口にがんといっても、病状には初期から末期まである。それが「前がん」となれば、初期よりももっと軽い状態ということだ。がんでない可能性すらある。
「それならセカンドオピニオンを!」。私は身を乗り出して、思わず大きな声を張り上げていた。(つづく)
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