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杉本さんから「出版が決まりました」という連絡が入った。いつもは冷静な口調なのに、今日はちょっと声が上ずっている。
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杉本さんから「出版が決まりました」という連絡が入った。いつもは冷静な口調なのに、今日はちょっと声が上ずっている。
しばらく前から、彼女があちこちの出版社に、私の本の企画書を送っていたのは知っていた。だが、送っても送っても返事すら来ないと嘆いていたのだ。それがようやく、そのうちの一社から「会議で企画が通った」といわれたらしい。
本があまり売れなくなって久しいから、出版社としては売れない本を作っていては経営が成り立たない。そうなると、「二匹目のどじょう」だろうが何だろうが、確実に売れそうな著者の本しか出したがらない。
あの大ベストセラーの『ハリー・ポッター』ですら、最初はどこの出版社からも見向きもされなかった話は有名だ。それなら私みたいな無名の新人など、相手にされなくても無理はない。
そうかと思えば、「なんでこんな本が出せたのか」と思うような本も、書店にはいくらでも並んでいる。そういう本が出版される背景には、それぞれ事情があるのだろう。
では私の本は、どうして出ることになったのか。はっきりとはわからないが、この前、私がテレビに出たこともプラスに評価されたようである。
以前の私は、著者が書いたものがそのまま本になるのだと思っていた。ところがふつうの書店に並ぶ商業出版では、著者の原稿をもとにして、ライターや編集者が編集し、校正やイラスト、装丁はそれぞれの専門家がチームになって1冊の本に仕上げていく。
もちろんその作業にかかる費用は、すべて出版社が負担することになる。すると必然的に、著者よりも出版社の意向のほうが優先された内容になるのだ。
私の本が、腰痛をテーマとした健康本というジャンルから出ることになったのも、出版社の意向である。健康本なら、無名の著者でもわりと売れやすいからで、私が健康本を出したいといったわけではない。
この本は、私が毎週配信してきたメールマガジンをまとめ、そこに当院の腰痛患者さんたちの体験談を混じえた構成になるそうだ。これは健康本の定番のスタイルだが、私は健康本を買ったことも読んだこともないので、そんなことも知らなかった。
ここに載せる体験談は、ライターさんが患者さんたちに直接電話で取材して、文章に起こしてくれた。その内容を本人たちにも確認してもらって、彼らの実名や年齢、職業まで載せることに了解を得たうえで掲載することになった。
健康本の裏事情など知らない人は、そんなことは当たり前だと思うかも知れない。ところがどっこい、この手の本の体験談は、ふつうはライターさんが適当に作文している。そのため「山田花子さん(仮名)」と記されることが多いのだ。
しかし読者の側では、こうして本に書いてあれば、それが本当の話だと信じてしまう。ここに行けば体験談の人たちみたいに、自分も治してもらえると思って治療院を訪れる。これが治療家が健康本を出す目的だ。
だが私の本は目的がちがう。体験談に誇張もないし、テレビ出演のとき同様、治療院の連絡先だって一切載せていない。ここまで健康本のセオリーからハズレた本など、めったにないはずだ。
そういえば、あの体験談の原稿を読んでから、しばらくたっている。本文はライターさんがまとめたものがゲラになると聞いていたが、いつになるのだろう。スケジュールは出版社次第なので、気長に待つしかなかった。
ゲラを待っていることすら忘れかけていたある日、何の前触れもなく、初稿のゲラが速達で届いた。あわてて杉本さんに連絡し、二人で読んでみることにした。
近くの郵便局で待ち合わせ、二階にあるカウンター席に陣取ると、私はおもむろにゲラをリュックから取り出した。そのズシリと重い紙の束を彼女の手に載せる。ここまでに何か月もかかっていただけに、やっとゲラという実体を手にして感激しているのが伝わってくる。
ところがいざ中身を読み進めていくうちに、杉本さんはどんどん渋い顔になっていった。そのまま後書きまで一挙に読み終えると、のどの奥から息を大きく吐いた。そしてゲラに向かって「これじゃダメだ」とつぶやいた。
どうやらライターさんが、私のメールマガジンの内容をぜんぶ詰め込もうとして、ポイントの部分を混同してしまったようである。私も読み直してみると、彼女が指摘した通りだった。これでは明らかにまちがっている。
しかしあさっての朝には、校正をすませたゲラを編集プロダクションに届けなくてはならない。文章を直すにしては分量が多すぎて、校正の域をはるかに超えてしまう。どうしたものか。私は途方に暮れた。
ふと横を見ると、杉本さんがあの野武士の表情になっている。そしてグッと目を見開いたかと思うと、「任せてください。できるだけやってみます」といい残して、ゲラを持って帰っていった。(つづく)
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