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桜井さんが腰痛で来院された。
彼女は、還暦を迎えてから始めたフラダンスにすっかりハマっている。いつもはすこぶる元気な人だけど、たまに腰が痛くなると私のところにやってくる。
「センセ~、元気~~ィ?」といいながら部屋に入るなり、彼女は「今日ネ、ちょっと硬い補正下着を着てきちゃったんですけど、大丈夫かしら?」と心配している。
「腰が痛いのなら、ゆるいのを着てくればよかったのに」と思ったが、腰痛なんかより、お出かけのときには体型を補正するほうが大事。それが乙女心というものらしい。まあ下着が硬いのなんか、私としては何も問題はない。
「背骨のズレは、着物の帯の上からでも矯正できますから、大丈夫ですヨ」
そう説明すると、安心した桜井さんは腰をいたわりながら治療台に横になった。
ふと見ると、補正下着でしめ上げた部分との境に、クッキリと段がついている。「問題なのは下着ではなく、このお肉のほうじゃなかろうか」なんて考えがよぎったが、もちろんそんなことは口には出さない。だって相手は乙女なんだから。
「体をしめつけると、背骨がズレやすくなるんですヨ」
細かい説明は抜きにして、とりあえずそれだけアドバイスしておいた。
さてさて腰痛である。毎度のことながら、桜井さんの腰痛は、背骨のズレをもどしたらスンナリと解消した。彼女は、「背骨って、フラダンスの動きのせいでズレちゃうのかしら、このままフラをつづけても大丈夫かなぁ」と心配している。
「背骨のズレによる腰痛は、じっとしているよりも体を動かしたほうが治りが早いし、予防にもなりますヨ」
そういうとホッとした様子だったから、「運動すれば、おまけにお腹もへこみますしネ」なんて余計な一言はやめておいた。
桜井さんだけじゃない。女性はブラジャーにガードルに、とあちこち体をしめつけることが多いから、そのしめたところで背骨がズレてしまうのだ。それじゃ男性は大丈夫かというと、ネクタイが問題になることがある。
一流企業にお勤めの佐々木さんは、40代の働き盛りだ。その彼が左腕の痛みとしびれに加えて、貧血っぽい症状が気になるといって来院された。
最初にこの症状が出たとき、「ひょっとしたらこれって心筋梗塞の症状かも」と思って、彼は病院に駆け込んだらしい。ところが検査をしても、それらしき兆候は全く見当たらなかったのである。
医師からは、「あまりネクタイをきつくしめないように」といわれたそうだ。
「ハ、ネクタイ?どうして?」と呆気にとられていると、「ネクタイで首をしめつけたせいで、貧血みたいな症状が出ることがありますから」と説明された。
「じゃ、腕の痛みやしびれは?」と聞くと、その医師は心臓以外には興味がないようで、「そっちは整形外科で診てもらってください」といっただけだった。
そこで佐々木さんは、「こんなときは整形外科よりもM先生だ」と思って、うちに来ることにしたのである。
彼はこれまでにも、整形外科では治らなかった症状が、私がズレを矯正したら治ってしまったのを覚えていたのだ。だから来院した時点で、もう治った気になってニコニコしている。とんだプラセボ効果である。
しかし、病院で心臓の検査を受けたとはいっても、私としては安心できない。そこでまずは、彼の血管の状態を調べてみることにした。
佐々木さんにイスに座ってもらうと、私は彼の後ろに回り、首にある左右の頸動脈に軽く指を当ててみる。この部分に触れると、不整脈などの血管の状態がわかりやすいのだ。
彼の場合は、不整脈はなかった。ただ、ちょっと左側の脈が弱くなっているようだ。首の骨がズレたことで血管が圧迫されていると、脈が弱まることもある。さらに、ズレは腕に向かう神経を刺激して、それが痛みやしびれの症状を出すこともある。
そこで首の骨を調べてみると、しっかりズレていた。やはり彼の症状は心筋梗塞ではなく、首の骨のズレが原因だったようだ。
それなら話は早い。そのズレている骨をやさしく元の位置へもどしていくと、さっきよりも脈が強くなった。それと同時に、腕の痛みやしびれも解消されてきた。これならもう大丈夫だろう。
当然のことながら、ネクタイをしめると首をしめることになるから、血行は悪くなる。そればかりか、ギュッとしめた部分が支点となって、首の骨がズレたり、ズレが助長される可能性は否定できない。
下着にしてもネクタイにしても、そんな影響があるなんて考えもしない人が多いだろう。だが体をしめつけると、思わぬ症状を引き起こすことがあるから、くれぐれも注意してほしい。
「ネクタイだけじゃないんです。ジャージやパジャマのウエストのゴムがきついだけでも、ズレの原因になっちゃいますから気をつけてくださいネ」
そう伝えると、佐々木さんは首をなでながら、私に向かって大きくうなずいたのだった。(つづく)
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