小説『ザ・民間療法』花山水清

人体の「アシンメトリ現象」を発見し、モルフォセラピー(R)を考案した美術家<花山水清>が、自身の体験をもとに業界のタブーに挑む! 美術家Mは人体の特殊な現象を発見!その意味を知って震撼した彼がとった行動とは・・・。人類史に残る新発見の軌跡とともに、世界の民間療法と医療の実像に迫る! 1話3分読み切り。クスッと笑えていつの間にか業界通になる!

タグ:スナック

*小説『ザ・民間療法』全目次を見る 031
私とアケミママを乗せて夜の街を走り続けた車は、赤坂にある一軒の店の前までくると、ようやく停まった。運転していたホソダという若い衆に案内され、ママの後ろについて店に入る。そこからまた奥に進んだところで、広めの部屋に通された。

あたりをそっと見回すと、奥の方の暗がりで先ほどママの店にいた親分衆が、そろってテーブルの上の物をのぞきこんでいる。彼らの視線の先にあるのは宝石の類のようだったが、ビジネスでこれから扱う新商品を品定めしているところらしい。

それを横目でチラリと見たママは、入り口に近いテーブル席に座った。私もそこに座ると、二人の前に置かれたコップに若い衆がビールを注ぐ。ママはそれを一気に飲み干し、さらに2杯目も立て続けに飲み干した。さすが極妻と思わせる貫禄だ。

一息つくと、あちらのテーブルから宝石のいくつかがママの前にも置かれた。ママはいちばん大きいのを手にとってうっとりと眺めている。

「サファイアですね、ちょっと色が薄いけど」

宝石を前にして、思わず私も反応してしまった。するとママがおどろいたように「Mちゃん、石がわかるの?」と聞いてくる。

「ええ、ちょっとだけインドで教わったので」

そう答えると、今度は私の前に次々と宝石が並べられた。

「どれも石そのものはよくないけど、加工がうまいので素人なら見分けがつかないでしょうね」

つい得意になってそんな説明をすると、親分衆の鋭い目線がいきなり私に集まった。ヤバッ、何かまずいことをいっただろうか。これから整体を仕事にしようと思っている矢先に、大事な指がなくなったらまずい。

そんなことが浮かんで慌てていたら、親分の一人が「Mちゃん、じゃこれは?」と小さな仏像を私の前に差し出した。

円空仏である。
「エッ、こんなモノがなんでここに!?」とおどろいていると、「手にとって見てくれ」といわれた。いやな予感がするが仕方がない。

おしぼりで手を拭いてから、仏像を手にとって確認する。やっぱり円空仏のようだ。しかしよく見ると、エイジングの加工が施してあるのがわかった。この程度の加工なら、私も特殊美術の仕事でよくやっていたのだ。

そこで私が「ニセモノですね」というと、親分は怒るでもなく「わかるかね~、君は一体何者なんだ」といって、私の経歴を根掘り葉掘りたずねてくる。隠すつもりもないので聞かれるままに答えていると、「どうだね、明日からウチの組に来ないかネ」と誘われた。

単なるスナックの厨房バイトのはずが、ヤクザにスカウトされているのである。こりゃ困った。どうやって断ったらいいのだろう。そうでなくても私は断るのが苦手なのだ。とりあえず、「今は整体の学校に通っているので…」としどろもどろになりながら答えた。そんなこんなで夜も更け、夜明け近くになったころにやっと解放された。

もちろんヤクザ稼業に進出する気などない。だから、彼らと顔を合わせるたびにのらりくらりと断り続けた。しばらくしてアケミママのスナックが移転することになったので、それを機にバイトも辞めた。

それでも、最寄り駅近くの繁華街を歩いていると、そこのシマの若い衆に遭ってしまう。そのたびに「今度またうちの組にも遊びに来てください」と誘われる。彼らの言葉が社交辞令ではないのがわかっているだけに、「親分もお待ちですし…」と声をかけられると、毎回冷や汗が出るのだった。(つづく)

