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友だちの宮藤さんから、「おもしろそうな講演会があるんだけど、いっしょに行かない?」と誘われた。彼女は私よりも少し年上の経営者で、人生を目一杯楽しみたいタイプの人である。
「大阪に長尾先生て治療家がいてネ、たまに東京でも治療と講演をするみたいなの。先生が一言『治りなさい』っていったら、たちまちどんな病気だって治っちゃうらしいわヨ」
彼女は占いや精神世界のことが大好きで、その手の業界にはめっぽうくわしい。そしておもしろそうな人を見つけては、私を誘ってくれるのだ。
でも宮藤さんには悪いけど、「どんな病気でも治せる」なんて、いかにも眉唾じゃないか。私としては彼の治療よりも、だましのテクニックのほうに興味が湧いたので、いっしょに行かせてもらうことにした。
洋の東西を問わず、いつの時代でも奇跡と呼ばれる治療は存在するものだ。その昔、イギリスにはロイヤルタッチという治療があった。王様が患者に手を触れると、どんな病気でも治ってしまうと話題になっていたらしい。
イヤイヤ、そんなことがあるはずがない。当然のことながら、患者が王様相手に、「治りませんでした」などといえるわけがない。ちっとも効果なんか感じなくたって、「治りました」というしかない。それだけのことだろう。
今回の長尾先生とやらも、どんなものか私の目で確かめてやろう。ちょうどここ数日、私は腰が痛い。かなり痛い。単なる背骨のズレなのはわかっているけれど、めんどうくさいので放置していたのだ。よし、これで実験してみよう。
さて講演の当日、九段下にある九段会館に到着すると、大勢の人が集まっていた。どの人もいかにも体が悪そうで、長尾先生の治療を待ち望んでいるのがわかる。
宮藤さんも参加するのは初めてなので、「アラ、けっこうにぎわっているのね。やっぱり無料だからかしら」とつぶやいた。
そうなのだ。この会場では、治療も講演も無料なのである。でも、タダより怖いものはない。全くの無料なんて、ますますうさんくさいじゃないか。私は疑り深いから、そんなことを考えながら、会場のなかほどで空いている席に座った。
するとほどなくして、舞台の脇からいかにも大阪のオッチャンといった風情の男性が、ニコニコしながら登場した。あまりにもふつうで、全然うさんくささがない。秘密をあばこうと思って身構えていた私は、ちょっと拍子抜けした。
横に座った宮藤さんも、彼を見るのは初めてだ。ふと思い出したように、「そういえばこの先生って、あの高橋信次先生のお弟子さんなんだって」と小声でささやいた。なんだそうなのか。そうなると、私の彼に対する見方は大きく変わってくる。
スケジュールを見ると、午前が治療で午後が講演になっている。彼が高橋信次の弟子なら、治療よりも講演のほうに興味がある。高橋信次の著書をずっと読み込んでいた私は、期待とともに居住まいを正した。
壇上では、あいさつもそこそこに、いきなり治療が始まった。
「治療を希望される方は、こちらへどうぞ」
司会から声がかかると、治療を受けに来た人たちが、ゾロゾロとステージへと上がり始めた。長尾先生は立ったまま、一人ずつから症状を聞いては、体にちょっと触れたり、患部に向かって「治りなさい」と声をかけたりしている。
多分、一人に一分もかかっていない。遠目では本当に治っているのかどうかはわからない。先生が「どう?」とたずねると、みな笑顔でうなずいているから、きっと治っているのだろう。
隣に座っていた宮藤さんが、「私たちも治してもらいましょうよ」というと、私の返事を待たずにステージに向かって歩き出した。アレ? たしか彼女はどこも悪いところはないといっていたのに、何を治してもらうつもりだろう。
一方、私の腰は、朝からズッキズッキと痛みを出していた。ところが舞台に長尾先生が現れたと思ったら、背骨がモゾモゾと動き出したのである。これにはおどろいた。私の意思とは関係なく、ズレていた背骨が勝手に正しい位置にもどろうとしているのだ。
こんな感覚は初めてなのでとまどっていると、ステージで治療を受けた宮藤さんが帰ってきた。
「どうだった?」
期待しながら治療の効果をたずねた。
「うーん、よくわからなかった」
宮藤さんはアッサリと答えると、隣の席にドッカリ腰を下ろす。そりゃそうだ。もともと何も症状がなかったんだから、効果なんかわかるわけがないよね。
ところが私はちがった。あれだけ何日もしつこくつづいていた腰の痛みが、今ではもうすっかり消え失せているのだ。何ということだろう。あんなに疑っていたのに、しかも触れられてもいないのに、その効果を体感してしまった私は、ただただ呆然としているのだった。(つづく)
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