小説『ザ・民間療法』花山水清

人体の「アシンメトリ現象」を発見し、モルフォセラピー(R)を考案した美術家<花山水清>が、自身の体験をもとに業界のタブーに挑む! 美術家Mは人体の特殊な現象を発見!その意味を知って震撼した彼がとった行動とは・・・。人類史に残る新発見の軌跡とともに、世界の民間療法と医療の実像に迫る! 1話3分読み切り。クスッと笑えていつの間にか業界通になる!

タグ:ひざ痛

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「ネェ、腱鞘炎ってサ、手術して治った人、見たことないんだけど!」

今日の大久保先生はちょっと興奮気味だ。ドアを開けるなり、靴を脱ぐのももどかしそうにして、いきなり本題に入るのが先生のクセだ。いつものことなので私は慣れている。今日のテーマは「腱鞘炎(けんしょうえん)」なのだナ、と思って聞いていた。

先生は、都内の大病院の内科に勤めている女医さんだ。特に体調に問題がないときでも、定期的に来院されて、そのたびに勤務先でのできごとを教えてくれる。そのほとんどが、同僚の医師たちにも話せないこと、つまり医者の本音なのである。

先生は、患者さんの話をいつも親身になって聞いてあげる。そのため、他の科での治療への不満を耳にすることも多い。大きな病院ではあまり横のつながりがない分、他の科の様子はもっぱら患者さんから聞くことになるそうだ。

今回は、内科を受診した患者さんのなかに、外科で腱鞘炎の手術を受けてきた人がいたようだ。その人から話を聞いているうちに、先生は手術への疑問がつのってきたらしい。

たしかに彼女のいう通り、腱鞘炎が手術でよくなるとは思えない。私も今まで、病院で腱鞘炎の手術を受けた人を何人も診てきたが、うちにまでそういう患者さんが来るのは、その手術では治らなかったからなのだ。

この場合、私は患部である手首に触れることはない。腱鞘炎と診断されている人は首の骨がズレているので、そのズレた骨を定位置にもどすだけだ。そうすれば手首の痛みが消えて、腫れも引いていくのである。

「えっ!原因は首なの?」

私の説明を聞いて、おどろいたように先生は声を上げた。そこで私は、机の上にある解剖学の本を開いて、解剖図を見せながら説明をつづけた。

「ホラ、手首に向かう神経は、みんな首から出ていますよね」

医学の専門家相手に、医者でもない私が説明するのも恐縮だが、私は何も突飛なことをいっているわけではない。解剖図の通り施術しているだけなのだ。

「でも、手首そのものが腫れてるのに?」

先生はまだ納得がいかなくて聞き返す。

「実は」と、私は得意になって話をつづける。

「腱鞘炎だけじゃないんです。首の骨がズレるとネ、手首の他に指やひじ、肩なんかの関節にだって、痛みや腫れが出ることがあるんです」

ここまで聞いても、先生はまだ腑に落ちないようだ。彼女の医学知識とはあまりにもちがっているから、受け入れがたいと感じるのは当然だろう。

もちろん、首の骨に問題があって、腕全体が痛くなったり、しびれたりすることなら、医学上もよく知られている。しかし先生は、首の骨のせいで関節に症状が出るなんて、これまで聞いたことがなかったのだ。

「私もその辺のメカニズムはわからないんですけど、首の骨がズレると、腕全体に症状が出るパターンと、関節だけに出るパターンの2つがあるんです」

これは、私が発見した事実なのである。

「このパターンは腕だけじゃなくって、足も同じなんですヨ。ホラ、足の神経は腰から出ていますよね」

ここでまた私は、解剖図の該当ページを開いて説明する。

「たとえば腰痛の症状で、おしりから足先まで痛みやしびれが出ることがあると思うんです」

「それは坐骨神経痛のことね」

先生は「それなら知っている」という顔でうなずいている。

「そうです。その坐骨神経痛が出たときって、病院では必ず腰の骨のレントゲンを撮りますよね。でも同じ神経上なのに、ひざや足首なんかの関節に症状があるときは、症状のある関節部分だけしかレントゲンを撮らないんです。それって変じゃないですか?」

「あ、そういわれればそうね」

「実際、ひざや足首などの関節の症状でも、腰の骨のズレをもどせば痛みが消えます。ひざに溜まっていた水も引いていきます。これは珍しいことじゃないんです。

つまり、腕や足に現れる関節炎というのは、単なる実行犯のしわざで、その向こうに隠れている黒幕は、首や腰の骨のズレなんですよ」

ここまで聞いて、先生はハッとした。

「そうそう!前に、がんが腰椎に転移して、ひざに痛みが出た患者さんがいたんだけど、最初に受診した整形外科ではひざしか調べてなくて、がんの転移を見落としたって問題になってたわ」

そういうと先生は、「そうだったのね~なるほどね~」と何度もうなずきながら、これまでの話との整合性に気がついて、やっと納得してくれた。

「これはみんなにも教えてあげなくちゃ!」

先生は、同僚の医師たちに、私の発見を伝えようという使命感に目覚めたのか、ほほを紅潮させながら帰っていった。自分の体のことなんかそっちのけで、私の話に興味をもってくださるのがありがたい。先生は、私にはとても頼もしい存在だ。

ところが翌月、来院した大久保先生は、めずらしくションボリしている。この前の帰りぎわに宣言した通り、関節炎のメカニズムについて、知り合いの医師たちに伝えて回ったようだ。しかし結局だれ一人として、話に興味をもってくれる人がいなかったのである。

