小説『ザ・民間療法』花山水清

人体の「アシンメトリ現象」を発見し、モルフォセラピー(R)を考案した美術家<花山水清>が、自身の体験をもとに業界のタブーに挑む! 美術家Mは人体の特殊な現象を発見!その意味を知って震撼した彼がとった行動とは・・・。人類史に残る新発見の軌跡とともに、世界の民間療法と医療の実像に迫る! 1話3分読み切り。クスッと笑えていつの間にか業界通になる!

タグ:くも膜下出血

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108
激しい腰痛のせいで、寝たきりになりかけていた春子さんの施術が終わった。ここまで車に乗せてきてくれた樹森さんや、春子さんのお嬢さんたちとみんなでお茶を飲んでくつろいでいると、腰の痛みが消えて饒舌になった春子さんの口から、長女が3年前にくも膜下出血で突然亡くなった話を聞いた。

さらに春子さんの夫も、10数年前に原因不明で急死したのだという。ひょっとしたら、二人とも動脈瘤が破裂して亡くなったのではないか。そんな疑いが私のなかに湧いてきた。

動脈瘤は、動脈の一部が風船のようにふくらんでコブになっている状態だ。脳や腹部にできたコブが何かのタイミングで破裂すると、突然死の原因になるのである。

動脈瘤といえば、1年ほど前に帰省したときのことを思い出した。夕食のあと、家族でテレビを見ていると、父がしきりにトイレに立つのが気になった。「どうした?」と聞くと、「いや~最近、妙に腹の具合が悪くてナ」という。

背骨がズレていると頻尿になる人も多いが、同じようにズレが腸に影響することもある。そういえばここしばらく、父の体をチェックしていなかったから、背骨がズレているのかもしれない。

父に横になってもらうと、まずは調子が悪いというおなかに手を当ててみた。するとポーンと張っている。しかも服の上からさわっただけでも、おなかの表面に妙なザラつきがあるのがわかる。

これは例のイヤな感触なのだ。ひょっとして大腸にがんがあるのかもしれない。大腸がんで下痢がつづくこともあるから、いよいよ怪しい。父は病院嫌いなので、これまで大腸がん検診など受けたことはない。しかしこのおなかは明らかに異常だから、検査が必要だ。

幸い兄は医者なので、近いうちに札幌にある兄の病院で検査してもらうようにすすめた。ところが父はあまり気乗りがしないらしくて、行くのを渋っている。まさか今の段階で、「がんがあるかもしれない」などと伝えるわけにもいかない。

どうしたものかと弱っていると、そばで二人の会話を聞いていた母が、「アンタ、行っといで」とかなり強い口調で命令した。もちろん父は母には逆らえないので、週明けに兄の病院で検査を受けることに決まった。

それから数日たったころ、東京にもどった私の元へ兄から電話がかかってきた。電話なんて久しぶりだったが、いきなり「CT撮ったら腹部大動脈瘤だったよ。5センチほどだけど形が悪いから手術だな」と早口でまくしたてる。つづけて「手術の日程が決まったら連絡する」といって電話が切れた。

腹部大動脈瘤だったのか。この診断結果は私としては意外だった。実家で父のおなかにさわったとき、深追いしなくてよかった。マッサージ店でおなかをマッサージしてもらっているときに、動脈瘤が破裂して救急搬送された人もいるらしいから、危ないところだった。

動脈瘤は命にかかわることも少なくないというのに、あまり症状らしいものがない。そのため、本人がその存在に全く気づいていないことも多い。しかしいざ破裂しそうになると、脳動脈瘤では激しい頭痛に襲われるそうだ。私の父がおなかを頻繁に壊していたのは、腹部大動脈瘤の症状の一つだったのかもしれない。

さらに動脈瘤の厄介なところは、家族性で発症する点である。つまり父親がそうなら、私や兄にも動脈瘤ができる可能性があるのだ。春子さんの長女に脳動脈瘤があったのなら、他の姉妹にもそのリスクがあることになる。多分、原因不明で急死したご主人も動脈瘤があったのだろう。

