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近藤くんから電話があった。彼は私が特殊美術をやっていたころからの知り合いで、放送作家のかたわら治療院も経営しているという変わり種である。
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近藤くんから電話があった。彼は私が特殊美術をやっていたころからの知り合いで、放送作家のかたわら治療院も経営しているという変わり種である。
その彼が突然ぎっくり腰で動けなくなって、同じ治療家である私に助けを求めてきたのだ。自分の腰痛だってまだ治り切っていないのに、と思いつつも、仕事の前にちょっと寄ってみることにした。
彼のアパートは隣の駅の近くだという。電話をもらうまでは、こんなに近くに住んでいることも知らなかった。教えられた通りに歩いていくと、うちと似たりよったりのたたずまいの安アパートがあった。
「これだな」
そう思いながら、一声かけてからドアを開けると、そこにはせんべい布団の上で身動きもできずに転がっている近藤くんがいた。そのいかにも独り者らしい哀れな姿に思わず吹き出すと、つられて彼も自虐的な笑みを浮かべる。
私だって、ふつうの患者さんにこんな失礼な態度はとらない。しかし親しい友人だとつい気がゆるんでしまう。近藤くんは曲がりなりにも治療家だし、どんなに痛かろうがぎっくり腰で死ぬことはないから、気楽である。
彼にしても、私がなんとかしてくれるだろうという安心感があるようだったが、あとから他の友人たちに物笑いのタネにされるのは覚悟の上らしい。
背中を見ると、やっぱり背骨が大きくズレている。ただのぎっくり腰なら、このズレている背骨をもどすだけなので、サッと矯正する。何往復か矯正を繰り返して、身動きもできない状態から、一人でトイレに行ける程度にまでは回復させた。そして、「あとは自分でなんとかするように」といい残して、待ってくださっているホンモノの患者さんの家へと向かった。
数日して、彼から電話がかかってきた。おかげであれからは腰の調子もよく、今はほとんど痛みもないという。お礼の気持ちからなのか、この週末に、彼が師事している先生の勉強会に来ないかと誘ってくれた。
その勉強会は、彼が所属する治療家団体の凸凹会がやっている。民間療法にはたくさんの流派があって、それぞれが技を競っているが、この凸凹会のことは全く知らなかった。おもしろそうなので、二つ返事で参加することにした。
次の日曜日、明大前の駅で近藤くんと待ち合わせて、会場に向かう。10分ほど歩いたところにある建物に入ると、そこには50~60人もの人が集まっていた。
この勉強会では、毎回なんらかの病気をテーマにして、大先生がその治療法を伝授する。今日のテーマは「腎臓病」となっていた。ほとんどの腎臓病は病院でも治らない。それが手技だけで治せるのなら、スゴイじゃないか。
ほどなくして登壇した60代とおぼしき男性が話し始めると、ざわついていた会場がシンと静まりかえった。みな真剣に聞き入っている。私も興味津々で耳を傾ける。
すると先生は、壇上のベッドに寝ているモデルの脚をおもむろにつかんだ。そして足の裏を押しながら、「腎臓病を治すには、このように足の裏に親指で『の』の字を書くようにして」と説明する。
「え? なんで『の』の字? 腎臓病ってなんの?」
私の頭の中が混乱し始めた。だがまわりの人たちは、身じろぎもしない。この説明に動揺しているのは私だけのようだ。
一通り説明が終わると、今度は参加者同士がペアを組んで練習することになった。みな素直に相手の足の裏に「の」の字を書いている。思わず近藤くんに目をやると、彼は申し訳なさそうなそぶりを見せた。
しかし他の参加者は、いっしょうけんめいに「の」の字を書きつづけている。彼らは本当に「の」の字で腎臓病を治すつもりらしい。「郷に入っては郷に従え」であるから、私もいっしょに「の」の字を書いた。
こうしてとりあえず腎臓病の治療法はマスターした(と思う)。だが妙な姿勢を続けたせいで、やっとおさまりかけていた腰の調子がまた怪しくなってきた。勉強会はまだ始まったばかりだというのに、こんなことではどうなるのだろう。(つづく)
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