小説『ザ・民間療法』花山水清

人体の「アシンメトリ現象」を発見し、モルフォセラピー(R)を考案した美術家<花山水清>が、自身の体験をもとに業界のタブーに挑む! 美術家Mは人体の特殊な現象を発見!その意味を知って震撼した彼がとった行動とは・・・。人類史に残る新発見の軌跡とともに、世界の民間療法と医療の実像に迫る! 1話3分読み切り。クスッと笑えていつの間にか業界通になる!

タグ:オリジナル小説

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165

「最近の若いモンは…」

なんていい始めたら、老化の始まりだ。それはわかっていても、長髪・ベルボトム世代の私には、今どきの「ナウなヤング」は男も女もみなきれいな顔立ちで、少女漫画から飛び出してきたみたいに見えてしまう。

昔は、たとえティーンエイジャーでも、オジサンやオバサンぽい老け顔の子が珍しくなかった。同級生の渡辺くんなんか高校生なのに、しょっちゅう「お子さんは?」と聞かれていた。その都度、苦笑いして返答につまっていた彼も、今ではやっと顔相応の年になっている。

もっと小さい子供にしたって、掘ったばかりのジャガイモみたいな子は全く見かけなくなった。そのまま子供タレントに起用できそうな子ばかりだから、昔とは顔のできが格段にちがう。

人の顔というのは、時代とともに大きく変わる。しかもわりと短期間で変わってしまうようだ。この流れで行くと、日本人はみなかっこよくなれるのだろうか。

この前見た人類学の本には、未来の日本人の顔が載っていた。これは過去と現代の骨を比較することで、未来の顔の特徴を予測したものらしい。

そこには、頭が大きくて、あごが小さくとがり、逆三角形の顔になった未来人が描かれていた。その顔は今の若い人の顔に似ている気がする。この特徴がもっと進むと、ETみたいな宇宙人ぽい顔に近づいていきそうだ。

そういえば、歯科医の増田先生に頼みこんで、クリニックで保管されている大量の歯型を見せてもらったことがある。するとやっぱり、若い世代はあごが小さかった。

ではなぜ、あごが小さくなったのだろうか。一般的には、硬いものを食べなくなったせいだといわれている。本当にそれだけだろうか。

たしかに近ごろは、昔のクジラ肉みたいに、噛んでも噛んでも噛み切れなくて、あごがだる~くなるようなモノは食べなくなった。使わない機能は退化するから、人間のあごだって退化して小さくなるのは当然だ。もしかしたら、そのうち歯さえ生えなくなるのかもしれない。

だがここで私は、未来人の顔に、ぜひとも「アシンメトリー現象」の特徴を付け加えたい。

実は歯型を調べているとき、若い人は、左側の上下の歯茎が、舌の側に倒れ込んでいるのを発見した。程度の差はあっても、これは明らかに、「アシンメトリー現象」によって左の顔面が収縮した結果なのだ。

そうすると未来人は、限りなくあごが細くて逆三角形で、歯は退化して、左目は小さく、鼻は左に曲がり、左の口角が上がった顔になりそうだ。

歯科医の増田先生に調査の結果を説明しながら、私は「こんな感じになるんですかね~」といって、未来人の顔まねをして見せた。すると先生はプッと吹き出して、「豆絞りの手ぬぐいが似合いそうですね」といった。

それだッ。ひょっとこだ。私は以前から、未来人の顔を想像していると、「何かに似てるヨナ~」と思っていたのだ。先生のいう通り、未来人の頭に豆絞りの手ぬぐいを巻けば、まちがいなくひょっとこができ上がる。

「アシンメトリー現象」のことを考えると、どうしても人類の未来は暗くて深刻なものになりがちだった。ところがそこで、ひょっとこの顔をイメージした途端、「ま、それもアリか」と思えてきて、ちょっと肩の力が抜けるのだった。(つづく)

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164

プツッ。

トイレの灯りを点けたら、音がして電球が切れた。私一人のときなら、トイレのドアを開けたまま用を足せばいい。でもさすがに患者さんはそうはいかない。

今ならちょうど時間があるから、駅前のビックカメラまで行ってこよう。電球なんか近くのコンビニでも売ってるけど、できるだけ安いのを買いたい。

ビックカメラは平日の朝だとまだ空いている。コンビニで1個買うよりも、さらに安い2個セットの電球を買った。これでまた切れても安心だ。目的が達成できて、小さな満足感が広がる。

