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「人は感情の動物だ」

そういったのはだれだっただろう。たしかに人は感情に支配されている。この仕事をしていると、そう感じることがある。感情の動物といっても、人の感情は動物みたいに単純ではないから、翻弄されることも多い。

来院される患者さんたちの反応は、実にさまざまだ。施術でアッサリと腰痛が消えて大喜びする人がいる。その一方で、逆になぜか不機嫌になってしまう人だっている。

治ったんだから喜ぶのが当たり前だなんて思っていると、そのたびにおどろくことになる。最初のうちは、この反応が理解できなかったけれど、今では「そういうタイプの人なんだな」と思うようにしている。

治って不機嫌になるのは、どうも男性に多いようだ。彼らの心のなかはどうなっているのだろう。長年さんざん痛みで苦しんできたのに、あんまりかんたんに治されてしまうと、私に「負けた」とでも感じて腹が立つのか。

もちろん施術で治ったときだけでなく、治らなかったときの反応だって、全く人それぞれだ。去年、知り合いの医師からの紹介で来院した若い男性2人は、おもしろいほど反応が真逆だった。

旅行ライターの牛島くんとアフリカ出身のモヨくんは、年齢こそ一回りほどちがうものの、仲の良い友人同士である。同じ腰痛もちということもあって、特に気が合うらしかった。

モヨくんは日本に来てまだ日も浅いから、牛島くんが付き添ってきたといっていた。ところがモヨくんは日本語で冗談もいえるし、私が日本語で背骨のズレの説明をしても、そのまま理解できていた。きっと賢い人なのだろう。

早速、彼の体を調べてみると、腰椎の3番目が大きくズレている。今日は初診だし外国の人なので、特に用心してごく軽く矯正してみた。すると、予想以上にパッとズレが消えてしまった。

背骨のズレには、矯正しやすいタイプとそうでないタイプがある。幸いモヨくんの場合は、特に矯正しやすいタイプのズレだったようだ。

ズレがなくなったので、本人に腰を確かめてもらうと、今までの痛みは完全に消えていた。

「へェ、もうこれで治っちゃったの?へェ~ヘェ~」

彼は立ち上がって、しきりに腰を曲げたり伸ばしたりしている。そうやって何度も確かめたけれど、やっぱり痛みは消えていた。

その様子をそばで見ていた牛島くんは、「次は自分の番だ!」と期待している。背中を診せてもらうと、モヨくんと全く同じ第3腰椎がズレている。

「友だち同士で同じところがズレてるンだネ」

私は彼の背中に指を当てた。しかし指先が軽く触れた瞬間、牛島くんは「イタッ」と声を張り上げた。思わず私は手をひっこめた。何が起きたのだ。

腰の骨の矯正をしようとして、「痛い」と声を上げる人はめったにいない。しかもまだ触るか触らないか程度の段階だ。痛みの感覚は個人差が大きいから、これで痛いようなら、患部からもっと離れたところから矯正してみよう。

ところが今度も、ちょっと指が触れた途端、牛島くんはまた「イタッ」と声を上げた。これでは矯正などできない。彼は極端な痛がりなのか。それとも何か特殊な病気でも隠れているのだろうか。

しかしこれまでに、彼はあちこちの整形外科で検査を受けてきているから、他に何らかの病気があるわけではなさそうだ。それなら特に痛みに過敏なタイプなのかもしれない。

以前、痛みに対して敏感すぎて、歯医者で治療中に失神した女性の話を聞いたことがあった。牛島くんにここで失神されても困るので、背骨の周辺に触るのはやめよう。

仕方がないので、脇腹のあたりから背骨に向かって、ジンワリと圧をかけてみた。これは、骨のもろい高齢女性などのときに使うやり方だ。この方法だと、さすがに彼も悲鳴は上げなかった。

そのまま少しずつズレに向かってやさしく圧をかけていくと、完全にではないがある程度まではズレが矯正できた。ズレの度合いにしたら半分ぐらいまでもどった感触だ。それでも彼は、腰の痛みには何も変化がないという。

「モヨくんはアッという間に治ったのに、なんで自分は治らないんだ!」

そう感じているのだろう。口には出さなくても、牛島くんは不満の表情をかくそうともしない。すっかり治ってニコニコのモヨくんとはあまりにも対照的だ。

残念だが、今回は初めてなので、緊張で反応が過敏になっている可能性もある。これ以上深追いするのもよくないから、また日を改めて施術することになった。

「ジャ、日曜にまた来るネ~」

モヨくんは明るくそういうと、ムッツリしたままの牛島くんを連れて帰っていった。

実は、ズレが矯正されて背骨が正常な位置にもどっていれば、その場で痛みが消えなくても、次の日や数日してから消えてしまうことはよくある。

施術する立場からすれば、その場で痛みが消えてくれればいいのに、と思うけれど、翌日になってから痛みが消える人の割合は非常に多いのだ。これはもう、痛みには慣性の法則が働いているンじゃないかと思うほどである。

