
子どものころに地図帳をながめていたら、南アメリカの東側とアフリカの西側の海岸線が、ジグソーパズルみたいにピッタリと合わさりそうに見えてきた。そんな想像をして一人で悦にいっていた子どもなんて、きっと世界中に大勢いただろう。
子どもだけじゃない。ドイツにいたウェゲナーという気象学者も、この発想をもとにして1912年に大陸移動説を発表したのである。
今でこそ、大陸が動きつづけていることは知られているが、当時は大陸が動くことなどありえないと考えられていた。その常識の壁に阻まれて、彼の説は完全に否定されてしまった。
私が発見した左側だけ起立筋が盛り上がる現象も、医学の常識からははずれているといわれてきた。ところが実際には、この存在に気づいている人は案外いるのだ。
たとえば、「私のウエストって、右はくびれているのにどうして左はずんどうなのかしら」。そんな風にふしぎに思っている女性はけっこういる。左のウエストが太くなるのは、左の起立筋が盛り上がっているせいなのである。
あの解剖学者の三木成夫は、左側の起立筋の異常に気づいた一人だった。しかも彼は、学生たちの体調不良と左起立筋の変化を結びつけて考察している。両者が関連していることに気づいたとき、彼は大興奮して鼻の穴が広がったにちがいない。
では検査上は問題がないのに、なぜ左の起立筋にしこりができるのか。彼はそれも独自に解き明かしている。
体の不調を訴える学生たちは、日ごろから食生活が不規則なため、食べたものがなかなか消化されないで、いつまでも胃に残っている。すると交感神経の働きがにぶって、胃と背中の筋肉への血流の切り替えができなくなってしまう。そのせいで、胃の裏側に位置する背中の左側の筋肉に、しこりができるのだと説明している。
私がさんざん頭をひねっても解けなかった問題を、スラスラと解いてしまっているのは、さすがだと思う。しかし彼の解説は私にはどうもしっくりこない。私と彼とでは、この現象から受ける印象が大きく異なっているようだ。
彼が相手にしていたのは、検査上は問題のないレベルの体調不良を訴える若い学生たちである。その一方で、私の対象は主にがんの患者さんたちだ。そのため、この異常な現象の原因が、単なる体調不良程度のこととは思えなかった。
さらに大きな認識のちがいもあった。彼は「この現象は左に多いが、もちろん右にもある」といっている。それでは話のつじつまが合わない。彼はしこりの原因を胃の位置に結びつけて説明しているのだから、左だけの現象だといわなければいけない。
改めて彼の本を読み返してみると、この文章は1980年に行われた講演の要旨をまとめたものだった。するとこれは、聴衆を前にして語られた内容だということになる。
彼はこの講演で、自分が発見した現象を発表しようと意気込んで登壇したはずだ。もちろん最前列には、当時のえらい医学者たちが並んでいたことだろう。
ところがいざ彼らの前で、「左側だけにある異常な現象を発見した」といった途端、彼らはそれまでの常識にしたがって、「そんなことはありえない」といわんばかりに一斉に顔をしかめた。
いかな大先生の三木成夫といえども、この聴衆の反応にひるまないはずがない。そこで思わず、「左に多いが、もちろん右にもある」などと口走ってしまったのではないか。私にはその光景が目に浮かんでくる。
だが彼が付け足した一言のせいで、この発見の重要性は大きく損なわれてしまった。せっかくの大発見がだれからも注目されず、いまだに検証もされてこなかった理由がそこにある。
彼がこのとき「左だけにある」と断言していたら、この現象をとりまく環境は今とは全くちがったものになっていただろう。この本は彼の死後に出されたものなので仕方ないが、もし本人が編集していれば、こんな結論にはならなかったのではないか。
ウェゲナーのごとく、一時は批判もされただろう。しかし検証を重ねた結果、事実だと確認されれば、その後の医学の方向まで大きく変わっていた可能性もある。そう思うと、あまりにも早い彼の死が残念でならなかった。(つづく)
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