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「もう、やめましょうか」

大外先生はそうつぶやくと、さみしそうに窓の外に目をやった。私も、「そうですネ」と力なくうなずくしかなかった。

大外先生の提案で始めた池袋での勉強会も、1人減り、2人減りして、ついには参加者が3人だけになった。このままつづけたって、参加者が増えることはなさそうだ。

「そろそろ潮時でしょうかね」

そんなわびしいことを、2人でボソボソと話していたら、横で聞いていた杉本さんの目がキラリと光った。

「ヨシッ、これはいい機会ですから、リニューアルして本格的な講習会をやりましょう!参加者だって、メルマガで募集すればイイんです!」

勢いよくしゃべりつづける彼女の頭のなかでは、すでに新たな講座のプランができあがっているようだ。

「知り合い相手にいつまでもズルズルやってたら、緊張感がなくなって当然です。今度はちゃんとお金をいただいて、集中講座にしましょう!」

彼女は妙に強気だが、その一言一言が正論なので、大外先生も、「ごもっとも、ごもっとも」としきりにうなずいている。

実際、民間療法の世界では、いろんな講習会があちこちで開催されている。なかには受講料が100万単位のものまである。それでも参加者が集まると聞いて、私はおどろいた記憶があった。

逆に私たちのように、会場費だけのワンコインで通える講座なんてありえない。杉本さんからはこれまでにも、「タダはダメですよ、タダは」と何度もいわれていたのである。

「人は払った金額に応じて、その価値を決めるものなんです。タダのものには、価値なんか認めないんですヨ」

そんな厳しい指摘にも、大外先生は大きくうなずいていた。たしかにそうなんだろう。私にも思い当たる体験があった。

出張で施術していたころ、私は重病の人には無料で施術することにしていた。医者も見放したような重病なのだからと思ってのことだったが、彼らの反応は、なぜか一様に淡泊なものだった。

一方、料金を払って施術を受けた人たちは、お金を払っているのに私に感謝してくれる。そういう人は、新しい患者さんだって紹介してくれる。それもこれも、私の施術に価値があると認めたからだろう。これが、「払った金額に応じて価値を決める」ということなのかもしれない。人の心理とはふしぎなものである。

それなら今度の講習会は、それなりの料金で募集してみよう。そうと決まったら話は早い。すぐに杉本さんが告知文を考えて、翌週のメールマガジンには、第1回プロ講座開催のお知らせが掲載された。

私には初めての試みなので、ちょっとドキドキして反響を待つ。しかしふたを開けてみれば、水曜朝10時に配信して、木曜の朝にはもう10人の定員がいっぱいになっていた。5月に出した本を読んだ人たちが、私の講座が開かれるのを心待ちにしていたらしい。

しかも申し込みは東京近郊からだけではない。3日間の集中講座に参加するために、近くのホテルに宿泊して通ってくる人までいるようだ。なんとありがたいことだろう。これはなんとしても期待に応えたい。当日配布するテキストづくりにも思わず熱が入る。

講習会の会場は、大外先生が池袋の整体学校を借りてくれたし、これまで私の講習を受けていた先生方が、実技の補助についてくださることになった。これで安心だ。

いよいよ当日、早めに会場に着いてみると、遠方から参加した人たちは、ずいぶん早い時刻から先に来て待っていたようだ。みながそろってから、まずは私が軽くあいさつしたあと、参加者の方々にも自己紹介をしてもらう。

早速、「今朝、愛知から新幹線で来ました」といいながら、まじめそうな男性が前に立った。その柔道整復師の松浦さんは自己紹介につづいて、「今日はどこまで教えてもらえるんでしょうか」と質問した。

意外な質問に、「どこまでって?」と聞き返すと、彼はこれまでにさまざまな講座に参加してきたが、どれも肝心なところは教えてもらえなかったので、今日もちょっと不安があるらしい。

ある講座など、かなりの高額を払って参加したのに、会場で先生のビデオを見せられただけだった。そればかりか、いちばん大事な先生の手の動きが映っていなくて、ガッカリした経験まであるそうだ。

そういう講座もあるのか。だが私には、出し惜しみする気など毛頭ない。そもそも私は、自分が発見した法則やこれまで培ってきた技術を、どうにかして世の中に還元したいと強く願ってきたのである。

これはきれいごとではない。早くだれかにこのバトンを渡さなければ、と焦っていたのだ。だからこそ、無料のメールマガジンを発行し、出版もしてきたのである。

その思いをタップリと詰め込んだせいで、今回の講座もたった3日で全部伝えきれるかどうか心配なほど盛りだくさんな内容になっていた。もちろん彼には、「私の知識も技術も出し尽くすつもりですから、ぜったい全部覚えて帰ってください」とお願いした。

「では、始めましょうか」

全員の紹介が終わると、私は黒板の前に立った。今日は私の本を事前に読んでいる人ばかりなので、人体の法則については概要を説明する程度にとどめた。休憩をはさんで実技に入ると、一挙に室温が上がる。みな理論よりも、実技のほうに関心が高いのだ。これは施術を生業とする人の性かもしれない。

まずは、背骨のズレの見つけ方である。
大外先生にモデルになってもらって、私が背骨のズレを調べる方法をやってみせる。調べるといっても、相手の背骨の両サイドを、左右の人差し指でなぞっていくだけだ。いたってかんたんな動作なので、だれでもできるだろう。

ところがいざやってみてもらうと、みな悪戦苦闘している。何度なぞってもズレの位置がわからなくて、あっちでもこっちでも首をかしげている。日ごろプロとして施術している人たちだから、すぐにわかるだろうと思っていた私には、予想外の展開だ。

プロとして、手にくせがついているからなのだろうか。背骨の形に沿って指でなぞるときに、妙に指に力が入ったり、なぞるスピードが不安定だったりして、なかなかうまくいかないのである。

なんとなく室内の空気が重くなってきた。ズレがわからないと次に進めないので、次第に私も焦ってきた。補助の先生たちも、「どうしましょう?」とお互いに顔を見合わせている。そんななか1人の女性から、「あ、こうかしら」と声が上がった。

自己紹介のとき、私と同い年だといっていた中岸さんだ。彼女は大外先生から整体を教わって、ついこの前、開業したばかりなのである。彼女は、私のやった通りの強さとスピードで、スッと指を動かしたかと思うと、「ア、わかった!」といって、背骨のズレたところを指さした。

私には彼女が天使に見えた。どうやら、まだキャリアが浅くて、刷り込みがないのがよかったようだ。新しい技術に抵抗がない人ほど、より早く習得できるものらしい。

これを機に、他の参加者たちも次々にズレの位置がわかるようになった。おかげでそれまでの重かった雰囲気が、一気に軽くなって、私も胸をなでおろしたのだった。(つづく)

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