*小説『ザ・民間療法』全目次を見る


考えてみると、人から人への「紹介」はおもしろいものだ。
以前、タモリのお昼の番組に「ともだちの輪」というコーナーがあった。そこではその日のゲストが次のゲストを指名する。すると思いもよらない人同士のつながりが見られて、番組内でも一番人気のコーナーだった。
たしか、知り合いを6人たどればアメリカ大統領までつながるという話もある。そこまでつながらなくても、私に患者さんを紹介してくださる輪も、今では紹介の紹介程度まで広がった。もちろん仕事なのだから、紹介は多ければ多いほどありがたい。
ところが私が忙しくなると、自分の予約が入れにくくなってしまうのを心配して、「だれにも教えない」と心に決めている人もいた。それを本人から聞いても悪い気はしなかったし、人間の心理としても興味深かった。
その一方で、まわりの人に宣伝しまくって、次から次へと紹介してくれる人もいる。そんな一人に友人の近野さんがいた。
看護師をしている近野さんは、職場で疲れが溜まっていそうな同僚を見つけては、私の施術を受けるようにすすめてくれたのだ。おかげで私の患者には医療関係者がやたらと多くなった。ときには勤務先の病院に呼ばれて、診察台のうえで医師や看護師さんたちに施術することまであった。
そんなご縁から、ある助産師さんたちの職場にも呼ばれたことがある。
助産師の仕事は出産の補助だけではない。彼女たちが別名「おっぱい先生」と呼ばれているのは、産後のお母さんたちに授乳の指導をしたり、母乳の出が悪い人には、乳房をマッサージして改善させたりもするからである。
助産師として出産に立ち会うとなれば24時間体制だし、そのうえ授乳の改善は重労働なのでみな疲れ切っていた。そこで私が、彼女たちの疲れを取るために助産院に通うことになったのだ。
ところがそのうち、母乳の出が悪いお母さんたちからの依頼も増えてきた。
母乳が出にくい人は、もともと体調がすぐれない。出産の疲れも取れないのに授乳は昼夜を問わないから、睡眠不足でますます体調が悪化する。その結果、さらに母乳の出が悪くなって、しまいには乳腺炎にまでなってしまう。
しかしそういうお母さんたちでも、背骨のズレをもどしてあげると母乳の出がよくなった。そんなことが関係あるのかと思う人もいるだろうが、背骨がズレていると筋肉が固くなって血流が悪くなる。母乳は血流が命ともいえる存在なので、血流の改善が母乳の改善に直結しているのだろう。
そんなこんなで私の出張整体は、一時は「母乳専門か?」と思うような方向になっていた。しかし誤解も生じやすいので、若い女性の胸のあたりにはできるだけさわりたくないのだ。おかげで私にとっては緊張の日々なのだった。(つづく)