小説『ザ・民間療法』花山水清

人体の「アシンメトリ現象」を発見し、モルフォセラピー(R)を考案した美術家<花山水清>が、自身の体験をもとに業界のタブーに挑む! 美術家Mは人体の特殊な現象を発見!その意味を知って震撼した彼がとった行動とは・・・。人類史に残る新発見の軌跡とともに、世界の民間療法と医療の実像に迫る! 1話3分読み切り。クスッと笑えていつの間にか業界通になる!

タグ:アシンメトリー現象

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「じゃ、どうぞお大事に~」

本日最後の患者さんがエレベーターに乗り込むのを見送った私は、近くで待機している杉本さんに、急いで電話をかけた。

この電話を合図に、彼女はここの掃除や備品の管理をしにやって来てくれる。私も片付けやカルテの記入をすませ、一段落したところで次のメールマガジンの原稿を渡して、2人でディスカッションに入るのだ。

30分ほど話し込んでメールマガジンの方向性が決まると、それまでのかっちりとした表情のまま、杉本さんの目の端が一瞬キラリと光った。あれは子どもが何か企んでいるときの顔である。

「ちょっと発見がありまして」といいながら、彼女は私の顔に向かって両手を近づけてくる。ここで逆らってはいけない。本能的に私は身を固くして、成り行きを待った。

「これってアシンメトリー現象じゃないかと思うんです」

そういうと彼女は、私の耳元で、自分の親指と人差し指の腹の部分をこすり合わせて、「どうですか?」と聞いた。

「はぁ?」

杉本さんの話は、いきなり結論から入ることが多い。そのせいで、私はいつも間抜けな返事になってしまう。今回も、何が「どうですか?」なのかがわからないので、とまどっていた。

すると彼女は、「両耳とも同じように聞こえますか?」といって、もう一度、私の耳元で指をこすり合わせた。

「え、両耳?」

私には、彼女が指をこする音は、右耳からしか聞こえてこない。てっきり右だけこすっているのかと思っていた私は、頭のなかが疑問符だらけになった。

「じゃあ、こうやって自分の指でやってみてください」

そういわれた私は、彼女のマネをして指を耳元でこすってみた。やはり右耳でしか聞こえない。なぜだ。左右の手で指の質がちがうのだろうか。試しに右の指を左耳に近づけてこすってみたが、やっぱり聞こえない。これはどういうことなんだ。

私がおどろいているのを見て、杉本さんは「当然だ」とでもいいたげな顔つきである。

「それじゃ今度は指の腹ではなくて、親指と人差し指の爪をはじいてみてください」

キツネにつままれたような気持ちのまま、私はいわれた通りに耳元で爪をはじいてみた。すると今度は、両方の耳から、爪をはじく「カチカチ」という音が聞こえてきた。

「あ、聞こえる!」

うれしくなった私は、またさっきみたいに指の腹をこすってみる。ところがやっぱり、「カサカサ」は右耳からしか聞こえない。何度やってみても同じだ。

「エ~ッこれってどういうこと!?」

杉本さんに目を向けると、彼女は「でしょ~」といって、この結果に満足そうである。

どうして左耳は、「カチカチ」なら聞こえるのに「カサカサ」だと聞こえないのか。音の周波数の問題なのだろうか。老化に伴って高い音が聞こえにくくなる話なら知っているけれど、そこに左右のちがいなんかなかったはずだ。

杉本さんは、「これもアシンメトリー現象の一つじゃないかと思うんです」という。初めてこの現象に気づいたとき、彼女は自分の左耳がおかしいのかと思った。そこで、これまでにも何人かで実験してみたらしい。

その結果、両方とも同じように聞こえる人はいた。でも、左だけ聞こえる人はいなかった。つまり、聞こえないのはいつも左耳だけなのである。「左だけ」となれば、これはアシンメトリー現象の一種だと確信したそうだ。

たしかに私も杉本さんも、左の起立筋が盛り上がっているから、まちがいなくアシンメトリー現象の体質である。それがわかっても、彼女は気にするどころか、逆に好都合だと思っている節がある。自分の体を観察することで、アシンメトリー現象の特徴を一つでも多く見つけ出したい。そんな使命感をもっているのだ。

それにしてもこれは画期的な発見である。今まで、耳に現れるアシンメトリー現象といえば、耳の穴が左だけ浅く感じるとか、耳掃除していて左耳は痛みを感じにくいといった例はあった。だがアシンメトリー現象の説明をしている最中に、それを相手に確かめてもらうわけにもいかなかった。

ところが、耳元で指をこすり合わせて聴力を確認する方法なら、だれでもかんたんに、その場で自分の状態がわかる。これなら体全体をチェックしなくてもいいし、深刻さがないのもいい。

さらに杉本さんは前のめりになって、「この現象は医学的には知られていないのでしょうか」とたずねてくる。しかし私の知る限り、左耳だけに現れる症状など聞いたことがない。

一般的な耳鳴りにしろ突発性難聴にしろ、右耳の人もいれば左耳の人もいるはずだ。ただし耳閉だけは、症状の出方に左右のちがいがあるのを確認していた。

耳閉とは、水の中にいるときのように、音がボワーンとくぐもって聞こえる疾患だ。だれでも一度は体験したことがあるだろうが、たいていは一時的な症状で、いつのまにか正常に戻っている。

ところがごくたまに、耳閉が元に戻らなくなってしまう人もいる。そういう人を私は今までに何人も診たことがあった。

耳閉は、医学的には原因不明といわれているけれど、彼らの多くは、上のほうの首の骨がズレていた。そのズレた骨を矯正すると、たちまち耳閉が解消するのだから、因果関係は明らかだ。

