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この仕事を始めたころは、確かリラクゼーションを目的とした施術だったはずだ。それがいつしか、がんや難病といった、たいへんな症状の患者さんばかりがやってくるようになっていた。
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この仕事を始めたころは、確かリラクゼーションを目的とした施術だったはずだ。それがいつしか、がんや難病といった、たいへんな症状の患者さんばかりがやってくるようになっていた。
民間療法家にすぎない私のところに、そんな重病の人が押し寄せるのは、それだけ世の中に病人が増えたのか。それとも病院で治らない病気が増えたのか。はたまたその両方だろうか。
先日も、子宮頸がんのときに施術していた京子さんから、むずかしい依頼があった。彼女が以前勤めていた歯科クリニックで私のことを話したら、院長の山田先生から、ぜひ友人を診てもらいたいと頼まれたのだ。
その田口恵子さんは44歳。京子さんと同じ子宮頸がんである。しかし京子さんとちがって、田口さんはすでに何回も手術をし、さらに抗がん剤に、放射線までかけていた。病院でできるかぎり手を尽くしても治り切らなかったので、今は自宅で療養中だ。いわゆる終末期なのである。
「それはさすがにお受けできそうにないナ」。そう思いながら京子さんの話を聞いていた。ところがどうしたことか、彼女は私が施術を引き受けるのが当然だと思い込んでいる。しかも田口さんは埼玉のはずれにお住まいなので、今回はご主人の運転で、都内の山田先生の自宅に連れてくる手はずにまでなっていた。
そこまで聞いた私は「その方はちょっと・・・」とお断りしかけたが、京子さんは私の反応など全く意に介さない。それが善意からなのはわかるが、「どうしてそこまで?」と思うほどの勢いで押してくる。結局、彼女の勢いに負けた私は、山田先生のお宅で田口さんに会うことになってしまった。
世田谷にある山田先生の家は、かろうじて私のアパートからは歩いて行ける距離にあった。彼女は私とほぼ同い年のはずだが、さすが歯科医だけあって立派な邸宅をかまえておられる。
その立派なお宅の、これまた立派な調度品に囲まれた応接室に通されると、みなさんすでにおそろいだ。私への期待が伝わってきて腰が引ける。とはいえ、初めは施術をお受けするのは無理だと思っていた私も、今は何か少しでもお役に立てるなら、と思い始めていた。懲りない私である。
ところが実際に田口さんにお会いしてみると、私のなかでスッとあきらめが広がった。応接室のソファに横たわっている彼女は、あまりに痛々しくて見る影もない。
その姿は、インドでご一緒して、帰国後すぐに胃がんで亡くなったヒロコさん(第27話)の最期のころに似ていた。すっかり体力がなくなっていて、この状態では今さら何をやっても助からないだろう。それがはっきりと見てとれた。
それなのに田口さんのご主人は、「毎回ここまで連れてくるから診てほしい」というし、山田先生も、古くからの友人である田口さんのためなら、と自宅の提供を承諾している。さらに田口さん本人も、「もう何も頼るものがないので、お願いします」と、弱々しい声ですがってくる。
だが残酷なようでも、この段階ではとうてい施術などお受けすべきではない。これまでの経験で、私にはそれがわかり切っていた。ところが田口さんご夫妻ばかりか京子さんと山田先生に加えて、先生のお嬢さん二人までが、そろって私に頭を下げつづけるのである。
これにはまいった。もう天を仰ぐような気持ちで、「では少しだけ体をチェックしてみましょうか」とふりしぼるようにいって、その場の圧力から逃れるのが精一杯だった。
それまで横になっていた田口さんに、起き上がって椅子に腰かけてもらう。ご主人が支えていなければ、姿勢を保つことすらむずかしそうだ。それほど衰弱しきっているのに、よくぞここまでたどりつけたものだ。移動だけでもかなりの負担だったろう。
背中を見ると、やはり左の起立筋が異様に盛り上がっている。だからといって、今の彼女に刺激を加えることなどできるはずもない。しかも彼女の体には、子宮頸がんの手術の傷痕だけでなく、カテーテルの管まで設置してあった。
これでは仮に施術するにしても、触れられるところがほとんどない。文字通り手の施しようがないのだ。この状態で、私に何ができるというのか。
私が押し黙ったまま断りの言葉を探しているのがわかったのか、田口さんは再度「何も頼れなくて・・・」と消え入りそうな声で懇願してくる。
するとふと私の耳元に、肺がんで亡くなった芳子さんの声がよみがえった。彼女は病院のベッドの上で苦しさのあまり、私に向かって「先生、タスケテー」と叫んだのだ。あのときの私は彼女に何一つしてあげられなかった。その悔しさがこみ上げてきて私の胸を刺す。
今の田口さんにも、私はどうしてあげようもない。助けてあげたくても、どうにもできないこの苦しさを、何と表現したらいいのだろう。自分でも自分の顔色がすっかり変わっているのがわかる。
助けを求めて京子さんに目をやると、彼女は相変わらず、私が田口さんを引き受けるものと信じ切って見つめ返してくる。京子さんだけではない。その場にいる6人の12個の目玉がまっすぐ私に向けられて、私がうなずくのを待っている。
ああ、これではどこにも逃げ場がない。どうしよう。だれか助けて!この声にならない心の声が、あの芳子さんの叫びと重なって、ただ私の耳のなかだけでむなしくこだましているのだった。(つづく)
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