長女がくも膜下出血で亡くなったと聞いて、私がとっさに春子さんの両手首を握ったのにはワケがあった。実は体のどこかに動脈瘤があると、手首の脈の打ち方に、左右でズレが生じる場合があるのを医師から聞いていたからだ。

いきなり私に手首をつかまれて、目を白黒させている春子さんにも、その説明をして脈を取らせてもらった。すると左右全く同じように打っている。指が当たる角度を変えて、何度か確認したが結果は同じだった。

背骨のズレを矯正したら急激に血流が変化することがあるので、もし春子さんに動脈瘤があったら危険だった。この状態なら、今後も矯正でめったなことは起きなさそうでホッとする。

家族性なのだから、ついでに娘さんたちの脈も調べておこう。次女、四女と調べていくと、二人ともしっかり同時に打っている。

これは私の取り越し苦労だったかと思いながら、最後に19歳の三女の脈を取ると、左右で明らかにズレて打っているではないか。まちがいであってほしいと思って何度も確認したが、やはり左右の脈のタイミングはズレていた。

私の表情がくもったのを見て、春子さんが心配気に「どうですか?」とたずねてくる。私は言葉につまりながら、「脈だけでは正確なことはわからないから、1回検査を受けてみたほうがいいかもしれないですね」と伝えた。

その途端、今まで明るかった室内の空気が、一挙に重くるしいものに変わった。そばでだまって見ていた樹森さんが、「ま、きっと大丈夫でしょ。そろそろ帰らなくちゃ」というと、私に目配せして帰り支度を促した。

私たちを玄関まで見送る春子さんの顔からは、すっかり血の気が失せている。せっかく腰の痛みが消えたのに、表情は前よりも暗く沈んでいる。それを見ると気の毒でたまらなかった。(つづく)

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107
樹森さんの運転する車が、買い物客でにぎわう吉祥寺の街をゆっくりと抜けると、あっという間に春子さんが待っている瀬戸さんの家に着いた。見上げるほど大きなマンションの前で、「ここです」といわれて入った地下駐車場には、高そうな外車がズラリと並んでいた。

春子さんはこの高級マンションの1室で、3人の娘さんたちと暮らしているらしい。エレベーターが開くと、このフロアには1室しかないようだ。瀬戸さんが鍵を開けると、今日は突然の訪問にもかかわらず、室内がきれいに片づいていて少しおどろいた。

ふつうなら、腰痛などで動けない人の部屋はすごいことになっているものだ。それを見慣れているから、散らかっていても私は全く気にならない。ちょうど在宅していた娘さんたちが急いで片づけたのかもしれないが、もともとみんなきれい好きなのだろう。

瀬戸さんに案内されて、私と樹森さんは春子さんの寝室へ入った。私たちの姿を見た春子さんは、痛みをこらえて必死にベッドから起き上がろうとしている。私はベッドにかけよると、「まあまあ、そのままで」と手を差し伸べた。

差し出した私の手には、意外にもしっかりとした骨格の感触が伝わってくる。私は彼女の体を支えながら、もとの寝た姿勢にゆっくりともどす。「この状態でちょっと腰を診てみますからね~」といって、彼女の背中側にすばやく回り込んだ。

春子さんは若いころに患った脊椎カリエスで背骨が変形している。そのせいで背中が大きく曲がっているから、仰向けにはなれない。しかし背骨のズレを確かめるには、この横向きの体勢がちょうどよかった。

調べてみると、確かに彼女の背中は大きく曲がっているが、腰の骨には変形らしきものはなさそうだ。ところが腰の3番目の骨が大きくズレている。コイツだな。こいつが腰痛の原因だろう。