さあ、混んでくる前に帰ろう。用事がすんだ私が宮益坂を上がっていると、少し前を歩いている女性に目が止まった。

「お!あれは瀬戸さんのお母さんじゃないか。今日って来院の予約が入ってたっけ?」

早足で追いついて、追い越すときにそっと横目で見たら、ぜんぜんちがう人だった。背格好と歩き方が似ているだけだ。でも後ろ姿は本当にソックリだ。そこでふと、ここのところ彼女の顔を見ていないことに気がついた。

瀬戸さんのお母さんの貴美子さんは、「腰が痛い」とか「膝が痛い」とかいっては、毎月のように私のところに通ってこられていた。ところがこの半年ほどは、来院されていなかったのだ。

うちに連絡がないのは元気な証拠だろう。きっと最近は体調がいいにちがいない。そんなことを考えていたら、息子の瀬戸さんが急な腰痛で来院することになった。

「お母様は、お元気?」

施術が終わったタイミングで彼にたずねてみると、

「いや~、それが最近、急に認知症が進んじゃって」

といって顔を曇らせた。私はそれを聞いて少なからずおどろいた。そうか。あの貴美子さんが、認知症になっていたのか。

彼は母親と二人暮らしなので、自分の外出中のことが心配らしい。一人で勝手にふらふら外に出て事故にでもあったらどうしよう。火の不始末だって気になる。そこで今、専門の介護施設を探しているところなのだという。

半年前に貴美子さんが来院されたときには、それらしい気配などなかった。ふだんと変わらず、都会のマダムっぽく身なりも整えておられたし、話ぶりだってよどみがなかった。だから私には、この変化がちょっと意外だった。

たしかに、貴美子さんだってもう80代も半ばを過ぎている。その年齢なら認知症になってもおかしくはない。認知症は急に進行することもあるから、高齢者にとっての半年は短い期間ではなかったのだ。

認知症というのは、ごくわずかな変化から始まる。おしゃれだった人が急に身なりに構わなくなったり、食べ物の好みが変わったりする。同じ物ばかり買ってくることはだれにでもあるが、それも度を越すと認知症だ。

そういえば、貴美子さんとうちの母は同い年だったはずだ。私の母は、「体調が悪い」といってはビッチリお化粧して、おしゃれな格好でいそいそと病院へ出かけていく。そして帰りには、病院の近くのデパートに寄って、同じ物というよりも、買いたい物をちゅうちょなく買ってくる。これが毎度のパターンだ。

母の行動を見ていると、病院とデパートと、どっちが目的だったのかわからなくなる。貴美子さんにも似たところがあったから、どうもあの世代には、何か共通した勢いがある気がしていた。

私なら、体調が悪いときには家で寝ていたいものだが、そこがちがう。朝起きて調子が悪いとわかると、逆にスイッチが入るみたいだから、根本的に元気なのだ。しかも母も貴美子さんも、「私は子供のころから体が弱くて」が口癖なのもそっくりだった。

そういう状況のせいか、私は母の体調に関してはかなり客観的に見ている。しかし私とちがって気の優しい瀬戸さんは、大切なお母さんが認知症になってしまったことに、かなり落ち込んでいる。

「半年前はあんなにお元気だったのにね」

と声をかけると

「いや、先生、オフクロは頭はボケてるけど、体は元気なんですよ。前みたいにあっちが痛い、こっちが痛いっていわなくなっただけで」

瀬戸さんは、力なくそう答えて目を伏せた。お母さんゆずりの長いまつ毛を伏せると、彼の目に濃い影ができた。

その話を聞いていて、私には思い当たることがあった。貴美子さんの他にも、同じような患者さんが何人かいたのだ。

腰やら膝やら、あっちこっち背骨のズレで症状を頻繁に訴えていたのに、なぜかあるときからピタリと「痛い」とはいわなくなる。高齢者の場合、これは認知症が進行した兆候の一つなのだ。

