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この前、恩師の会田先生に会いに母校の大学まで出かけていったら、文化人類学の関口先生を紹介された。
先生は医者で、なおかつ現役の探検家でもあるから、大学教授としては異色の経歴だ。彼は若い時分から世界中の未開の地を歩き回り、時には彼らと生活を共にしながら現地で医学調査も実施してきたのだという。
しかし、極限の環境で探検をくり返してきたとは思えないほど、その物腰はおだやかだ。先生がポツリポツリと語る内容は、私が初めて聞くことばかりで、いくらでも聞いていたいほど興味深いものだった。
先生はゆっくりとつづけた。
「ああいうところには、血圧が130以上の人なんかいません。腰痛の人も見たことありません」
このデータは、先生が直に調べてきた一次情報なのだから、説得力がちがう。それなら、これまで医学常識のようにいわれてきた、「腰痛は人類が二足歩行を始めたせいだ」という説も全く成り立たなくなる。
先生からお話を聞かせていただいたあと、帰路についてからも、私はしばらくそのことばかりを頭のなかで反芻していた。ヨシ、今度お目にかかる機会があったら、いろいろ質問してみよう。
それから数日たったある日、私の携帯電話が鳴った。知らない番号からだ。電話に出ると、「ムサビのセキグチです」といったきり、声が途切れた。
「アレ?電波が悪いのだろうか」と思ったが、どうやらつながってはいるようだ。私の頭が「???」でいっぱいになったころ、ようやく「実は」とつづいたのでホッとした。
ふつう電話ってのは、かけた人から用件を話してくれなくちゃ会話が成り立たない。かけてきた本人が黙ったままでは、こちらは不安になってくる。テレビなら放送事故である。
しかしそこは関口先生だ。未開の地で現地の人たちと暮らしてきただけある。先生の間合いは並の人間とはちがっているのだろう。先生のフィールドである南米からでもかかってきたみたいで、私はその「間」に妙に感心した。
肝心の電話の用件は、知り合いのお嬢さんの腰痛を診てほしいという依頼だった。先生は先日、私の施術を受けたあとも体調がいいそうだ。そこで自分の周りの人も治してあげたいと思ったのだろう。男性にこういう人はめずらしいから、文字通りありがたい話である。
そのお嬢さんはまだ中学生で、部活でバレーボールに熱中していた。ところがあるときから腰が痛くなって、病院で治療を受けても治らなかった。それどころか、担当の医師から「バレーボールをやめなさい」と指導されたのがショックで、精神的にもまいっているのである。
もちろん医師でもある関口先生からの依頼なら、私が断る理由などない。会田先生も、「腰痛なんだったら、Mくんに頼むといい」といってすすめてくださったそうなので、期待にはお応えしたい。
とはいえ、100%治る保証はないので、「まずは体の状態を見てみましょうか」といって、保護者同伴で来院してもらうことにして電話を切った。
実際のところ、このお嬢さんみたいな話は、私にしてみたらよく聞くことなのである。医師から「スポーツをやめなさい」どころか、「仕事をやめなさい」とまでいわれた腰痛患者だって、何人も診たことがある。
しかし「治らない」といわれた腰痛でも、腰の骨のズレを矯正したら痛みは消えた。みな、仕事もスポーツもそのままつづけている。彼らの腰痛はズレが原因だったから、そのズレをもどせばいいだけだったのだ。さて今回のお嬢さんはどうだろう。
次の日曜日、母親に連れられてやってきたリコちゃんは、バレーボールの選手だというわりには小柄である。母娘2人で部屋に入ると、お母さんはおもむろにバッグからレントゲン写真を取り出した。
「この子の腰椎は6個もあるんです。お医者さんは、それが腰痛に関係しているというんです」
彼女は私に写真を見せながら、病院での経緯を説明した。聞けば、彼女はプロの鍼灸師で、医学的な知識も豊富である。娘の腰痛も自分が鍼(はり)で治そうとしてみたが、なかなか手ごわくてそれほど効果がなかったらしい。
レントゲン写真を見ると、確かにふつうは5個のはずの腰椎が6個ある。だが6個だからといって、別に問題があるわけではない。首の骨だって7個がふつうでも6個の人はわりといる。そのせいで首が短く見えることもあるけれど、機能的には問題ない。
人間の骨の数なんて、進化の過程でいくらでも変化してきたのだ。それを私は本で読んで知っていた。腰痛は、腰の骨がズレているかどうかが問題で、骨の数は問題にはならないはずだ。
早速、リコちゃんの背骨を確かめてみると、案の定、腰椎の上から3番目、下から4番目が大きく左にズレていた。コレだ。ズレがあれば、症状が出るのは当然の結果である。
「ほらね、ここがズレていますよね」
お母さんにも、そのズレを指先で確認してもらってから、私が指でゆっくりと矯正してみせる。自宅でもやってもらうために、矯正のコツを説明しながら、同じ動作を何度かくり返す。
すると難なく、リコちゃんのズレていた背骨は定位置におさまった。「腰の具合はどう?」とたずねると、言葉よりも先にほほがゆるんだ。それを見ていたお母さんも、表情が一瞬でパッと変わった。
「鍼ではこんな変化はありませんでした。こんな治り方はしませんでした」
プロの治療家であるお母さんは、手技による矯正の効果にかなりおどろいている。プロからほめられるなんて、私もうれしい。これなら、紹介者である関口先生の顔も立つだろう。今日はうまく治ってくれてよかった。
それにしても、未開の地に腰痛患者がいないのなら、背骨がズレた人もいないのだろうか。彼らと私たちのちがいって何だろう。そのちがいがわかれば、ズレの原因もわかるんじゃなかろうか。私はまたジグソーパズルのピースを1つ見つけたみたいで、なんだかワクワクしてきたのだった。(つづく)
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