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父の肺がん騒ぎから、はや1年が過ぎた。
あれから一度も、父は病院に行っていない。来る日も来る日も、母から「病院で精密検査を受けなさい」といわれつづけているのに、やっぱり行かない。だから、肺がんかどうかははっきりしないままである。

実際、1年たっても、いまだに肺がんらしき症状は出ていない。それでも体力だけは確実に落ちている。80過ぎという年のせいもあるが、単に食事の量が極端に減っているのも原因なのだろう。

若いころの父は肉体労働で汗を流し、いつも山盛りのどんぶり飯をかっこんでいた。しかし近ごろは食欲そのものが失せている。母から「せっかく作ったんだから、もっと食べなさい」と責められて、ようやく一口か二口は口に運ぶ。でもすぐに「もう、いい」といって箸を置いてしまう。

ほとんど食べなければ、がんでなくたって体力が落ちて当然だ。まるで、即身仏をめざして五穀断ちしている行者みたいだが、本人は食べなくても平気なのである。

ただし酒の量だけは減っていなかった。口うるさい母の目を盗んでは、朝から大好きな月桂冠でのどを潤している。そんな父を見かねた母が、札幌の兄の病院に父を入院させることにした。

実家から札幌までは介護タクシーで4時間はかかる。入院に付き添うために帰省した私は、玄関先で父の体を支えながら、「父はもうここに戻ることはないのかもしれない」と一人で感傷的になっていた。

ところが当の本人は、出掛けにもこっそり飲んでいたのだろう。顔を赤くして、ゴキゲンなのである。これには拍子抜けしたけれど、ゴキゲンなのはイイことだ。

兄の病院に入院してからも、やはり本人の希望通り、何の検査も治療もしないことになった。父と同じ酒飲みの兄は、「まあ点滴なんかするよりも、少々の酒なら」といって、父の酒も大目に見ていた。

だが、相変わらず食事には箸をつけない。点滴もしないで食事もとらないから、いよいよ体力が落ちていく。そうこうするうちに、食べ物どころか水を飲んでも誤嚥(ごえん)するようになってしまった。

それなのに、なぜか酒だけは全く誤嚥しない。何の抵抗もなく、静かにのどを通っていくのは、いかにもふしぎなことだった。

そうやって少しずつ体力が落ちていって、1日中うつらうつらしている状態がつづくようになった。周りのだれもが、父に残された時間がそう長くはないと感じていた。

そんなある日、もう二日も眠りつづけていた父が、うっすらと目を開けた。そして、そばに付き添っている母に気づくと、わずかに右手を上げて手招きした。

いよいよ来たか。ドラマではおなじみ、感動のお別れシーンである。母としては、50年以上も連れ添った夫が、「今まで世話になったな、ありがとう」とでもいってくれるのかと期待した。こみ上げてくる切なさを抑えつつ、父の枕元に顔を寄せた。

すると父は、無言で自分の右手を口元に持っていくと、グラスを持つかっこうで手首をクイクイッとひねってみせた。「酒を飲ませろ」と要求しているのである。

これには母も、あっけに取られて言葉を失った。いやいやアッパレ、この期に及んでも、さすがの酒飲みではないか。だがしばらくしてわれに返った母からは、やっぱりこっぴどく叱られてしまう父なのだった。(つづく)

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