だが認知症だからといって、背骨がズレなくなるわけではない。調べてみるとズレはある。ズレがあるのに、そのズレによる痛みを感じなくなっているのである。

その一方、打撲や骨折の痛みなら、ちゃんと感じるものらしい。原因によって、痛みの感じ方がちがうのだろうか。この回路のちがいは、私にはたいへん興味深かった。

では背骨がズレていても、痛みを感じなければそれでいいのかというと、そういうわけではない。ズレの影響は、運動機能の低下としても現れるのである。

たとえば背骨がズレていると、関節を動かせる範囲が狭くなるし、曲がりにくくもなる。力だって入りにくい。その結果、歩行機能などが低下してしまう。するとますます認知機能の衰えに拍車がかかる。だからできることなら、背骨のズレは矯正しておいたほうがよい。

でも認知症になると痛みを感じにくくなるのは、きっと自然なことなのだろう。旅立ちを前にして、できるだけ苦痛を減らしてあげようという、神様のお計らいなのかもしれない。私はそんなふうに思うことがある。(つづく)

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163

「センセ~ェ、朝から首が回らないンです~ッ」

切羽つまった様子の石田くんから電話がかかってきた。ふだんより一オクターブは高い切ない声である。あまりにもつらそうなので、朝一に来てもらうことにした。

彼はまだやっと20歳になったばかりで、昨年の秋からプロボクサーをめざして訓練を始めていた。それだけ人の何倍も元気な若者なのである。

「ボクサーだから、痛いのなんか慣れてるんじゃなかったの? 寝ちがえたくらいで泣き声出すなんて、ちょっと大げさじゃないかい」

親子ほど年の離れた石田くんを相手に、私がつい冗談ぽくいうと、

「だってだって、ボク、もうすぐ試合なのにコレじゃあ」

といって彼は下唇を突き出すと、本当に今にも泣きそうな顔になった。

石田くんには申し訳ないが、私はボクシングにはいいイメージがない。昔一度だけ、プロボクシングの試合を観に行ったことがあったが、そのときの印象が強烈すぎたのだ。

私を誘ってくれた友だちも、たまたまチケットを2枚もらっただけなので、ボクシングのファンではなかった。いざ後楽園の試合会場に着いてみると、なんとリングサイドの一番いい席である。その分、リング上の選手の動きがよく見える。

試合が始まって、最初のうちこそ物珍しかったけれど、徐々に気分が滅入ってきた。途中からは軽い吐き気までしてきてしまった。どうやら彼らは、本気で殴り合っているのである。

てっきりプロレスみたいに、エンターテイメントとして対戦するものだと思っていた私には、命がけの殴り合いなど、とうてい正視できるものではなかった。

誘ってくれた友だちも医者なので、表情が険しくなっている。そして私の耳元に口を寄せると、「あんなことしてたら後遺症がひどいよ。あれはスポーツなんかのレベルじゃないね」といって心配していた。

幸いなことに石田くんは、まだボクシングを始めたばかりなので、今のところ体に問題はなさそうだ。しかし彼が来院するたびに、「できれば他のスポーツに転向しなさい」とすすめているので、いつもイヤな顔をされている。

もちろん彼の寝ちがえはボクシングのせいではない。寝ちがえは、いつでもだれにでも起きるもので、彼みたいに日ごろから体を鍛えている若い人だって、私たちと同じである。

寝ちがえると、朝起きたら首が回らない。ムリに回そうとすると、鋭い痛みが走る。これといった理由もないのに、朝起きたらそうなっているのだ。

同じように骨のズレが原因でも、腰痛なら昼夜関係なく起きる。それに対して寝ちがえは、寝起きだけである。日中や夕方になってから発症することはない。また腰痛などとちがって、何日も同じ症状がつづくことがないのも特徴だ。

では寝ちがえたとき、彼らの首はどうなっているのだろう。

今まで診てきた寝ちがえの患者たちは、みんな頚椎の1番と2番と7番目が左にズレていた。そのズレを矯正すると痛みが消えて、首もスムーズに回せるようになった。だからズレと症状との因果関係は明らかだ。

かわいそうな石田くんの首を調べてみると、やはり頚椎1番、2番、7番が左に大きくズレている。そこでセオリー通り、順番にズレをもどしていく。

何度か矯正をくり返していたら、指先にズレが触れなくなった。「ちょっと確認して」というと、彼はおそるおそる首を回している。表情が明るくなってきたところを見ると、先ほどまでの痛みはもうなくなっているようだ。

