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私の治療院は、渋谷の宮益坂を上がった先にある。今日は、ムサビの会田先生が定期点検に訪れる日だ。ひとわたり体を調べてみたが、今日も特に悪いところはない。ちょっと腰の骨がズレているくらいのものである。
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私の治療院は、渋谷の宮益坂を上がった先にある。今日は、ムサビの会田先生が定期点検に訪れる日だ。ひとわたり体を調べてみたが、今日も特に悪いところはない。ちょっと腰の骨がズレているくらいのものである。
「大丈夫そうですネ。これならまだまだ死にませんヨ」
私がそういうと、先生は「じゃ、また一杯行くか?」といって、ニカッと笑った。その一言を合図に、私もそそくさと着替えをすませると、先生の後につづいた。
向かった先は、宮益坂の交差点の前にある、そば処「平野屋」である。店内に入ると、いつもの席に陣取って、いつもと同じ「ほろ酔いセット」を注文する。これがいつものパターンだ。会田先生も私もおじさんだから、「いつもの」が大好きなのである。
この店は、渋谷駅前の一等地の1階にあるわりに店内が広い。そしていつ行ってもガラーンとしていて客が少ない。
「こんなんでよくやっていけるナ」
「きっとこのビルのオーナーが、税金対策のために赤字で経営してるんでしょう」
毎度、そんな会話をくりかえしている。失礼な客だ。それでも、じっくりと腰を据えて話をするには、静かで好都合な店だった。しかも安い。これが私には何よりもありがたかった。
初めて来たときは先生におごってもらったから、次は私がおごった。今では交互におごり合っている。そんなことができるのも、この店の安さのおかげなのである。
今日も、「ほろ酔いセット」は出てくるのが早かった。いい店だ。早速、先生はコップの酒をこぼさないように口元に運び、グッと流し込む。そして酒がノドを通過していくのを楽しんだあと、「その話を学生たちにも聞かせてやってくれないか」といった。
ちまたでは、「こうすりゃ体にイイ」という話ばかりがあふれ返っている。だけどホントのところ、そんなモノが本当に体にいいのかどうかは疑わしい。逆に、確実に体に悪いものなら、いくらだって挙げられる。放射線でしょ、薬でしょ、重金属に添加物、そして酒・・・。
そんなことを、酒の勢いを借りてしゃべっていたのだ。先生はそれが気に入ったらしい。
「最近の学生は半病人みたいなのが多くてナ、ろくに授業にも出られンのだヨ」
「へえ、今ってそうなんですか」
私は相づちを打ちながら、先生の空きかけたコップに酒を足す。先生はコップに目を落としたまま、日ごろ気になっている学生たちのことを話し始めた。
「君のいたころとは、全くちがうんだヨ。なんとかしてやりたい。なんとかしてやりたいんだが、体のことまではなかなか・・・」
そういって大きなため息をつくと、また一口、酒を流し込んだ。
昔っから会田先生は学生第一の愛情深い人である。講師のころから、学生のためなら教授陣と戦うことも辞さず。そんな熱血漢でもあった。おかげで私も、どれだけお世話になったかわからない。そんな先生からの頼みとなれば、私は二つ返事で引き受けた。
それから2週間ほど過ぎたころ、私は先生の民俗学の授業で、学生たちに体や健康の話をすることになった。だがここを卒業してから、もうかれこれ20年以上過ぎている。20年もたてば、学生気質も大きく変わっているだろう。果たして今の学生たちに、私の話が伝わるのだろうか。
そもそも私は、人前で話すのが得意なわけではない。友だちの結婚式のスピーチで、「次はもっとうまくやります」などといってしまったぐらいだから、はなはだ心許ない。だが、人体にはプロとして真剣に関わってきた。その経験で得た知識だけでも、今日は伝えて帰ろう。そう決めていた。
しかしいざ健康の前提となる体のしくみについて話し始めてみると、予想に反して学生たちの反応がすこぶるいい。ちゃんと伝わっている手応えがある。特に、私が美術で培ったテクニックを医学に応用したという話は、今の彼らにとって新鮮な驚きだったようだ。
私もかつて苦しんでいたからわかる。美大生だったらみな、何らかの新しいアート、自分独自のアートを必死に模索しているものである。彼らは突破口を求めてもがいている最中なのだ。
そこであえて、目の前のアートそのものから視点をずらしてみる。そのとき初めて見えてくるものがある。そこに新たなアートが生まれる可能性がある。それを感じ取ってくれたのかもしれない。
私にしても、施術を生業にしたことでアートを捨てたつもりなど毛頭ない。今では、人体のしくみを極めることが私のアートだと思っている。
人の体を見るとき、左右対称かどうかの視点で眺めてみる。そこには思わぬ発見がある。私の毎日は発見の連続で、実にエキサイティングなのだ。私がつい興奮気味にそこまで話すと、学生たちはさらに前のめりになった。
よし。これなら、実際に私が美術家の視点で発見した「アシンメトリー現象」について、もっと踏み込んで話してみよう。
「それでは、人体のアシンメトリー現象を、一つずつ具体的に見ていきましょうか」
そういいながら、学生たちといっしょに最前列で私の話を聴いていた会田先生に目をやった。私の視線を受けて、先生は「ホイ来た」とばかりに立ち上がる。事前に打ち合わせしていたわけでもないのに、それはもう阿吽の呼吸ってヤツだ。
先生は教壇までやってくると、サッと作務衣の裾をたくし上げ、学生たちに背中を向けた。そして自分の盛り上がった左の起立筋を、「どうだ」とばかりに誇示している。その一連の動きは、どこかイナセなおあにいさん風である。
「ホラ、ボクの背中のここんところが左だけ盛り上がってるだろう。これがアシンメトリー現象なんだ。もっと近くで見てみろ、触ってみろ」
会田先生がうながしても、ふつうの学生なら少したじろぐシチュエーションである。ところがさすがムサビの学生だ。ノリがいい。先生のまわりに群がると、遠慮なく先生の背中をツンツンつついたり、ベッタベッタと触りまくったりしている。
はたから見れば子どもの遊びみたいだが、こうやって、見るだけでなく触れてみることは思いのほか重要だ。彼らには、じかに生身の人の体を感じ取るいい機会になったはずである。考えてみれば、これぞ美大の授業って感じじゃないか。
それにしても、「アシンメトリー現象」なんて、だれだって見ればわかることなのに、どうしてこれまでのアーティストたちは、だれも気づかなかったのだろう。
それはもちろん、目の前の対象をしっかり見ているつもりでも、脳のフィルター越しにしか見ていない。つまり見えていなかったからなのだ。だがちょっと視点を変えるだけで、見えていなかったものが突如として見えるようになる。
そう説明すると、学生たちの目は一層輝いた。彼らの表情を見ていると、ひょっとしたら「アシンメトリー現象」は、医学よりも美術方面から火の手が上がるのかもしれない。そんな希望が見えてきた。
おかげで私は、気分よく授業を終えることができた。私を呼んだ会田先生の期待にも、少しは応えられたと思う。足取りも軽く教室を出ると、例の関口先生にバッタリ出くわした。
私が授業で話す予定だったのを、会田先生から聞いていたのだろう。「オ、今終わったのか。今度オレのゼミでも学生たちに話してくれよナ」というと、そのままスタスタと歩き去っていったのだった。(つづく)
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