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今日の菅野さんは、えらくご立腹の様子である。部屋に入ってくるなり、靴を脱ぐのももどかしそうにして、「センセ~ッちょっと聞いてよ!」とまくしたてた。
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今日の菅野さんは、えらくご立腹の様子である。部屋に入ってくるなり、靴を脱ぐのももどかしそうにして、「センセ~ッちょっと聞いてよ!」とまくしたてた。
彼女はこのところ、ずっと胃が痛かったそうだ。ふだんなら一晩寝れば治るのに、今回は痛みがつづいていた。そこで仕方なく、近所のクリニックを受診した。ところが一通りの検査を受けても、胃には何の異常も見つからなかったのである。
するとこの検査結果を見た医師は、うすら笑いを浮かべながら、「こりゃストレス性の胃炎ですねぇ。あんまりストレスを溜めないように」といって、胃薬を処方しただけだった。しかしその薬を飲んでも、一向に胃の痛みが治らない。それで私に相談に来たのである。
「ストレス性って、つまり気のせいだってことでしょ。バカにしてると思わない?」
菅野さんは、もうあれから何日もたつというのに、一向に胃の痛みも腹の虫もおさまらないようだ。
50代も後半に入った彼女は、子どももやっと独立して家を出ていた。舅につづいて姑の介護までやってのけた。住宅ローンの支払いも終わり、夫も無事に定年を迎えた。おかげで今は、人生でいちばんストレスから開放されて、のんびりと暮らしていたのである。
それなのに初対面の医師は、菅野さんがストレスを溜めているのが悪いのだと決めつけた。それじゃなんだか、自分の人生にケチをつけられたようで、彼女はおもしろくなかったのだ。
家にドロボウが入って、お金を盗られた人がいたとしよう。警察に届けたら、「アナタが現金を貯め込んだから盗まれたんですヨ。これからはあまり現金を貯めないように」と諭されただけで帰されたら、そりゃ怒って当然だ。そんなことより、「私のお金はどうなるんだ。早く犯人を捕まえてくれ」といいたくなるだろう。
彼女はムキになって、「センセッ、気のせいなんかじゃなくて、ここここ、ココがホントに痛いのヨ~」とおなかの一部を差して訴える。だが彼女の指差している位置はどう見ても胃ではない。かといって十二指腸でもない。
「体をひねると痛くないですか?」と聞いてみると、「そうそう、そうなのヨ!」と大きくうなずいた。そこで体を調べてみると、背骨が大きくズレている。
やっぱりそうか。胸椎12番、こいつが犯人だ。症状を聞いた時点で目星はついていた。そのズレている胸椎に指を当て、ゆっくりと定位置まで戻していく。何回か同じ動作をくり返していると、突然、菅野さんの胃がグルルル~ッと大きな音を立てて動き出した。
「アラ、失礼ッ」
菅野さんは、自分のおなかの音にビックリして少し顔を赤らめた。それと同時に、胃の痛みが消えているのに気がついて、今度は「アラアラ、ふしぎ」とおどろいている。
背骨がズレるといろんな症状が出るものだけど、胸椎がズレると、胸椎につながっている肋骨が押し出される形になって、その肋骨の先の部分で痛みが出ることがある。
今回ズレていたのは胸椎12番だったので、胃のあたりが痛くなっていたようだ。同じしくみで、胸椎がズレて胃の働きが悪くなることもめずらしくない。どうも胃がもたれるナと思ったら、胸椎がズレていたということはよくある。
菅野さんは私の説明に聞き入っていたが、「じゃ、病院で検査したのに、何でズレているのがわからなかったの?」と、語気を強めて私に迫る。そんなこと私にいわれても困る。
病院では、背骨がズレて何らかの症状を出すとは考えない。そもそもズレの存在すら知らないのだから、検査しようと思うはずもない。そういう意味では、検査に不備があることになる。
彼らは標準の検査で異常がなければ、悪いのは体じゃなくて、患者の精神的なものだと考える。その結果、背骨のズレによる症状で病院を受診すると、ことごとく精神的ストレスが原因だと診断されるハメになる。
しかも最近では、腰痛の90パーセントがストレスのせいだと診断されるそうだ。それなら、「腰痛の9割は病院では治りませんヨ」と医師が自ら白旗を掲げているようなものじゃないか。
そもそもストレスには診断の基準も根拠もない。それなのに、医師から「原因はストレスですね」といわれると、妙に納得する患者が多い。どうやら、「いろいろたいへんですね」とねぎらってもらったように感じて、気分がいいようだ。
医師の立場で考えれば、原因不明の症状に対して、正直に「原因がわからない」というと、患者の受けが悪い。適当に「ストレスのせいだ」とさえいっておけば、患者の受けがいい。
おかげで、これは便利だと気づいた医師たちの間では、「ストレス性〇〇」と診断するのが大流行している。もはや「ストレス」は、医学界の流行語大賞まちがいなしである。
しかし私が背骨のズレを戻したら、ストレスが原因だといわれた症状が消えるのだから、少なくともストレスのせいでないことだけは確かなのだ。
菅野さんの怒りにつられて、私もつい熱く語ってしまった。だがふと彼女を見ると、「要は治りゃいいのヨ、治りゃ」と顔に書いてある。こりゃイカン。患者さん相手に熱くなりすぎたようだ。私はあわてて口をつぐんだのだった。(つづく)
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