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毎度のことながら、私の人生ドラマにはぬか喜びのシーンが多すぎるんじゃなかろうか。これがテレビドラマだったら、見ている人にはそっちのほうがおもしろいのだろう。

でもぬか喜びに終わるくらいなら、最初から何も起きないほうがましだ。精神的な痛手も少なくてすむ。いちど天まで昇ってから、どん底につき落とされたら、よっぽどショックが大きいのである。

もちろん今の展開がどれほど予想外だろうと、すべて神様の脚本通りなのはわかっている。期待すること自体がまちがっているのも知っている。それでもたまには「順風満帆!」とか、思った通りに物事が進む体験をしてみたいじゃないか。

放送作家の松井さんから、テレビ出演の依頼が来たときだってそうだ。これでやっと左起立筋の異常について、テレビで発表できると思うと心が踊った。

だけど、彼女の企画は私の予想とは全く方向がちがっていた。私の施術でタレントが痛がるシーンを撮って、お笑いのネタにしたいだけだったのだ。

背骨の矯正だけなら痛みはない。痛いのは神経刺激のときである。以前、松井さんにこれをやってあげたら、軽く触れられただけなのに飛び上がるほど痛くて、それが彼女には新鮮だったらしい。

いつも斬新な企画を探している彼女としては、あの痛みをタレントに体験させて放送したら、大受けして視聴率を稼げると思ったようだ。それに加えて、私の目立つビジュアルとキャラクターとが相まって話題になれば、私がタレントとしてやっていけると踏んでいた。

ふつうに考えたら、これはとてもありがたい話だろう。しかし私は気が乗らない。せっかくのテレビ出演の機会を、お笑いのネタで終わらせたくはなかった。

それよりも、左起立筋の異常について取り上げれば、よほどセンセーショナルで反響が大きいはずだ。この話題なら、絶対に社会現象化すると確信していた。その点を松井さんに訴えてみると、私の熱意に根負けしたのか、彼女はしぶしぶ企画を変更してくれた。

まず私の出演を2週に分ける。初回の出演では、私の紹介がてら、生放送中にタレントの腰痛をその場で治してみせる。その翌週に、私が発見した左起立筋の異常を「がんの前兆」として発表することになったのだ。

おかげで、がぜん私もやる気がわいてきた。それからは紹介ビデオ用のロケなんかで慌ただしく過ごしているうちに、出演日がやってきた。

テレビ局の建物の前に立つと、ここで仕事をしていたころを思い出して、なんだかふしぎな感覚だ。なつかしのスタジオに入ると、松井さんやスタッフが見守るなか、台本通りにタレントの腰痛を治してみせた。彼はちょうど腰が痛かったので、都合がよかったようだ。そうはいっても、別にヤラセじゃないので私も真剣だった。

スモークがモクモクと焚かれるなか、「形態矯正家のMセンセイで~す!」と呼ばれて登場し、背骨の矯正が終わるまでで10分ほどだっただろうか。私の出番はあっという間に終わった。「ヤレヤレ」と思いながらスタジオのライトの外へ出ると、ADさんがかけよってきて、「先生、すごい反響ですッ」と教えてくれた。

今回の出演では、私の連絡先は一切公開しない約束だったので、私のコーナーが終わってCMに切り替わった途端、局には「どこに行ったら、この先生に診てもらえるのか」という問い合わせの電話が殺到しているのだという。

「こんなこと初めてですッ」といって、顔を上気させているADさんとは逆に、私の心は沈みこんだ。それから猛烈に不安になってきた。腰痛を治してみせた程度でこの反響なら、次週「がんの前兆」なんて発言したらどうなるのか。大騒ぎになるのは目に見えている。

私のなかで不安が恐怖に変わった。そこで松井さんに懸念を伝えると、彼女もこの反響のすさまじさは異常だと感じていたらしい。テレビ業界は視聴率至上主義だが、目先の視聴率を稼ぐより、責任問題になるほうが厄介だ。

やはり、次週の内容を「がんの前兆」と表現するのはやめよう。松井さんと考えて、ここは無難に「病気の前兆」と題して、オブラートにくるんで発表することになった。

そして瞬く間に2回目の出演の日がやってきた。ここが正念場である。「左起立筋の異常」をはじめ、「左目が小さい」とか「鼻が左に曲がる」といった現象は、事前にうまくビデオにまとめてもらっていたので、私の解説もスムーズだった。

これでやっと、左半身に現れる一連の異常の存在を、全国に向けて発表できたのだ。もう思い残すことはない。達成感とともにスタジオのライトの外に出ると、ADさんが満面の笑みで「先生、今週もすごい反響ですッ」と告げた。また局に電話が殺到しているのだ。

ヤッタ!左起立筋の異常がそんなに大反響なのか。発表できて本当によかった。どんな感想だろうか。それを聞かなくちゃ。

しかしまたしても私の期待は見事にはずれた。今回も先週と同じで、どこに行ったら私に診てもらえるのか、という問い合わせばかりなのである。なんということだ。これじゃ一体何のために私はテレビに出たのだろう。

松井さんから出演の話が来て以来、ずっと緊張がつづいていた私は、考えることも多くてろくに眠っていなかった。今になってその疲れがドッと肩にのしかかる。やたらと体が重い。帰りの電車のなかでも、つり革をつかんだ手に力が入らない。そして出てくるのは、深いため息ばかりなのだった。(つづく)

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