*小説『ザ・民間療法』全目次を見る
178

友だちの宮藤さんから、「おもしろそうな講演会があるんだけど、いっしょに行かない?」と誘われた。彼女は私よりも少し年上の経営者で、人生を目一杯楽しみたいタイプの人である。

「大阪に長尾先生て治療家がいてネ、たまに東京でも治療と講演をするみたいなの。先生が一言『治りなさい』っていったら、たちまちどんな病気だって治っちゃうらしいわヨ」

彼女は占いや精神世界のことが大好きで、その手の業界にはめっぽうくわしい。そしておもしろそうな人を見つけては、私を誘ってくれるのだ。

でも宮藤さんには悪いけど、「どんな病気でも治せる」なんて、いかにも眉唾じゃないか。私としては彼の治療よりも、だましのテクニックのほうに興味が湧いたので、いっしょに行かせてもらうことにした。

洋の東西を問わず、いつの時代でも奇跡と呼ばれる治療は存在するものだ。その昔、イギリスにはロイヤルタッチという治療があった。王様が患者に手を触れると、どんな病気でも治ってしまうと話題になっていたらしい。

イヤイヤ、そんなことがあるはずがない。当然のことながら、患者が王様相手に、「治りませんでした」などといえるわけがない。ちっとも効果なんか感じなくたって、「治りました」というしかない。それだけのことだろう。

今回の長尾先生とやらも、どんなものか私の目で確かめてやろう。ちょうどここ数日、私は腰が痛い。かなり痛い。単なる背骨のズレなのはわかっているけれど、めんどうくさいので放置していたのだ。よし、これで実験してみよう。

さて講演の当日、九段下にある九段会館に到着すると、大勢の人が集まっていた。どの人もいかにも体が悪そうで、長尾先生の治療を待ち望んでいるのがわかる。

宮藤さんも参加するのは初めてなので、「アラ、けっこうにぎわっているのね。やっぱり無料だからかしら」とつぶやいた。

そうなのだ。この会場では、治療も講演も無料なのである。でも、タダより怖いものはない。全くの無料なんて、ますますうさんくさいじゃないか。私は疑り深いから、そんなことを考えながら、会場のなかほどで空いている席に座った。

するとほどなくして、舞台の脇からいかにも大阪のオッチャンといった風情の男性が、ニコニコしながら登場した。あまりにもふつうで、全然うさんくささがない。秘密をあばこうと思って身構えていた私は、ちょっと拍子抜けした。

横に座った宮藤さんも、彼を見るのは初めてだ。ふと思い出したように、「そういえばこの先生って、あの高橋信次先生のお弟子さんなんだって」と小声でささやいた。なんだそうなのか。そうなると、私の彼に対する見方は大きく変わってくる。

スケジュールを見ると、午前が治療で午後が講演になっている。彼が高橋信次の弟子なら、治療よりも講演のほうに興味がある。高橋信次の著書をずっと読み込んでいた私は、期待とともに居住まいを正した。

壇上では、あいさつもそこそこに、いきなり治療が始まった。

「治療を希望される方は、こちらへどうぞ」

司会から声がかかると、治療を受けに来た人たちが、ゾロゾロとステージへと上がり始めた。長尾先生は立ったまま、一人ずつから症状を聞いては、体にちょっと触れたり、患部に向かって「治りなさい」と声をかけたりしている。

多分、一人に一分もかかっていない。遠目では本当に治っているのかどうかはわからない。先生が「どう?」とたずねると、みな笑顔でうなずいているから、きっと治っているのだろう。

隣に座っていた宮藤さんが、「私たちも治してもらいましょうよ」というと、私の返事を待たずにステージに向かって歩き出した。アレ? たしか彼女はどこも悪いところはないといっていたのに、何を治してもらうつもりだろう。

一方、私の腰は、朝からズッキズッキと痛みを出していた。ところが舞台に長尾先生が現れたと思ったら、背骨がモゾモゾと動き出したのである。これにはおどろいた。私の意思とは関係なく、ズレていた背骨が勝手に正しい位置にもどろうとしているのだ。

こんな感覚は初めてなのでとまどっていると、ステージで治療を受けた宮藤さんが帰ってきた。

「どうだった?」

期待しながら治療の効果をたずねた。

「うーん、よくわからなかった」

宮藤さんはアッサリと答えると、隣の席にドッカリ腰を下ろす。そりゃそうだ。もともと何も症状がなかったんだから、効果なんかわかるわけがないよね。

ところが私はちがった。あれだけ何日もしつこくつづいていた腰の痛みが、今ではもうすっかり消え失せているのだ。何ということだろう。あんなに疑っていたのに、しかも触れられてもいないのに、その効果を体感してしまった私は、ただただ呆然としているのだった。(つづく)

*小説『ザ・民間療法』全目次を見る
*応援クリックもよろしくお願いいたします!
にほんブログ村 小説ブログ 実験小説へ
にほんブログ村

長編小説ランキング

FC2ブログランキング