春子さんのようなひどい腰痛の場合、5個ある腰の骨のうち、3番目の骨が大きくズレていることが多い。しかもここがズレると頻尿にもなりやすいから、動けないのにトイレが近くてはよけいに大変だったはずだ。

私は「今から腰のあたりをさすりますからね~。ちょっとでも痛かったらいってくださいね~」と、やさしそうに声をかける。日常の会話でこんな口調だと気味が悪いと思うが、初対面の病人が相手なのだから仕方がない。

そんなことよりも、今は痛みを取ることが肝心だ。春子さんの腰にそっと手を当ててみると、炎症の熱と腫れが感じられた。これは「ココがズレて痛みを出していますよ」という証拠でもある。それを確認してから、ゆっくりとズレた骨を定位置にもどしていく。本人は、やさしく腰をさすってもらっているとしか感じないはずだ。

この動作を5~6分ほどもつづけると、腰の熱と腫れが少しずつ引いてきた。なおも同じ動作をくり返す。すでに春子さんは私の手の動きに慣れて、表情からも緊張が取れてきた。

このやり取りは、運転手役で付き添ってきた樹森さんにとっては、いつものパターンだから見慣れている。しかし春子さんの娘さんたちには初めての光景なので、不安気に私の手元をのぞき込んでいる。

だいぶ腰の熱と腫れが治まってきたところで、春子さんに「起きられますか?」と声をかける。私が手で体を支えながら、ゆっくりと上体を起こしてもらうと、一瞬、「イタッ」と声を上げた。

ドキッとしたが、実際にはそれほど痛くはなかったようで、すぐに表情がやわらいだ。すかさず私は、座った姿勢の彼女のうしろに回り込むと、改めて3番目の骨のズレをもどしていく。

そうやってトータルで20分ほど矯正をつづけたら、腰のあたりの感触が最初とは全くちがってきた。どうやら彼女の腰痛はカリエスとは関係なかったようだ。一般的な腰痛患者と同じで、背骨のズレが原因だったのだ。

ここまでは順調だ。しかし腰の骨のズレをもどすなら、できれば寝た状態と座った状態に加えて、立った状態でも矯正しておきたいところである。そこで試しに春子さんにも立ち上がってもらうことにした。

私が彼女の手をしっかりと握り、体全体を支えながら立たせると、今度は痛いともいわずにスッと立てた。その瞬間、樹森さんが「オーッ」とおどろきの声を上げる。それを見て、娘さんたちの顔からも緊張が消えた。

そのまま2、3歩歩いてもらっても、スッスッと前に足が出る。いい感じだ。春子さんも、「今まで痛くてトイレに行くのがつらかったけど、これなら大丈夫だわ」といって、腰痛が治ったことよりも、安心してトイレに行けることがうれしかったようだ。聞けば、彼女も頻尿がひどかったらしい。

春子さんに壁に向かって立ってもらうと、さらに腰の骨のズレを矯正する。もう一度歩いてもらって、腰に痛みが残っていないことを確認する。ヨシ、今回は初めてなのでここまでにしておこう。私は春子さんに、また骨のズレがもどってくる可能性があることを伝えて、次の訪問の約束をした。

娘さんが「先生、お茶をどうぞ」と声をかけてくれたので、みんなでリビングに移動する。10人は余裕で座れそうな大きなテーブルにつくと、これまた高そうな器に入って湯気を立てているお茶をすする。この場の雰囲気が非常に明るくて、私もリラックスしていた。

春子さんは、自分はこのまま寝たきりになるのかと思っていただけに、恐怖から開放されて高揚しているようだ。元気な声で「ダンナももういないしネ、3年前に長女も死んでしまって」と話し始めた。私は思わず「なんで亡くなったんですか?」と聞いてしまった。

踏み込んだ質問だったが、春子さんはためらうことなく、「長女はくも膜下出血での突然死だったの」と話してくれた。それを聞いた私はギョッとして、即座に春子さんの両手首を握ったのだった。(つづく)

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