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073
私の2度目の闘いが始まった。バトルの相手は京子さんの子宮頸がんである。前回同様、うつ伏せになった彼女の左の起立筋から刺激を再開した。

うまい具合に、まだ体はにぶくなっていないようだ。私からの刺激に対して、ちゃんと敏感に反応が出てくれる。やっぱり間をおかずに施術に来て正解だった。

今回は背中だけでなく、頭や首、足などにも攻撃エリアを広げてみた。どこを刺激しても痛みが出る。頭をチョンと押しただけでも痛いようだ。これはイイ。

そんな刺激を10分ほどもつづけると、徐々に「イタい」という言葉が寝息に変わっていく。これもほぼ前回と同じパターンである。そこで今回も、彼女が自然に目を覚ますまでインターバルを取る。

しばらくして目覚めてから刺激を再開する。ここまでは順調にいい反応が出ているが、まだ深追いはできない。あれだけ痛がっているのだから、様子を見ながら慎重に攻める必要がある。そのため少し刺激しては休み、刺激しては休みをくり返す。ここは安全第一だ。

それにしても、京子さんは31歳という若さで、なぜがんになってしまったのだろう。生活のなかで他の人と何か極端にちがうことでもあるのだろうか。だが、特別なものは見当たらない。

食生活もいたってノーマルなようだ。強いていえば、最近、健康食品をいろいろと飲んでいることぐらいだろうか。以前から、彼女はサプリメント販売をしている友人からすすめられて、健康食品を買っていた。何となくすすめられるままに買っていたら、今では毎月の支払いが、家計を圧迫するまでになっているのだという。

それが、がんになったと伝えてからは、ますます健康食品の種類も量も増えていった。しかもその友人だけでなく、京子さんががんだと聞きつけた何人もの知り合いが、「あれがいい、これが効く」といって健康食品や漢方薬をすすめてきているらしい。

私が試しに、どんなものか見せてもらいたいというと、別室に通された。その部屋には、これから商売でも始めるのかと思うほど、途方もない量の健康食品が戸棚にびっしりと並んでいた。棚の手前にも、未開封の箱がうず高く積まれている。

もちろん大量に仕入れて売るわけではない。京子さんが一人で飲むために買ったものだ。でもこれを本気で全部飲んだら、健康な人だって絶対に体がおかしくなるだろう。

たしかに健康食品の類は昔からあった。「がんに効く」という触れ込みのものもたくさんある。しかしそんなものに効果があるだろうか。もし本当に効果があるなら、なぜ病院でがんの治療薬として使われていないのか。そこがツッコミどころではあるが、それでも世の中には薬や健康食品が大好きな人は異様に多い。

以前、知り合いの医者からも、こんな話を聞いた。

一人暮らしをしている母親の家に行ったとき、大量の健康食品を見つけた。そこで彼は健食による健康被害について、医学情報をしっかりと伝えてから、その健食を目の前で全部捨てさせた。

ところがしばらくして家に行くと、母親がまた気が遠くなるような量の健食を買い込んでいるのである。別に認知症というわけでもない。医者である息子よりも、テレビの宣伝や健食を売る人のほうを信用しているだけなのだ。そこがなおさら情けないといって、彼は心底嘆いていた。

実は私の母親も例に漏れず、サプリメントや健康食品ばかりか薬も大好きだ。テレビや新聞の広告で健食を見かけたら、手当たり次第に買い込んでいるし、処方薬だってコレクションしている。どうも薬好きは酒好きと似ているようで、飲むなといわれても、目にしたら飲まずにはいられないものらしい。

ただしそういうものは、うちの母親みたいに健康体なら問題にはならなくても、京子さんはちがう。今の体でよけいなものを飲んで、それががんを悪化させることも十分に考えられる。

だが医者でもない私の口から、「そんなモノ、飲むのはやめなさい」ともいえない。だから、「いつも診てもらっているお医者さんに、相談してみたほうがイイですよ」とだけ伝えておいた。

さて今日の刺激で、京子さんの体はまた少しやわらかさが増したようだ。しかし欲張って疲れさせるのもよくないので、つづきはまた次回にしておこう。(つづく)


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