しかし首の骨のズレが原因でも、症状が出て数カ月もたっていると、ズレを矯正したあとも、音の聞こえ方が元には戻りにくいようだ。

耳閉の患者さんたちから話を聞くと、症状は右耳から始まったという人が圧倒的に多い。左耳に症状が出ている人の場合は、最初に右側に出たあとで左にも出るのがパターンだ。もちろん、こんなことは耳鼻科の専門医でも全く知らないはずである。

そうか。今まで考えたこともなかったが、他にも、症状が出るのは「左だけ」とか「右だけ」といった病気があるのかもしれない。

アシンメトリー現象と疾患との関係を知るためにも、これはぜひとも意識して調べてみる必要があるだろう。そこに私の疑問の答えがかくされている。そんな気がして、おなかの底が熱くなってくるのだった。(つづく)

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「フグたくさん釣ったから食べな~い?」

釣り友の河原さんからの電話で、彼女は開口一番そういった。いつもの電話は釣りへのお誘いなのだが、どうやらまた一人で行ってきたらしい。

最初は私が釣りを教えてあげたのに、彼女はいつのまにやら、週末ごとに釣り場に通うほどの釣り好きになっている。

私には決まった休みがないので、誘ってもらってもめったにいっしょに行く機会がない。最近はもっぱら釣果の報告を受けるだけで、今回は千葉沖でフグが大漁だったそうだ。

「え~、フグ~?」

私が怪訝そうな声を出すと、河原さんはすかさず、こちらの不安を打ち消すようにして、「大丈夫ヨォ、ちゃんと調理してあるから」と自信たっぷりである。

彼女は釣り好きなだけでなく、釣った魚を料理して人に食べさせるのが楽しいようだ。しかしそこが私の不安材料でもあった。かつて彼女は自分が調理した魚で、父親を2度も病院送りにしているのである。その2度ともアニサキスが原因だった。

アニサキスはカツオやイカ、イセエビなどに寄生している線虫だ。それらが寄生した魚を食べると、アニサキスもいっしょに私たちの胃の中へ入る。

すると苦しくなったアニサキスは、なんとか逃げようとして胃壁へと潜り込む。これがとんでもない激痛なのである。その結果、河原さんのお父さんは、病院でアニサキスを内視鏡で取ってもらうはめになったのだ。

胃壁ならまだましで、あれが腸壁まで行っていたら開腹手術になってしまうから、笑い事ではすまない。それがわかっているので、私などはイカを刺身にするときは、身を蛍光灯で透かして入念にチェックする。

食べるときにはさらに用心して、よく噛んでアニサキスを噛み殺すようにしている。そんなことはムダだとわかっていても、どうしても噛む回数は増えてしまうので、安心して食べられない。

だが意外にも、アニサキスの怖さはあまり知られていないようだ。ある有名シェフと寄生虫の話をしていたら、彼はアニサキスの存在を全く知らなかった。調理のプロがそれなら、スーパーで売られている刺身だって安全とはいえない。

寄生虫はアニサキスだけではない。函館の朝市で、ある有名料理人がとれたてのサケの身をつまんで口に入れた。そして、「ウン、これなら刺身にできる」といってのけたのだ。

いつもの定食屋のテレビでこの光景を見ていた私は、手から思わず箸がポロリと落ちた。

「な、なんちゅうことしとるんだ!」

知らないというのはおそろしいものである。彼の蛮行には全くあきれてしまった。サケやマスにはサナダムシなどの寄生虫がいるから、絶対に生で食べてはいけない。これは北海道民には常識だ。

ところが近ごろは、サーモンと称するサケの刺身が人気になっている。しかしあのサーモンは、いわゆるサケじゃない。あれは養殖魚で、天然のサケとは全く別モノなのだから、ややこしい話である。

魚に関して、私はかなり神経質な部類なのかもしれない。それでも相手がフグとなると、中毒死の危険性もある。河原さんはフグの調理師免許をもっているわけでもない。せっかくのお心遣いとはいえ、ここは安全を優先しよう。彼女には「また今度」といって、やんわりとお断りしておいた。

別にフグだけでなく、魚には毒をもったものが多い。みんなが大好きなウナギにも血液には毒があるというし、当の河原さんも、旅行先の沖縄で釣った魚のシガテラ毒にやられたことがあった。

シガテラ毒は、熱帯や亜熱帯の海に生息する魚介類に多いことが知られている。シガテラ毒に汚染された藻類を食べた魚には、シガテラ毒が蓄積される。その魚をさらに大きな魚が食べることで、より毒が濃縮されていく。

その魚を人間が食べると、吐き気や下痢だけでなく、全身にひどい筋肉痛などの中毒症状が起きることもある。つまりシガテラ毒によって、神経伝達に異常を引き起こしてしまうのだ。

私が河原さんの体を診せてもらったときには、もう筋肉痛はおさまっていた。それでも彼女の体は、しっかりと干し上げた干物みたいに、カッチカチに固くなっていた。

実はこんな風に体が固くなるのも、「アシンメトリー現象」の特徴の一つである。どうも、体内に何らかの毒物が入ると、「アシンメトリー現象」が急激に進行するようなのだ。

有機リン系殺虫剤を、頭からかぶってしまった友人もそうだったし、アルカロイドなどの、植物毒が含まれた抗がん剤を投与された人も、「アシンメトリー現象」がひどくなっていた。

それならフグ毒のテトロドトキシンだって、成分的にはアルカロイドと同じ作用を及ぼすはずである。やはりここは思い切って、河原さんのフグで私が実験してみるべきだったのかもしれない。(つづく)

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