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あれは私がちょうど中学に入ったころ、父方の祖父が亡くなった。葬式は、祖父が生前信仰していた、大本教の様式で行われることになっていた。彼は若い時分に岐阜から北海道に渡った人だが、そのころから信仰していたのだろうか。
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あれは私がちょうど中学に入ったころ、父方の祖父が亡くなった。葬式は、祖父が生前信仰していた、大本教の様式で行われることになっていた。彼は若い時分に岐阜から北海道に渡った人だが、そのころから信仰していたのだろうか。
大本教と聞いても、私はもちろん親戚一同だれもよく知らなかった。でも本人の希望なのだから仕方がない。大人しくみなそれに従った。
ところがいざ始まってみると、仏式のいつものやり方とはちがって、辛気くささが全くないのである。おかげで葬式だというのに、みな妙に明るい雰囲気に満たされていた。
「さすが、じいさんの判断はちがうな」
「いいな、こういうのも」
ボソボソとみなが口々にほめているうちに、とりあえず一通りの儀式がすんだ。次は棺に横たわる祖父に向かって、一人ずつ最後のお別れをいう。それも終わると、棺は静かに隣の部屋へと運ばれていった。
棺を見送った私たちは、反対側の別室に向かってゾロゾロと移動し始めた。そこで食事をしながら、火葬が終わるのを待つのである。列のいちばん最後にいた私が、ふと人の気配を感じて振り向くと、脇にある職員用の出入口のドアが開いた。
そこから作業着姿の職員が入ってきて、慣れた手つきで備品を片付け始める。ガラーンとして静まり返った会場で、私は彼らのテキパキとした作業ぶりに見入っていた。
作業を終えた職員たちが、一人また一人、道具を抱えてドアの向こうへと消えていく。私は一瞬、そのなかの一人と目が合った。職員のなかではいちばん年配らしいその男性は、表情も変えずに私をチョイチョイと手招きした。
なんだろう。近づいていくと、彼は背中でドアを支え、向こうの部屋へと私を招き入れた。そこは火葬場のバックヤードになっていた。壁には小さなのぞき窓が3つ並んでいる。
そのうちの一つに向かって、彼はクイッとあごを上げた。「のぞいてみろ」というのだろう。私は恐る恐る近づいて、小窓をのぞいた。そこには、先ほど納めた祖父の棺が、勢いよく燃えているのが見えた。
ゴーッともヒューッともいえるぶきみな音を立てて、赤々と燃える炎。その中心にはひときわ濃く赤く、祖父のシルエットが浮かび上がっていた。
私は息を呑んだ。ふつうなら衝撃的な光景だろう。しかし私の目には、そこで人が焼かれているようには見えなかった。人が燃えるのも、ストーブのなかで薪が燃えるのも大差ない。そんなごく自然なことに思われた。
決して恐ろしくはない。むしろ美しくさえあった。言葉にはならない威厳すら感じられて、じっと見つめている間に、どれくらい時間がたっただろう。
「長居しすぎたかもしれない」
そう思い始めた私は、だまって彼に頭を下げると、親戚たちがいる別室へと向かった。結局、私も彼も、一言も言葉を交わすことはなかった。
今見てきた光景は、親戚のだれにもいわないでいよう。酒が入って和気あいあいとした雰囲気をこわしたくない。何よりも、これは私と祖父だけの、神聖な秘密にしておきたかったのかもしれない。
それから3時間近くが過ぎたころ、ようやく火葬が終わったようだ。職員の一人がドアから顔を出し、喪主である伯父に向かって少し頭を下げた。伯父は立ち上がると、酒が入って上機嫌の親戚たちに向かって、一言二言あいさつした。
伯父が何をいったのかは覚えていないけれど、親戚たちは重い腰を上げ、またゾロゾロと先ほどの会場へと戻っていく。
全員そろったところで、先ほどのあの年配の職員が無表情のまま、祖父を乗せた台をガラガラと引っ張って現れた。
その台の上には、ちょっと前までは死に装束の祖父が乗っていたのだ。それが今は、砂浜に打ち上げられたサンゴみたいに、真っ白い骨になって横たわっている。
その姿は、俗世の全てを真っ赤な炎で焼き尽くした、いかにも清浄なものとして私の目に映った。このときからだろうか。私が骨に対して、特別な思い入れをもつようになったのは。
あれから30年以上が過ぎた。私の治療院には、等身大のヒトの骨格標本がつり下げられている。若いドイツ人の骨を型取りしたもので、非常に精巧に造られていて感心する。
私は彼の姿を、芸術作品のごとく日々鑑賞して暮らしている。どれだけ眺めていても飽きることがない。どんな天才芸術家でも、これほどの作品をゼロから生み出すことなどできないだろう。私はそこに、神の存在を強く感じるのである。(つづく)
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