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私は学生のころから古本屋めぐりが好きだった。もちろん新しい本は、高くてなかなか手が出ないからだともいえる。でも、古本には新本にはない、古びた美しさがあると思っている。

そんな古本が天井までうず高く積み上げられた店に、一歩足を踏み入れた途端、通りの喧騒はかき消され、異次元に迷い込んだ気分になる。これも古本屋のもつ大きな魅力の一つだろう。

ふつう古本といえば神田や早稲田あたりが有名だけど、渋谷や青山にも穴場といえる古本屋エリアがある。この前、三木成夫の本を見つけた青山ブックセンターの近くにも、レアな本ばかりをそろえた2軒の古本屋がある。

前にそのうちの1軒で、店頭の100円均一の本から4、5冊選んでレジまでもって行った。そこでは、古本とすっかり同化したようなバアさんが、本の山の奥にちょこんと座って店番をしている。

彼女は私が手渡した本をじっと見て、いつも通りの無表情なまま「アンタ、目利きだね」とボソッとつぶやいた。これは古本マニアにとっては、かなり響くほめ言葉である。それ以来、本選びにはちょっと自信をもつようになった。

先日だって、数ある本のなかから、私がずっと探し求めていた左起立筋の異常について書かれた本を見つけたのだ。多分、この本に偶然めぐり合う確率なんか、ゼロに近いだろう。ひょっとしたら、私が本を見つけたんじゃなくて、本のほうが私を呼び寄せたのかもしれない。

あれからずっと、三木成夫の『人間生命の誕生』を読み返している。やっぱり何度読んでもまちがいない。私が発見した左起立筋の異常について書いてある。

著者の三木成夫は東大医学部の解剖学教室出身だが、当時は芸大の保健センターに勤めていた。彼のところへは、体調をくずした学生たちが次々にやってきていた。その彼らの体についての記述がある。

「体調不良を訴えてくる学生の多くは、西洋医学的には何の異常もない。しかし彼らは背中の左側の筋肉にしこりをもっている。そしてここにしこりのある人は、上腹部が妙に張っている。その張ったおなかに手を当てて押すと、防御反射が起こる」

要約すると、このようなことが書いてあった。

私も、左起立筋の異常がある人たちは、腹筋が硬くなっていることを確認していた。彼はこの現象を私より先に見つけていたのだ。しかも筋肉の感触の異常まで、ちゃんと自分の手でたしかめている。

私は今までに、何人もの医者にこの現象について伝えてみたが、実際に見ても触っても理解してくれない人が多かった。それに比べて彼は、自分の目や手の感触で確認し、この現象が異常なことだと気がついたのだ。

そんなことは当たり前だと思うかもしれないが、なんとなくそうだと感じているだけの場合と、感じていることをこうやって言葉で表現するまでの間には、相当なへだたりがあるものなのだ。これが彼の特異な点だろう。

同じ医者でも解剖学者となると、解剖した臓器などをスケッチする機会が圧倒的に多いものらしい。だから形のちがいや異常性を見抜く力が、ふつうの人よりも際立っていたのかもしれない。

あの古本屋のバアさんなら、きっと「アンタ、目利きだね」とほめてくれたことだろう。(つづく)

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