どっちにしても、矯正によってズレが消えていれば、時間とともに痛みは引いていくものなのだ。

さて渋谷の街にも、どこかノンビリとした空気がただよう日曜の昼下がり、また牛島くんとモヨくんが2人そろってやってきた。前回は水曜だったから、中3日たっている。彼らの具合はどうだろうか。

「センセ~、あれからぜんぜん痛くないヨ!」

モヨくんは入室するなりそういうと、今日もニッコニコである。はじけるような笑顔で、こちらまでうれしくなってくる。

「そりゃヨカッタ、ヨカッタ」

背骨を調べてみると、たしかに全くズレていない。ズレを矯正しても、数日たつと、また少しもどってしまう人もいる。だがこれだけ定着しているなら、もう大丈夫だろう。

問題の牛島くんは、今日も見るからに不機嫌そうである。彼の話では、腰の痛みに変化がないどころか、前回の施術のあと、前よりももっと痛くなったといって憤慨している。

しかし背中を調べてみると、あのときよりも腰椎のズレ幅はかなり小さくなっていた。これで痛みがひどくなるとは思えないから、どこか違和感がある。そういえば、以前にも同じような人がいたのを思い出した。

あれはお母さんと2人で施術を受けに来た、30代の女性だった。お母さんはモヨくんと同じで、最初の矯正でスパッと見事に痛みが消えて大喜びしていた。ところがそれを横で見ていた娘さんのほうは、施術を極端に痛がった。

それだけでない。再来院したときに、前回の矯正のせいであれから痛みが増したといったのだ。そこで調べてみると、腰椎のズレは消えていて、ちゃんと骨は定位置に収まっていた。そもそも彼女の痛みの原因は、ズレのせいではなかったのか。

また私が触ると痛がるのはわかっていたので、彼女には「ごく軽い力で触りますヨ」といって、実際には全く腰には触れないままで、矯正したふりをしてみた。いわばエアー施術である。

それから数日たってから、彼女にどうだったか聞いてみると、また施術のあとで痛みがひどくなったといって、語気を強めて私に不満をぶつけてくる。それでわかった。私が触っていなくても痛くなるのだから、問題なのは施術ではなかったのだ。

いっしょに来ていたお母さんは、私の施術で自分はすっかり良くなっているので、娘の反応が理解できなくて、ひどくとまどっているようだった。

この一件を思い出した私は、牛島くんにも何度目かの来院の際に、エアー施術を試してみた。すると予想通り、彼もその施術のあとによけいに痛くなったといったのだ。

触れてもいないのに痛みが増すなんて、なんともふしぎである。よほど私と相性が悪いのか。理由はわからないが、これでは彼の腰痛には手出しできないから、私の施術はその日で終了した。

あれから1年ほどたったある日、いつものように仕事帰りに本屋に寄ったら、あの牛島くんの新刊本が目に止まった。これまでにも、彼は旅行エッセーの本をいくつか出していたから、見かけたら買うようにしていたのである。

ところが今回は、旅ではなく彼の腰痛の治療遍歴の本らしい。手にとってパラパラめくると、終わり近くに私の施術のことが書いてある。名前は出ていないが、つい先が気になって、そのまま読み進めてしまった。

ひどい腰痛で、どこの整形外科でも治らない。知り合いの医師に紹介された渋谷のカリスマの施術を受けたが効果がない。何度か通って、しまいには彼(私のこと)は特殊なサイキックパワーまで使って治そうとしたが、それでも治らなかったと書いてあった。

あのエアー施術をサイキックだとかんちがいしていたのか。それとも、ただ話としておもしろおかしく書こうとしただけなのか。

たしかに、牛島くんの腰痛を私が治してあげられなかったのは事実である。だけど、モヨくんの腰痛が治ったときに、背骨のズレと腰痛が起きるしくみを説明したら、納得してくれたはずだった。だがそんなことには一切触れていない。そればかりか、かなりこきおろした内容だった。

あんなに何度もいっしょうけんめい説明したのにナ。私が発見した現象の話も、理解してくれた気がしていたのにナ。そう思うとちょっと悲しい。私は彼の本をそっと棚に戻すと、ションボリと肩を落として家路についた。(つづく)

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