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杉本さんが、私の本のゲラを持って帰ってから2晩が過ぎた。
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杉本さんが、私の本のゲラを持って帰ってから2晩が過ぎた。
彼女はいつも、私のメールマガジンを編集してくれているのである。その彼女が、「任せてください」といったからには、任せるしかなかった。そうはいっても、あれだけの量を修正するには、あまりにも時間が足りないのではないか。さすがにちょっと心配になっていた。
そうして私があれこれ気をもんでいるうちに、とうとう初稿ゲラのしめ切りの日が来た。朝の7時を回ったころ、杉本さんから連絡が入った。これから編集プロダクションの事務所がある代々木に向かうので、渋谷駅でもう1回ゲラを読んでもらいたいというのだ。
駅につくと、少し頬がこけた杉本さんが立っていた。手のあちこちに修正液の白い跡がついていて、これまでの格闘を物語っているようだった。その手には、赤ペンでびっしりと訂正が入った原稿が握られている。それを見て私は圧倒された。
うたがって悪かった。やはり彼女はその風貌の通り、武士に二言はなかった。彼女はあれからぶっ通しで作業して、なんと1冊まるごと書き直してしまったのである。
さっそく改札の脇に立ったまま、一気に原稿に目を通す。私の横では杉本さんも再度、原稿を読み返している。おもしろい。ヨシ!この内容なら文句はない。「ありがとう」と伝えると、彼女は緊張した面もちをわずかにくずし、原稿を大事そうにカバンにしまった。そしてあっという間に改札を抜け、通勤客の群れのなかに消えた。
しばらくの間、彼女が消えた方向を見ていたが、施術の予約が入っていたのを思い出して、その足で治療院へと向かった。しかしあんなに書き直してしまって、ライターさんや編集プロダクションから拒否されないだろうか。私のなかでは、また心配が頭をもたげていた。
ふだんなら、1日の施術を終えたタイミングで、杉本さんに連絡することになっている。今日も夕方になってから電話してみると、明るい声が返ってきた。まだ編集プロダクションの事務所にいるらしい。その声のトーンからすると、今朝の心配は私の杞憂だったようだ。
あれから杉本さんは、事務所の前で待ち構え、出社してきた編集プロダクションの社長にゲラを手渡した。ベテラン編集者でもある佐東さんは、あのゲラを見て怒るどころか、「杉本さんは漢(おとこ)だナ」といって笑ったそうだ。
何が何でもいい本に仕上げたい。そんな彼女の熱意が伝わったのだろう。制作チームにも一気に熱が入った。施術を終えた私が駆けつけると、プロの校正者さんも混じえて、読み合わせをしながら校正が進んでいた。
あまりに訂正か所が多くて、かなり時間がかかっているようだ。そうやって1周目の校正が終わると、事務所で再入力してもらい、またそのゲラをみんなで集まって校正する。
しまいには版元の受付のお姉さんまで駆り出して、さらに校正を重ねた。やっと脱稿できたときには、私も杉本さんも、二度とこんなことはできないと思うほど疲れ果てていた。
しかしあとから聞いた話では、最終稿のゲラを印刷所まで持参した佐東さんは、そこでも時間の許すかぎり、校正をくり返してくれていたそうだ。そこまでエネルギーを注いでもらえれば、私たちも本望だった。
おかげで順当に印刷が進み、今日は書店に本が並ぶといわれた日、私は施術の合間をぬって新宿の紀伊国屋本店へと向かった。渋谷にも大きな本屋はあるが、ここが書店の総本山だと聞いていたからだ。
私の本はちゃんと棚に並べてもらっているだろうか。だが探すまでもなかった。入店した途端、1階の店頭に平積みになっているあの本が目に飛び込んできた。
ここだけじゃない。他の階でも平積みである。出版社の営業さんが、がんばってプッシュしてくれたのだろうか。なんとありがたいことだ。
自分の本の前に立った私は、これまでに感じたことのない、晴れがましい気分に包まれていた。わが子の小学校の入学式を見守る親って、こんな気持ちなのだろうか。
この本は、宣伝のために出したかったわけではない。「腰痛は精神的ストレスのせいではなく、背骨のズレが原因だ」という事実を、できるだけ多くの人に知ってもらうためだった。
読んだ人は、私の意図をわかってくれるだろうか。この本は、これからどんな人の手に渡っていくのだろう。期待と不安で胸がいっぱいで、私はいつまでも書店のすみで、わが子の門出を見守っていたいほどだった。(つづく)
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