今度は勢いよくグルグル回してみて、やっと元通りになっているのを確認した。だがそこでやめておけばいいのに、彼はまだ不満そうだ。

「先生、回ることは回るけど、これ以上は」

といって、首を極限まで回そうとしている。

「や、石田くんはフクロウじゃないんだから、そこまでは回らないよ。それ以上回すと1回転しちゃうヨ」

といったら、やっと納得してニッと笑った。

彼の寝ちがえは、それほど厄介なタイプでなくてよかった。首の骨の矯正には、毎回すこぶる緊張する。首の骨は一つ一つが小さいから、腰椎や骨盤の矯正ほどかんたんではない。

その上、首そのものがデリケートな部位なので、余計に慎重に扱う必要がある。あのアジャストとかいう、首をグキッとひねる手技なんて、私から見たらもってのほかなのだ。

イヤイヤ、今日も無事に治ってくれてホッとした。一息ついたら、あることに気がついた。そういえば寝ちがえって、みんな首を左に回せなくなるんだよな。首の骨のズレ方もいつも同じだし。

だけどなんで左なんだろう。背骨が左にしかズレない点は同じだけれど、膝痛や五十肩の症状は左右どちらにでも出る。それなのに、どうして首の寝ちがえだと症状は左だけなんだ。

寝ちがえ程度、と軽く考えていたせいで、症状の出る方向に、特殊な規則性がある点までは気がついていなかった。そうなると、寝ちがえは単なる首の骨のズレというよりも、人体が右側にねじれていこうとする「アシンメトリー現象」の、大きな特徴の一つなのかもしれない。(つづく)

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162
前に釣りに来たのはいつだったかな。冬の間は休みを取れなかったから、もう半年ぶりだろうか。今日はせっかく晴れているのに、風が強いせいで糸がからんでばかりだ。

からんだ釣り糸ってのは、どうしてこうもほどきにくいんだろう。ただでさえ釣れないときに、糸までからむとガッカリする。

ここで根気のある人なら、からんだ糸を丹念にほどいていくのだろう。でも元来イラチな私はすぐにキーッとなって、糸がからんだ部分をまるごと切ってつないでしまう。

どうせヨリをもどしたって、一度からんだ糸はクセがついているから、次からはもっとからみやすくなる。だから私のやり方は、あながちまちがっているわけでもない。

からむのは柔らかい釣り糸だけじゃない。金属製の硬い針金だって、からむときにはからむのだ。妙な形でからんでくる針金を見ると、「おまえはタチの悪い酒飲みかヨ」といいたくなる。

実は人間の体にも、釣り糸みたいにヨレてからむ力が働いている。そんなこと、世の中の人は全く知らないはずだ。その点、先日、来院した安野さんは例外だった。

「変な話なんですけど、私、トイレで用を足しているときに、なぜか上半身が右手側に回転しちゃうんです。これってどうしてなんでしょう」

そういうと、彼女は恥ずかしそうにうつむいて、目をパチパチさせた。

安野さんはまだ20代なのに、病院で大腸がんだと診断されていた。彼女の話では、がんだと診断される前から、体が右に回るようになっていたらしい。

がんの診断を受けたころには、それがますますひどくなっていたので、がんと何か関係があるのではないかと考えたのだ。こういう風に、客観的に自分の体を観察できる人は案外少ない。

私の患者さんのなかにも、上体が右手側に回ることに気づいた人が何人かいた。彼らはみな共通して、左の脊柱起立筋が異様なほど緊張していた。

だれでも上半身を右に回そうとすれば、左の起立筋が緊張する。これは人類共通のノーマルなしくみである。ところが安野さんみたいに、自分が回そうと思ってもいないのに、勝手に左の起立筋が緊張して、上体が右に回ってしまう人がいる。これは「アシンメトリー現象」の一つの特徴なのである。

また、「アシンメトリー現象」では、左の肩が前のほうに巻き込んでいく。すると上体はいよいよ右手側に回りこむ形になる。

私は、自分の体を右に回してみせながら、説明をつづけた。

「だれでも多少のアシンメトリー現象はありますし、睡眠不足や疲れが溜まっているときには、その度合いが強くなるんですよ」

「あ、それわかります! 私も体調の悪いときほど、上半身がグイッと右に回っていたんです!」

安野さんは、これまで一人で抱えてきた疑問や不安の原因がわかって、ちょっと興奮気味にそういった。「アシンメトリー現象」のことを知ったおかげで、ちょっとだけ不安が解消されたようだ。

