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「こりゃ、おいしい味の味がするナ」
ラーメンのスープに口をつけた菊池さんは、一言そうつぶやくと、今度は麺に箸を伸ばして一気にすすりこんだ。
ここは都内で有名なラーメンの人気店だ。テレビで情報を仕入れた桑本さんが、「ぜひ!」とすすめるので、勉強会の帰りにみんなで寄ってみたのである。
店の外にまで長い列ができていて、人気の高さがうかがえる。さすが食通で鳴らした菊池さんだ。スープを一口すすっただけで、人気の秘密を見破った。
たしかに、舌にビリッとくるこの味は、うまみ調味料と呼ばれる化学調味料なのである。「おいしい味の味」とはなんともうまい表現だ。
料理に化学調味料が入っていると、最後の最後までこの「おいしい味の味」が口のなかにまとわりつく。それを後味のよさと感じるかどうかは人それぞれだが、私には全くイイとは思えない。
ところが多くの人は、この味がしないと「うまい」とは感じない。自然の素材の味だけで「うまい」といわせるのは、不可能に近いほどむずかしいものらしい。だから、おいしいと評判のラーメン屋なら、必ず化学調味料を使っているのである。
知り合いのうどん屋さんも、つゆを仕込むときには、昆布や鰹節でていねいにだしを取ったあと、仕上げに化学調味料を使う。本人としては使いたくないが、自然素材だけでは味が一定にならないし、これを入れないと客も喜ばないのだという。「どんなにがんばっても、そういうモノなんです」と悲しそうに話していた。
この場合の化学調味料とは、人工的に作られたグルタミン酸ソーダ(MSG)のことである。MSGは神経伝達物質なので、私が子どもの時分には、お母さん方だけでなく学校の先生までが、これを食べると頭が良くなるといっていた。
ところがあるときから、化学調味料は石油からできているから、体に良くないといわれ始めた。そんなうわさを打ち消すためなのか、テレビCMでは「サトウキビから~♪」といって、自然食品っぽさを強調して宣伝するようになった。
自然なら安全だというわけでもなかろうに、自然や天然は安全で安心だと考える人は多い。そこが悲しいところである。
一方アメリカでは、化学調味料に対する風当たりが強まっている。あえて「MSGは使っていません」と表示する食品も増えているそうだ。MSGがそこまで嫌われる理由のひとつに、「中華飯店症候群」と呼ばれる症状の存在がある。
中華飯店、つまり中華料理屋では、化学調味料をふんだんに使っていることは有名だ。料理人の手元を見る機会があれば、おたまですくった白い粉を、鍋のなかにドサッと入れているのがわかる。
この状況は日本だけでなく、アメリカでも同じだったのだろう。その化学調味料たっぷりの中華料理を食べたあと、顔のほてりや頭痛なんかを訴える人が多かった。そこからこんな名前がついたようだ。
しかし実際のところ、なぜ中華料理を食べると頭痛になるのか、そのしくみはわかっていない。科学的な研究もされてきたが、実際のところ、化学調味料が原因かどうかの決着はついていない。
そりゃそうだ。そもそも頭痛の発症メカニズムすらわかっていないのに、正しい結論が出せるはずがない。
だが、病院で原因不明だとされた頭痛患者の首を見ると、頚椎の1番、2番あたりがズレていることが多い。そのズレを矯正したら、頭痛も消える。いたって単純なメカニズムなのである。
もし化学調味料を食べて頭痛になるのだとしたら、化学調味料がこの頚椎のズレを誘発していることになる。MSGが神経伝達物質であることから考えると、これは私にはすんなりと理解できる話だった。
何をかくそう私の母親は、化学調味料の絶対的信奉者である。アレが入っていない料理を食べると、「なにコレ、ダシが入ってないじゃない!」と本気で怒り出す。もちろん食卓には、常に赤いフタの小ビンを常備して、他人の器にまで勝手に振りかける。
そんな母は、ひんぱんに頭痛に見舞われている。頭だけでなく、常にあちこち背骨がズレていろいろな症状が出る。胸椎が大きくズレて、心臓発作みたいな症状まで出ていたころもあった。そのたびに大騒ぎして病院にかけこむが、原因不明のままである。
あれが全部、化学調味料のMSGのせいだったとしたら、発症のタイミングから見ても、私にはおおいに納得できるのだ。
そんなことを、知り合いのユウタくんに話してみたことがある。彼は大手の広告代理店に勤務しているだけあって、頭の回転がすこぶる速い。私の発見や研究内容にはいつも好意的で、何かあれば積極的に応援しようと考えてくれている。
ところが今回は反応がちがった。「化学調味料が怪しい」と口にした途端、眉間にシワを寄せ、「そりゃダメだ」と即座に否定した。
彼としては、別に私の話を否定したいわけではない。化学調味料を否定すると、大スポンサーであるあの大企業を敵に回すことになってしまう。だから、私の説を支持するわけにはいかない、という意味なのだ。
広告代理店に勤めている以上、それは当然だろう。もちろん私も、彼に文句をいうつもりなど全くない。仮に私の説が100%正しかったとしても、今の日本で「おいしい味の味」を否定するのは、なかなかむずかしい状況なのである。
それはそれとして、「次に帰省したら、母に化学調味料を使うのはやめるようにいわなくちゃ」、そう思っていた。ところが先日、実家に帰ってみると、なんと一斗缶入りの化学調味料が、台所のすみにデンと置かれていた。よりによって、このタイミングで一斗缶である。
「なんで一斗缶?」
「どういうこと?」
「どう見たって家庭で使う量じゃないよね」
「おっかさんは中華料理屋でも始めるつもりなの!?」
頭のなかではさわがしく言葉がかけめぐっているのに、口からは言葉が出てこない。だが缶の前で呆然と立ちつくす私を見て、かんちがいしたのだろう。母は満面の笑みを浮かべると、「たくさんあるから、少し持って帰りなさい」といって、化学調味料をせっせと小分け袋へと移し替え始めた。
「まさか、そんなモノいらないヨッ」
そういおうとした瞬間、母の横にいる父が必死の形相で、「逆らうな!」と私に目配せしているのに気がついた。
ここで母に逆らったらどうなるか。長年連れ添った父には痛いほどわかっている。烈火のごとく逆上した母からの火の粉をかぶるのは、東京に帰ってしまう私ではない。家に残された父なのだ。
それを訴える父の目を見たら、とても母に向かって「ノー」とはいえない。私は母から手渡された袋を、だまってリュックに詰めるしかなかった。
こんな怪しい白い粉を持っていたら、空港の手荷物検査で引っかからないだろうか。空港へと向かう電車のなかで、今は母の頭痛のことなんかよりも、ただそれだけが気がかりなのだった。(つづく)
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