*小説『ザ・民間療法』全目次を見る
134
あのときのあれは何だったのか。
人にはだれでも、そんな不可解なできごとの記憶がある。それが何年たっても、頭の片隅に眠ったままになっている。私にもそんなできごとがいくつかある。

あれは大学に入って最初の夏休み、北海道の実家に帰省したときのことだ。私は、東京から遊びに来ていた従兄弟たちといっしょに、映画を観に行った帰りだった。

広々とした十勝平野の向こうには、夕日に照らされた日高山脈が見える。ドライブには最高の景色だ。免許を取ったばかりの私は、父に借りた車を気持ちよくかっ飛ばしていた。すると突然、助手席に座っていた光夫が、「アレなに?」と正面の空を指さした。

彼の指先をたどると、そこには銀色に輝く物体が浮かんでいた。正確には、日高山脈の上を飛んでいた。私はあわてて路肩に車を停めると、3人で車の外に出た。

スピードは飛行機くらいだろうか。だが飛行機みたいな翼はない。テレビ番組でよく見かける、葉巻型のUFOに似ている。

その銀の葉巻は、しばらく水平方向に飛んでいたが、急に向きを変えると、今度は垂直に上昇し始めた。そのあとも妙な動きをくり返していたが、また水平飛行にもどった。

と思ったら、今度は反対の方向から、同じ葉巻型の物体が飛んできた。そして、2つがもう少しで交差する、というところまで来ると、パッと視界から消えてしまった。その瞬間、オレンジ色をした無数の小さな玉が四方に飛び散って、やがてそれも消えていった。

私たちはしばらく、言葉もなくぼうぜんと立ち尽くしていた。気がつくと、いつのまにかずいぶんと日が暮れている。私にはまだ夜道の運転は怖いから、急いで家路についた。

車内にもどると、まだ小学生だった光夫と啓太は、「ユーフォーだ!ユーフォーだ!!」と大喜びである。しかしいっぱしの大人のつもりでいた私は、常識が邪魔をして、そう無邪気にはなれなかった。

いったいアレは何だったのか。20年以上たった今でも、時折、私の記憶の底からはい上がってきては、答えの出ないモヤモヤがつづく。その一方で、「なんだ、そうだったのか!」とあとから疑問が解決することもある。

私がまだ中学生のころ、うちの母はよく心臓発作のような症状を起こしていた。発作が起きると、なぜか背中にしこりが現れる。たまたま背中に手を当てた私が、手に触れたそのしこりを押してみたら発作が止まった。母が発作を起こすたびにそれをくり返していたら、いつしか全く発作が出なくなったのだ。

あのときのしこりはいったい何だったのか。どうしてしこりを押すと発作が止まるのか。この疑問も、私の頭のすみっこにずっとへばりついていた。

ところがこの仕事を通して、背骨のズレがいろいろと厄介な症状を引き起こしていることを発見した。おかげで母のしこりの理由もわかった。あのときの母は、第3胸椎がズレていたのである。

胸椎がズレると、胸椎につながっている肋骨が押し出される。するとズレた胸椎の位置で、ビンのふたをくるりと回したときのように、胸部全体がひねられた形になる。特に第3胸椎がズレると、その内側にある心臓もいっしょに引っ張られて、ひきつった状態になる。これが母の心臓発作の引き金になっていたのだ。

また胸椎がズレると、そのひずみが背中の位置にしこりとして現れることがある。あのときは、そのしこりを私が押したことで、ズレていた胸椎が運良く矯正されて発作が止まったのだろう。

こんな風に、第3胸椎がズレて心臓に症状が出ること自体は、決してめずらしくない。急に心臓がトクトクトクと早く打ち始めてあわてるが、しばらくじっとしていると、何もなかったみたいに症状が消えてしまう。これはよくあることなのだ。

わずかに背骨がズレたぐらいで、心臓にそんな症状が出るなんて、ふつうは考えもしないだろう。しかも、ズレのせいで心臓に影響が出るには、2つのパターンがある。

「心臓がドキドキして心配だ」といって、深夜に電話をかけてきたあの美々子さんの場合は、首の骨(第7頚椎)のズレが原因だった。そしてもうひとつのパターンが、母のように第3胸椎のズレによる症状なのである。

どちらのパターンも、病院で調べたって、心臓本体には異常が見つからない。ところが病院で心房細動と診断された人でも、私が調べてみると、第3胸椎が大きくズレていることがある。

これは非常に悩ましい。心房細動だと診断されている人のときは、ズレているからといって、おいそれと手出しはできない。そんな人の胸椎を矯正して、急に血流が変化したら、心臓にある血栓が脳に飛んでしまう危険性だって考えられるからだ。

しかし中学生だった私には、そんな知識などあるはずもない。下手をするとあの体験が、不可解なできごとどころか、生涯忘れられない心の傷になっていたのかもしれない。全くもって、無知ほど怖いものはないのである。(つづく)

*小説『ザ・民間療法』全目次を見る
*応援クリックもよろしくお願いいたします!
にほんブログ村 小説ブログ 実験小説へ
にほんブログ村

長編小説ランキング

FC2ブログランキング