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「やんだタマゲたな~。急にナニいうだぁ~♪」

私の頭のなかで、オヨネーズの名曲「麦畑」が鳴り響いている。整体学校の大外先生から、出し抜けに「師匠、私を一番弟子にしてください」といわれた私は、いきなりプロポーズされた女性みたいにタマゲてしまった。

大外先生は、この整体学校で私が初めて教わった先生である。業界でのキャリアも長いプロ中のプロだから、どう見たって私のほうが弟子なのだ。そんな人から師匠などと呼ばれたら、何とも居心地が悪い。「まあ、師匠だ弟子だなんて堅苦しいことはいわずに、一緒に研究してくださいヨ」といって落ち着いた。

それにしても、私の発見した現象が特別なことだと即座に理解してくれたのが、大外先生のスゴイところである。

私はこれまでどれだけ多くの人たちに、この現象のことを伝えてきただろうか。そのなかには医学界の権威といわれている人もいた。ところがいっしょうけんめい伝えても、実際に自分の目で確かめてくれる人は少ない。それを確認した人からも全く反応がない。何も見なかったかのように、ふしぎなほど無反応なのである。

私は、この現象の存在が一般的に知られるようになれば、多くの人の役に立つと確信している。だからこそ必死に訴えてきたのだが、この重要性が全く伝わらない。逆に、私が何か売り込もうとしていると勘違いして、あからさまに不快感を示す人までいた。

そんなお寒い状況のなか、格下の私ごときの弟子になってでも、このことを知りたい、極めたいといってくれた人は大外先生が初めてだった。これに感激しないわけがない。

ひょっとして、これまではたまたまハズレくじばかり引いてきただけで、世のなかには、まだまだ当たりくじがひそんでいるのだろうか。にわかに希望の灯がともって、期待で胸がふくらむ。

私がまたしても妄想に没入していると、大外先生はそばにいる生徒の一人に目をやった。先生が「ヤマガタくん、どうした?」と声をかけると、「ちょっと腰が」といって、彼は腰をかがめてつらそうにしている。それを見た大外先生は、私に向かって「師匠、お願いしますッ」といって頭を下げた。

山形くんは1年ほど前に交通事故に遭って以来、腰痛に悩まされているそうだ。こうやって整体の学校に通っているのも、半分は自分の腰痛治療が目的らしい。

これまた私には普及のチャンスである。再度、教室のみんなに集まってもらうと、腰痛の原因になっている「背骨のズレ」についての説明を始めた。

この「背骨のズレ」も、脊柱起立筋の左側の盛り上がりと同じく、人体にとって重大な現象なのである。背骨がズレること自体は、民間療法の世界では大昔からだれでも知っている。しかし「背骨は左にしかズレない」ことは、まだだれにも知られていないのだ。

起立筋と背骨に現れるこの2つの現象は、私は大発見だと思っている。ところが、それぞれが別個の現象でも、「左」というキーワードが共通しているせいで、どうも混同されやすいのが悩みのタネだった。

起立筋の左側が異常に盛り上がっていることは、がんなどの重大疾患に関係している。一方、背骨が左へズレると、これは腰痛の原因となる。この2つをごっちゃにすると、「背骨がズレると、腰痛からがんにいたるまで万病の元になる」という、いかにも眉唾な話になってしまう。

しかし一般的には、そういう単純な説明のほうが伝わりやすい。しかもインパクトが強くて受けがいい。だが、それではこの現象の重大性や信憑性が、完全にぼやけてしまうのだ。

私は科学としての信憑性を重視したいので、できるだけ分けて説明してきた。それでもやっぱり最後にはいっしょくたにされる。金太郎と桃太郎の物語をつづけて聞いたら、聞いた人の頭のなかでは、金太郎がまさかりで鬼退治した話になってしまうようだ。

この2つの現象でもっとも重要なのは、そこに規則性がある点だ。規則性がある現象の発見は、科学の最大のテーマのはずである。科学から遠い世界の美術家だった私にも、それは常識だった。だから科学の分野の人たちには、特にこの規則性の部分を強調して説明してきたのだ。

ところが私の説明では、どうもピンと来てくれる人がいない。あるときなど、知り合いの医師に私が発見した規則性の話をしたら、かなり真剣に耳を傾けてくれた。理解してくれたのかと思ってさらに熱を入れて説明したら、最後の最後になって「ヘー、東洋医学ではそういう考え方もあるんだ」といわれてしまった。

あのときはさすがにガックリ来た。自分が学校で習った医学の教科書には出ていなかったから、科学の外の話として処理したかったのだろう。新しい現象の話は、聞く人の頭に引き出しがないと伝わらないというが、その引き出しを作ってもらうには、一体どうしたらいいのだろう。(つづく)
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