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どうにかこうにか私の初めての勉強会が終わった。

出だし好調とはいえないが、それでも何とか船出はできた。こうやって地道に浸透させていけば、民間療法界だけに留まらず、いずれは医学界、そして全世界へと広がっていくはずだ。今はいわば草の根活動中なのだと思うと、この勉強会の存在が私の希望のともしびになった。

実は私には、もう一つ光が差し込んでいた。以前からの理解者である杉本さんが、強力な助っ人として急浮上したのである。

初めて会ったころの彼女は、まだ30歳になったばかりだったと思う。私が人体に規則性のある異常な現象を発見したといったら、すぐさま「天才だ!」といっておどろいてくれたのだ。逆に私は、彼女の理解の早さにおどろいた。

たいていの人は、私がいくら熱をこめて話しても、キョトンとするばかりで全く興味など示さない。人体の専門家といわれる人でも、彼らの反応は一般の人と似たりよったりだった。ところがごくまれに、杉本さんみたいにこの重要性を即座に理解してくれる人がいる。

そういう人は、話のほんの触りを聞いただけで、いきなり核心の部分までわかってしまうものらしい。なかには「それってノーベル賞級の発見ですよね」といってくれる人までいた。

杉本さんにこの話をしてから、もう5、6年がすぎただろうか。最近改めて、これまでに発見した内容や、異常な現象の解消法まで開発できたことを話す機会があった。すると彼女の口からも、「これはノーベル賞が2つ獲れますね」という言葉が出た。

そして、この話をまだどこにも発表していないのを知ると、彼女のなかで何かのスイッチが入ったようだ。目をカッと見開いたかと思うと、「本にして出しましょう!その前にまずはメルマガで発表しましょう!」と強い口調でいったのだ。

メールマガジンといえば、近ごろ話題の情報媒体である。小泉首相までメルマガを出した影響で、インターネットの世界など全くわからない私でも、その存在だけは知っていた。

しかしパソコンもないし、メールすらやったことのない私には、メルマガの発行などハードルが高すぎる。ところが彼女にはそんなことはお見通しらしい。「先生の頭のなかにあることを、いちど全部書き出してください。あとは私がやりますからッ」といってくれた。

彼女はずっとインターネットを使って仕事をしてきたから、メルマガの発行なんてお安い御用だというのだ。ホッソリとした見た目とちがって、彼女にはどこか野武士のような雰囲気があって、実に頼もしい。

もちろん、メルマガ発行の大まかな仕組みについては説明してもらった。だが、彼女はえらく早口だし、知らない用語ばかりでチンプンカンプンだ。ただし私がやることは原稿を書くだけである。文字通り、紙に鉛筆で書いてわたすだけでいいそうだ。

私は女性から強い口調でいわれると、すなおに従う傾向が強い。これは、母の命令に忠実に従う父の背中を見て育ったせいである。それで苦労することもあるけれど、杉本さんからの提案は私にとっては渡りに船だった。

そうと決まったら早速原稿だ。のんびりしているように見えて、私はスピード主義である。拙速を旨としているので仕事は早い。一晩でいくつか原稿を書き上げると、意気揚々と杉本さんにわたした。

「早いですね~」といって笑いながら原稿を受け取ると、彼女は早速読み始める。その途端、スッと笑顔が消えた。上から下まで何度か読むうちに、次第に表情が険しくなってくる。その様子はいよいよ野武士である。むずかしかっただろうか。私はバッサリ斬られる覚悟で、ドキドキしながら感想を待った。

しばらくして「うん」と一つ息を吐いてから、やっと杉本さんが口を開いた。彼女のいうには、内容どうこうよりも、文体が古くて硬いせいで読みにくいらしい。

杉本さん本人は本ばかり読んできたというだけあって、漢文チックな私の文章でも読める。しかしメルマガとして出すからには、医学のことなど全く知らない人が、おもしろく読んでくれなければ始まらないのだ。

そこで、メインの私の理論は硬めでも仕方がないが、それとは別に、キャッチーな健康情報コーナーをはさむことで、興味をもってもらうことに決まった。あと問題なのは題名だ。

メルマガというのは、創刊号のランキング次第でその後の購読者数が跳ね上がるものらしい。ところがその創刊号を読んでもらうには、題名と数行の紹介文を見ただけの段階で、先に購読の申し込みをしてもらう必要がある。それならいよいよしっかり考えてから決めないといけないだろう。

何日か考えていたら、ふと「がんの前兆」というキーワードが浮かんだ。私がこれほど理論の普及に熱心なのも、別に売名や営業のためではない。私が発見した人体の左側だけに現れる異常が、「がんの前兆」ではないかと感じているからだ。

医学的に「がんの前兆」だといわれている現象はいくつかある。たとえば便秘と下痢をくり返すとか、便に血が付着しているといったことだが、私から見れば、それは「がんの前兆」ではない。がんの初期症状なのである。

つまりこれまで「がんの前兆」だといわれてきた現象は、それが見つかった時点で、すでにがんは体内で十分に成長してしまっている。

一方、私が見つけた左の起立筋の盛り上がりや、左半身が鈍くなる現象は、健康診断の結果では健康なはずの人の体にも、多かれ少なかれ見られる。しかしがん患者の体では、その度合いが極端なのである。それならば、この現象を「がんの前兆」と捉えてもいいはずだ。

もちろんこんなことを発表したら、地震や火山爆発の予言みたいに、人々に強い不安を与える可能性もある。しかし注目すらされないようでは、お話にならない。今は、この現象の存在を広く知ってもらうことのほうが、何よりも重要なのである。

たくさんの人が、自分の目で自分の体で確かめてくれれば、それだけで問題提起になる。前兆の段階なら、まだそこから対処のしようもあるはずだ。

これまでお医者さんたちにいくら訴えても、全く聞く耳をもってもらえなかったのだから、私から発表するしかない。たとえそれで集中砲火を浴びようとも、やって後悔するより、やらずに後悔するほうがつらいというじゃないか。

反響が怖くないといえばウソになるが、野武士・杉本さんだって、「私が盾になりますッ」とまでいってくれているのだ。さすがに私も、これはもう「がんの前兆」を前面に出して行くしかないッと腹をくくったのだった。(つづく)

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