*小説『ザ・民間療法』全目次を見る 137
あるとき会社で、「ワタシ、貧血で倒れそうなのォ」といって、まわりの男性社員の気を引こうとしている若い女性がいた。しかし男性陣の反応はすこぶるにぶい。

そこで古参のおつぼね様が、「フン、貧血ぐらいでナニよ。アタシなんか重度の金欠で、今にも倒れそうなんだからッ」といってのけた。その瞬間、男性たちからは、一斉に同情と共感の視線がおつぼね様へと向けられたのだった。

この話は、知り合いの北さんから聞いた彼女の実体験である。「男ってどうも共感能力が低いよね」と話していたのである。

たしかに女性のほうが、共感する能力は高い人が多い気がする。なかでも北さんは、女性のなかでも別格だ。がんで入院したときでさえ、自分のことよりも、つらそうにしているまわりのがん患者たちを励ましていたほどだ。

ところが彼女の二人の息子には、どうもその能力は受け継がれていないらしい。母を見て育っているはずなのに、男だから仕方がないのだろうか、という話になったのだ。

私は共感力だけでなく、痛みの感じ方にも性差があると思っている。もちろん、性差以上に個人差も大きいだろう。がまん強くて、めったに痛いなどとは口にしない人がいる一方で、ほんのわずかな痛みでも大げさに痛がる人がいる。

私の母などはその典型で、毎日のようにあちこち痛がっては、周囲から同情を集めようとするクセがある。母が高校時代に演劇部だったのを知っているから、これは演技じゃないかと疑うことすらある。

はたから見れば冷たいかもしれないが、本当につらいときの母は、逆に静かになってしまうので、騒いでいるうちは大丈夫だと思うようになったのだ。

痛みの原因がケガなら、ケガの程度によって、どれほど痛いのか想像がつく。しかしこれが腰痛となると、外から見ただけでは痛みの度合いがわからない。いくら痛いからといって、腰痛で死ぬことはないだけに、他人からは同情されにくい。

だが腰痛患者をたくさん施術してきた私には、体を触ってみれば、それがどの程度の痛みかはだいたいわかるようになった。

この間、腰痛で来院した若い男性は、これ以上ないほど暗い顔をして部屋に入ってきた。男性患者さんは暗いことが多いものの、彼はとびきり暗かった。その表情から察すると、かなりの痛みらしい。

途中で動けなくなったら困るといって、彼女に付き添ってもらって来院したほどなので、よほど重症なのだろう。

ところが体を調べてみると、拍子抜けするほど症状は軽かった。だが、ここで甘く考えてはいけない。神経が過敏なタイプなのかもしれないし、特別な病気の可能性もあるから、私は慎重になった。

しかし、ゆっくりと腰椎のズレを矯正していったら、難なく痛みが取れてしまった。彼の表情もわずかに明るくなってきたので、私もちょっと安心した。

それよりも、かたわらで彼を心配そうに見守っている彼女が、あまりにも体調が悪そうなのが気になっていた。

矯正のあとでしばらく雑談していると、彼女の話になった。まだ23歳だというのに、3年前に子宮頸がんの手術を受けていた。がんとしては初期だったらしいが、手術後は一度も病院で検査を受けていないというから、ますます心配だ。

おせっかいだとは思いつつも、「ちょっと体を診てみましょうか」と聞いてみると、「うん」と小さくうなずいて彼女は治療台に横になった。

かなりのやせ型なのに、おなかだけがポコンと飛び出ている。これはよろしくない。服のうえから子宮のあたりに触れてみると、明らかにがん特有の、あのイヤなザラつきが手に当たる。まちがいない。がんが再発しているのだ。

本人も、最近あまりにも体調が悪いので、薄々は再発を感じていたらしい。私が言葉を選びながら、手術を受けた病院で検査を受けるように伝えると、悲しそうな目をしてうなずいた。

ところがこのやり取りを横で見ていた彼は、今がどういう状況なのかが全くわかっていない。彼女のことよりも、自分の腰痛のほうが大事だといわんばかりに、「先生、まだちょっとだけ腰に痛みが」といって、会話に割り込んできた。

しかし、これは決して彼が特別に性格が悪いわけでも、自己中心というわけでもない。ただ、圧倒的に共感力が低いだけなのだ。しかも、手術したのだから、もう彼女のがんは完全に治ったと思いこんでいるのである。

彼女が体調が悪いことだって、彼にしてみれば「ツライならツライって、口に出していってくれなきゃワカンナイよ!」とでもいいたいところだろう。

がまん強い女性と察しが悪い男性。男女のやりとりで、それが問題になるシーンは珍しくはない。それでもやっぱり、「全くオトコってヤツは!」と思わんでもないのである。(つづく)

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