先生はひどく落胆している。だがこれまで、けっこうな数の医師たちに伝えてきた私にしたら、これは予想通りの結果だった。新発見が同時代の人に理解されにくいのは、歴史を見るまでもないが、医師から医師に伝えても、やっぱりむずかしいことなのだ。

しかしどうやったら、私の発見した内容を、必要な人のところへ届けることができるだろう。壁を突破する画期的な方法はないものか。背骨のズレの原因解明のほかにも、私の課題は山積みなのだった。(つづく)

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016 小説『ザ・民間療法』挿し絵

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オーロビルでは、1年間ボランティアをすればオロビリアンに認定されて、そのまま永住資格がもらえる。まわりの友人たちが、私も何かボランティアをやってオロビリアンになるように勧めてくれた。そのためには、何でもいいから特技はないのかと聞いてくる。

私が「少しだけなら治療らしいことができる。東京で腰痛を治したことがある」と話してみると、みんなから、その技をぜひとも披露してほしいとせがまれた。

そうはいっても私ができることといえば、背骨のズレを見つけることと、ズレている背骨を手で元の位置に戻せるだけである。「素人に毛が生えた程度」という表現があるが、私の技術など毛も生えていないレベルだろう。とても他人様の前で、改めてお見せするようなものではない気がする。

そういえばインドに来た当初、カルカッタで一度だけ治療したことがあった。私にオーロビル行きを勧めてくれた、あのインド人のジャナさんと歩いているとき、彼は急にひざが痛くなって、全く歩けなくなってしまったのだ。

ジャナさんは大柄ではなかったが、私が彼をかついで歩くこともできない。仕方がないので、そばにあった物売り台の上に彼を寝かせて、足を軽くマッサージしてあげた。

カルカッタという街はインドでも有数の大都市である。その分、人の数が異常に多い。渋谷のスクランブル交差点を、いくつも寄せ集めたみたいなところなのだ。そのごった返す人混みのド真ん中で、妙な東洋人がインド人相手に、何か治療らしいことをしているのである。

その物珍しさのせいで、私たちのまわりにはあっという間に押すな押すなの黒山の人だかりができた。これには私も驚いた。あまりの人の多さに、地元民のジャナさんはもっと驚いていた。そして恐ろしくなったのか、ひざの痛いのも忘れて逃げ出したのだ。

とにかくあのときは、それで彼のひざは治ったようだった。だが今度はそんな大騒ぎにはなりたくない。それぞれの家に個別に訪問して治療したいといって、何とかその場はしのいだ。

最初に行ったのはイタリア人女性のパオラの家である。家に着くと、彼女はいきなりスッポンポンのままで出迎えてくれた。どうやらオーロビルでは、治療を受けるときには素っ裸になるのが当たり前らしい。しかし日本人の私には目のやり場に困る。あらぬ方角を向いて、「せめてパンツだけでも」と懇願して着てもらった。

それからおもむろに、背骨がズレていないかを調べる。ズレがあったので指で戻してみた。かなりやさしい力でゆっくりとやったのに、時間にしたら10分そこそこである。何となくそれだけでは、治療としては愛想がなさすぎる気もする。ふつうのマッサージなら、有に30分以上かけてしっかりともみほぐすものだろう。無料のボランティアとはいえ、これではあまりにも物足りないのではないかと不安になる。

ところが治療を受けたパオラ本人は、すごく喜んでくれた。小柄できゃしゃな彼女にしてみたら、これまで受けてきた治療は力が強すぎて、お好みではなかったらしい。私の治療をえらく気に入ってくれたから、それがたとえお世辞であっても一安心である。

その後、彼女を通して、私の評判が各コミュニティをかけ巡った。いわゆる口コミというやつだ。今度はそれを耳にしたユリアというポーランドの女性が、私に治療を頼みに来た。彼女は以前から背中の一部が痛くて、どこに行っても治らないから困っているのだという。

治療というのは、治らなくて当たり前と思ってくれたほうが、過度に期待されるよりも結果がうまくいくことが多い。そこで前もって「服を着た状態で」としつこく念を押してから出かけていった。

ユリアは50歳ぐらいで、オーロビルでは顔的存在の人である。彼女の家に着くと、ちゃんと服を着て待っていてくれたのでホッとした。部屋で背中を見せてもらう。なるほど、背中の一部が腫れて盛り上がっている。背骨がしっかりズレているのだ。そのズレているところをゆっくりと指で戻してあげた。やはり時間としては10分にも満たない。効果のほどは私にはわからなかったが、彼女は「これはイイ!」といって非常に納得した様子である。

ユリアの場合も、いつもは強い力で延々ともまれて、それが負担になるだけで効果がなかったらしい。効果がないせいで、さらにしつこくもまれるという悪循環だったのだ。たしかにやせ型の彼女の体には、強い力の施術は向いていないだろう。

それから数日して彼女がたずねてきた。私の施術で、背中の痛みがかなり薄らいだといって喜んでいる。彼女は頭がいい人だったので、力がソフトで時間が短いのは、施術としてはとても良いことだと論理的に解釈してくれた。

それを聞いて私も、自分の施術に対するイメージが変わった。効果があったといわれても、まだ自信がもてるほどではなかったが、それでもオーロビルの顔であるユリアが認めてくれたのはうれしかった。

その後、彼女が宣伝してくれたせいか、私のところには後から後から健康相談が続いた。そればかりか、なぜか恋愛の悩みまで持ち込まれることが増えた。おかげで自分の特技というか、特性めいたものの輪郭がおぼろげながら見えてきたのである。(つづく)

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