「アシンメトリー現象」は、体が左右非対称になる現象だけれど、より厳密にいうなら、体が片側にねじれていくことで、左右非対称に見える現象である。

つまり平面で見れば「アシンメトリー現象」だが、立体的に見れば、動きを伴ってねじれていく「ねじれ現象」なのである。

「アシンメトリー現象」と呼ぶにしろ「ねじれ現象」と呼ぶにしろ、この左右の非対称性は、初めから人間の体に組み込まれているしくみらしい。その証拠に、大なり小なりだれにでもこの現象が見られるので、無意識のうちに、私たちのごく身近な生活にも影響しているのだ。

たとえば陸上競技場は、全て左回りに走るように設計されている。なぜそうなったかについては諸説あるが、どれも決定的ではない。

実は「アシンメトリー現象」の場合、骨盤の左側が上体方向に上がっている。これは仰向けになれば、左脚が右脚よりも短くなった状態だ。

この状態で立ち上がると、重心が左側に偏るので、体は左に傾く。左に傾いた人は右回りには走りにくいから、左回りのコースのほうが走りやすい。

実際、「アシンメトリー現象」の人の割合は非常に多いので、トラックは左回りになっていると考えることもできる。

他にも、右回りか左回りかは、利き足の影響で決まったという説もある。しかし利き足を決定する大本の要因ですら、そもそも「アシンメトリー現象」の影響が大きいのではなかろうか。

安野さんの背骨のズレを矯正しながら、そんな話をした。彼女はまだ若い自分がどうしてがんになったのか。その答えを探していたので、こういう話にも人一倍興味があるらしかった。

熱心に耳を傾けてくれる彼女と話していたら、ふとこんなことを思いついた。

ヨリのついた釣り糸は、古くなったりちょっと傷がついたりすると、よけいにからみやすくなる。これは人間も同じなのかもしれない。逆に、人間の体にはもともとヨリがかかっている分、釣り糸よりもからみやすいのではないか。

もちろん人の体は、釣り糸みたいにヨレたところでプツンと切ってつなげるわけにはいかない。あくまでも根気よく、丹念にヨリをもどしていくのが大切なのである。(つづく)

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161
だれだって、一度や二度は人生につまずくことがある。ところが私は、これまでずっとつまずきっぱなしだった気がする。

だが、つまずくたびに仕事を替えてきたおかげで、実にさまざまな職業を体験してきた。とうてい履歴書の職歴欄なんかに収まりきる量ではない。それでもその経験が、私にとって何かのプラスになっているのかもしれない。そう思うことがある。

なかでもいちばん思い出深いのは、埼玉県和光市にあった自動車工場で、期間工をしていたときのできごとだ。

時代はバブルの真っ盛り、世の中は好景気に浮かれていた。そんな世情とは裏腹に、私は不況の真っ只中にいた。つまり食い詰めていたのである。そのときに運良く見つけたのが期間工の仕事だった。

これなら、資格や技術がなくても応募できる。給料がそこそこもらえるだけでなく、三食付きの寮まであった。家賃がかからないのでお金が貯められる。当時は、冬場に仕事がない東北や北海道あたりからの出稼ぎの人が多かった。

私が最初に配属されたのは、エンジン部品の検品の部署だった。自慢じゃないが、私みたいにいい加減な性格のヤツを、そんな重要なラインに配置していいのか。ちょっと疑問だったが、人事としては、私が一応は大卒だからやらせてみようと考えたのかもしれない。

手順のかんたんな説明が終わると、いきなりベルトコンベアーの前に立たされた。目の前を流れてくる部品を、いわれた通りにチェックしていくのである。最初のうちこそ緊張したが、すぐに慣れた。

「なんだ、カンタンじゃないか。休憩まであと何分かな~」

そんなことを考えていると、私のラインの下流で何やら騒いでいる。「アレ?何かあったのかな」と思った瞬間、目の前のラインがストップした。私のラインだけではない。工場全体のラインが停止したのだ。

それまでの騒々しかった機械の音が消えて、工場内は奇妙な静けさに包まれた。

「停電か!?」

原因を見極めようとして、周囲が一斉にざわつき始めた。

このころの自動車会社といえば、増産に次ぐ増産で、工場は昼夜の関係なくフル操業していた。ラインを止めることなど断じてあってはならない。そのラインが止まるなんて、ただごとではない。

