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「さっきここに、ヘソ出しルックでミニスカートの女の子が来てなかった?」

今野さんは部屋に入ってくるなり、靴を脱ぐのももどかしそうに、勢いよく話し始めた。

今野さんに会うのは、彼女の3度目の結婚のあと、みんなで沖縄に行って以来だから、けっこう久しぶりだ。どうやら、さっきまでうちに来ていた患者さんと、ビルの入口ですれちがったらしい。

そんなこと聞かれても、患者さんのことは個人情報なので、他人に伝えるわけにはいかない。私があいまいに「え~っと・・・」と口ごもっていると、「あの子ナニモノ?表に停まっていたリムジンで帰って行ったわよ~。あんなバカでかいの初めて見たわ」と興奮している。

へ~そうなんだ。今野さんと入れちがいで帰った若い女の子というのは、私にとっては腰痛の患者さんでしかない。でっかいリムジンと聞いて、私もおどろいた。紹介者さんからは何も聞いていないけれど、売れっ子の歌手か何かだろうか。

そもそもうちにはテレビがないから、芸能情報にはうとい。たまたま定食屋でテレビを見ていて、「アレ?この人うちに来てる患者さんだ」と気づくことがあるくらいだ。

そういえば、新しく渋谷に店舗を構えてみると、出張のころとはちがう毛色の人たちが来院するようになっていた。今も紹介制のままだから、さしずめタモリさんの、「笑っていいとも」に出てくる「友だちの輪」みたいなものか。

あのコーナーでは、ゲストの有名人が、自分の友だちのなかから次のゲストを指名するシステムだ。すると、思わぬ人に紹介の輪がつながっていくのがおもしろいのである。

別に有名人でなくたって、だれでも知り合いを6人介せば、アメリカの大統領までつながるらしい。うちにはまだ大統領は来ていないけれど、政財界の大物や有名芸能人が紹介されてくることはある。

これだけ聞くと、「いいな~」と思う人もいるかもしれない。しかし現実は、タモリさんの「友だちの輪」とは全くちがう。有名人というのは、絶対に有名人を紹介したりはしない。それどころか、だれも紹介などしない。紹介を期待するのは浅ましいが、かといって紹介が全くなければ、うちの経営が成り立たない。

もちろん、他人に紹介したくない気持ちはわからんでもない。政治家なら、自分の体調不良が知られると政治生命にかかわってくる。芸能人だって、体のことは週刊誌ネタになりかねないから慎重になって当然だ。

会員数が3万を超すという大きな組織の会長は、毎週のように私のところに通っているけれど、何年たっても家族はおろか、ただの一人も紹介してくれたことはない。

他人に紹介してうちが忙しくなったら、自分の予約が取りにくくなるから、だれにも教えないことにしている、といった有名作家さんもいた。全くもって理由は人それぞれなのである。

そのくせ有名人となると、私とはあまりに衣食住がかけ離れているので、話が全くかみ合わない。しかもどちらかというと気むずかしいタイプの人が多いので、気を使う。

それでもいただく金額は同じである。この人は有名人でお金持ちそうだから「倍の料金!」なんてことにはならない。そう決めているからだれでも同額だ。だから有名人が来院するからといって、うらやましがられる要素は全くないのである。

逆に一般の人のほうが私にはありがたい。特におばちゃん世代は話しやすくて、施術していても楽しい。彼女たちはみな独自のネットワークを構築しているようで、次々に患者さんを紹介してくれるので本当に助かる。

ところがそのネットワークが、あるときとんでもない方向へと広がっていったのだった。(つづく)

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