モナ・リザの左目 〔非対称化する人類〕

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030
平日は朝から晩まで整体の学校で練習に励んでいる。実践も兼ねて、友達の家で整体をやってあげたりしていると、それだけで1週間のスケジュールはいっぱいだ。

そんなとき友達から、知り合いのスナックで厨房のバイトを探していると聞かされた。私は昔、喫茶店をやっていたこともあるので、飲食の仕事ならだいたいのことはできる。

整体学校の学費だけにとどまらず、新生活ではあれこれとお金が出ていくペースが早い。ここはぜひともバイトぐらいはしたいところだ。しかもその店は、私のアパートから歩いて通える距離らしい。そこで「ぜひとも」とお願いすると、その夜から働くことになった。

そこは山手線の駅にほど近い、飲食店街の片隅にある小さなスナックだった。10席ほどのカウンター形式のお店を、40代のママが一人で切り盛りしている。だから私の仕事は、開店前の掃除とかんたんなお通し作りである。

手順を確認して準備を整え、いざ開店。すると外で待ってでもいたのか、いきなり数人の客がなだれ込んできた。すばやくお通しを出すと、まだ次から次へと客が入ってくる様子で、店のなかがやけににぎやかだ。一通りお通しを出し終えたところで、ママが私を厨房から呼び出した。

顔を出してみると、店のなかは超満員で立っている客も大勢いる。どうやらみんなこの店の常連らしい。そこでママから「今度、入ったMちゃんヨ~。今、整体の学校に通っているの。ヨロシクね~」と紹介された。この店では、私はMちゃんと呼ばれることになったらしい。

そうやって私の紹介が終わると、今度はそこに居並ぶ常連客たちを、カウンターの端の席から順に紹介し始めた。

「まず、こちらはどこそこのシマをもつ◯◯組の組長さん、そしてこちらは△□地区を仕切っておられる△△会の会長さん・・・」

ここまで聞いて、やっと理解できた。ここはヤクザ御用達で、親分衆が集う店だったのだ。そして狭い店内で後ろにひしめき合って立っているのは、それぞれの組の若い衆たちなのである。

彼らは親分がカラオケで「からじしぼ~た~ぅ~~ん♪」と唄うと、周りで盛大にバシバシ拍手して盛り上げる。その姿は見事に統率が取れていて、清々しいほどだった。

いや、そんなことに感心している場合ではない。この店のママことアケミ姐さんは、その世界では知られた極妻なのである。なんということだ。だがそれを知ったからといって、初日から「辞めさせてもらいます」というわけにもいかない。

さらに困ったことに、私は昔からカタギの衆よりもヤクザモノには妙に受けがイイのである。今回も、なんだかたいそう気に入られてしまって、親分衆が気前よくチップをはずんでくれた。しかも、整体の学校を卒業して開店するときには、みんなで応援に行くとまでいってくれる。

「ヤクザさん御用達の整体院か…」

治療台の横に若い衆が立っていたら、さぞかしやりづらいだろうな。店の前に「いかにも」な黒塗りの車が停まっていたら、一般の人も入りづらいだろうし…。そんな情景が次々と頭に浮かんで、冷や汗が出る。それでもなんとかバイト初日の閉店時刻になった。

「やれやれ」と思いながら帰り支度をしていると、「Mちゃんちょっと一軒つきあって~」とママに呼び止められた。見ると、さっきまで店にいた若い衆が、店の前に黒くて立派な車を停めて、ママを迎えに来ていた。

この状況では断ることもできない。ママと一緒に車の後部座席へと乗り込むと、運転席の若い衆はニコリともせずに「親分がお待ちです」とだけ告げて、いきなりアクセルを踏み込んだ。

一体どこに行くんだろう。何も粗相はしてないはずだけど、今日は無事に帰れるだろうか。窓の外を猛スピードで流れていくネオンのなかに、バイトを紹介してくれた友達の顔が浮かぶ。

「たすけて~」

(つづく)


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