だが私は、止まったラインの前で、これ幸いとばかりにノンビリと休憩していた。ところがしばらくすると、停止の原因がはっきりした。

なんと私が検品した部品のなかに、不良品が混ざっていたのである。それも一つや二つじゃなかったから、全体のラインを止めて対応するしかなかったのだ。

「やらかした」

背中を冷たい汗が流れた。後悔しても後の祭りである。でも、こういう仕事には向き不向きがある。私には向いてなかったのだ。その日は何もいわれないまま、寮に戻された。「これでもうクビかな」と思うと、晩ご飯は味がしなかった。

次の日、食堂でモソモソと朝ごはんを食べていると、配属の係の人がやってきた。クビのお達しかと思ったら、今日からはちがう部署に行けという。

ヤレうれしや。クビじゃなかったのだ。私がクビにならなかったのは、それほど深刻な人手不足だったのだろうが、とりあえず助かった。

新しい部署では、ドブ漬け作業を任された。ドブ漬けは、風呂桶みたいな油槽に、自動車部品を浸すだけなので、かなり単純な作業である。

これを二人一組でやるのだ。そこにもう一人、部品を運んでくる係がいる。私を含めたこの三人は、他の部署で使いものにならなくて、急遽この作業をあてがわれたらしかった。

私の相方になった西田くんは、とにかく明るい人だった。彼は何年もアフリカを放浪し、現地の女性と結婚していた。今は、景気のいい日本でお金をかせぐために、一時帰国して働いているのだ。

もう一人の佐藤くんは、青森の農家の次男坊である。中学を出ると同時に実家を飛び出して東京まで来たものの、一向に定職が見つからない。そこで職探しをしながら、ずっと新宿のソープランドで呼び込みをしていたそうだ。

二人とも、私のまわりでは聞いたこともない体験をしていて、話がすこぶるおもしろかった。境遇こそちがえど、同年代ということもあって私たちは妙にウマが合った。

ドブ漬けの作業そのものも楽しいし、特別だれかに監視されているわけでもない。それにここは広い倉庫の片隅で、いつもシーンとしているので、おしゃべりだってしやすい。これならなんとかやっていけそうだ。

いつしか私たちは、作業の合間にお互いの人生感まで語り合うようになっていた。たまたまあの世の話になったとき、私は、知人にすすめられて読んだことのある、高橋信次の本のことを話した。

そこには、「人は何度でも生まれ変わる。この肉体は、魂の乗り船にすぎない一時の借り物だ」とか、「この世に生まれてきたのは、自分の魂のクセや欠点を修正するためだ」と書かれていたのである。

また、「人生の目的は幸せになるためで、それぞれの魂の成長度合いによって、あの世に帰ったときの行き先が決まる」。そんなことも書いてあった。

こんな話は、よほど親しい人にもしたことがなかったのに、彼らになら何でも話せた。私のあやふやな話だって、彼らは批判するどころか、身を乗り出して真剣に聞いてくれるのだ。

ふとした拍子に高校の話になったら、「エッ、Mさんて高校出てるんスか!スゴイっすね~」とおどろかれた。そういわれてしまうと、まさか大学まで出ているとはいえなくなった。

だが私が高卒だと知って以来、二人はますます目を輝かせて、私の話を敬意をもって聞いてくれるようになっていた。

さらに高橋信次の話をしてからというもの、彼らの心のなかに新しい扉が開かれたようで、もう仕事のことなんかどうでもイイらしかった。

佐藤くんなどは、ことあるごとに「タマスウっつうのは」といって、私を質問攻めにした。どうにかして自分が生きる意味を見極めたい。そのために必死になって、私からありったけの知識を引き出そうとしていたのである。

そしてある日突然、「オレ、青森に帰って実家のりんご農園を継ぐことに決めた」というと、サッパリとした笑顔を残して工場から去っていった。

私のつたない話が、彼の人生の指針にでもなったのだろうか。彼の姿を見送りながら、私はなぜか、先を越されたみたいな気分になっていた。

どうして私はこんな気持ちになるのだろうか。しばらく考えているうちに、なんとなくわかってきた。私はあの高橋信次の本を、もう一度、腰を据えて読み直してみなくてはいけないのだろう。(つづく)

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