小説『ザ・民間療法』花山水清

人体の「アシンメトリ現象」を発見し、モルフォセラピー(R)を考案した美術家<花山水清>が、自身の体験をもとに業界のタブーに挑む! 美術家Mは人体の特殊な現象を発見!その意味を知って震撼した彼がとった行動とは・・・。人類史に残る新発見の軌跡とともに、世界の民間療法と医療の実像に迫る! 1話3分読み切り。クスッと笑えていつの間にか業界通になる!

タグ:ダ・ヴィンチ

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私は仕事が終わると、渋谷の街を抜けて駒場に帰る。いつもなら人混みを避けてマークシティのなかを通るのに、なぜかこの日は急に外を歩きたくなって、そのまま道玄坂に向かった。

ファッションビルの109あたりにさしかかったところで、点滅していた信号が赤になった。ボンヤリと交差点の向こうに目をやると、華やかな色合いの若者で混み合うなかに、何か黒っぽい影みたいな物がある。

「なんだアレ?」

黒い影は、ブラックホールみたいに私の視線を吸い寄せていく。目を凝らすと、信号機の脇に古びた藍染の作務衣を着た、初老の男が立っていた。

「なんだ、人だったのか」

人だとわかったあとも、まわりのキラキラした明るさとはあまりに対照的なので、彼から目が離せない。信号が変わると、彼はうつ向き加減のままこちらに向かって歩き出した。その動きを見た瞬間、頭のなかに電気が走った。

「会田先生だッ!」

黒い影に見えた男性がだれだかわかったら、あちらでも私に気がついて、パッと表情が変わった。

「おなつかしゅうゥ!」

先生の元へかけ寄った私の口からは、妙な言葉が飛び出した。あまりになつかしすぎて、ちょっと頭が変になったのだろう。

「イヤァ、なつかしいな、何年ぶりだよオイ!今どうしてる?」

会田先生も、顔をクシャクシャにして私との再会を喜んでいる。以前と変わらない先生の水戸なまりを聞くと、ひどくなつかしくて泣きそうだ。

先生には、私が美大生だったころに大変お世話になっていた。油絵科の学生だった私は、民俗学の会田先生から、民具の実測図の作図方法を教わっていたのである。

作図はおもしろい。美術の世界はオリジナリティーこそ命なのに、逆に作図では、オリジナリティーなど一切必要とされない。そういうところが、新鮮で魅力的だった。

民具実測図がたいそう気に入った私は、博物館などに出かけて行っては作図するほどのめりこんでいた。そんな私を見て、会田先生はわざわざ私の地元で、博物館員の職を探して世話してくださったのだ。

ところがいざ就職試験を受けてみると、あっさり落ちてしまった。出題の傾向が例年とちがいすぎたとか、ヤマがはずれたなんて言い訳するのも虚しい。結局のところ力不足だっただけだ。だがそれ以来、先生に顔向けできなくて疎遠になっていた。

思えばあれから20年以上が過ぎた。こんな恩知らずの私のことを、先生はずっと心配してくれていたらしい。実家に遊びに来てもらったこともあるほど親しかったのに、本当に申し訳ないことをした。

「イヤァ、これから急いで行かなきゃならん用事があってナァ」

先生はしきりに時計を見ては、ここで別れるのがいかにも名ごり惜しそうだ。

「近いうちに、必ず大学に遊びに来てくれ」

そういって手書きの名刺を私に握らせると、私とは反対の方向へ足早に去っていった。

あまりに短い時間のできごとだったから、先生から目を離すと、今再会した記憶が消えてしまいそうだ。私は先生の背中がまた黒い影になって、人混みのなかに消えてしまうまで見送った。

次の週になるとすぐに先生に電話して、大学に会いに行く日を決めた。当日は国分寺駅で西武線に乗り換えて、武蔵野にあるキャンパスまでやってきた。ここには卒業してから一度も来たことがないのに、あきれるほど違和感がない。

正門を抜けると、構内には学生たちのにぎやかな声があふれている。そこかしこに絵の具だらけのつなぎを着た子がたむろしていて、あのころとちっとも変わっていない。どこかに昔の自分がいるんじゃないか。そんな気さえしてきた。

あのときはまだ講師だった会田先生は、今では教授になっている。先生の研究室をのぞくと、天井までうず高く積まれた資料の隙間から、あの藍染の作務衣の端っこが見えた。

「オオォ~、来たか~~」

私に気づくと、先生は満面の笑みで改めて再会を喜んでくれた。2人は空白になっていたこの20数年間のできごとを、猛烈な早口で埋め尽くすと、近況までたどりついたところでようやく一息ついた。

そこで、当時私が熱中していた民具実測図の話から、最近使っている解剖図の話題になった。

「センセェ、解剖図は医学の基本なんだから、さぞかし正確なのかと思ったらちがうんです。縮尺や寸法といった大事な情報が入っていないんで、民具実測図どころか図にもなっていないんですヨ。あれじゃ役に立ちません」

私はつい、日ごろはぶつける相手のない解剖図への不満を、会田先生相手に話し始めていた。先生に甘えているような気もしたけれど、それを聞いた先生の目が、一層輝きを増した。

「ホォ~、民具実測図から解剖図まで行ったのか~。おもしれぇな~、美術から医学に発展するなんて、聞いたこともないナァ」

「イヤ、先生、解剖図というのはあのレオナルド・ダ・ヴィンチが、人体という立体を平面で説明するために考案したんです。だからそもそも美術のほうが、医学よりも先進的だったんですヨ」

自分が描いたわけでもないのに、私はダ・ヴィンチの功績をちょっと自慢げに説明した。さらにつづけて、現代の解剖図なんて、500年たってもいまだにダ・ヴィンチの作品には遠く及ばないのだ、などという話まで熱く語っていた。

「そうか!それなら今度、うちの学生に解剖図を描かせてみるか」

会田先生は私の話に大きくうなずきながら、しきりに感心している。そのとき何かひらめいたようで、いたずらっ子みたいにニヤリと笑った。

「そうだ、アイツを紹介しよう!」

先生は呆気に取られている私を置いて、いきなり部屋を飛び出した。

「オーイ、セキグチいるか~っ」

私があわてて自分の荷物を抱えて後を追うと、先生は何やら大声で叫びながら、すぐ隣の研究室へと飛び込んで行ったのだった。(つづく)

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私は美術家である。

アーティストと表現することもあるが、自分では美術家だと思っている。


美術家の目的は、自然のなかから美を見つけ出し、それを切り取ることである。

自然から美を見つけること自体はむずかしいことではない。

神が作った自然のなかに、美しくないものなど存在しないからだ。

逆に、美とかけ離れたものを探すとしたら、人間の頭のなかか人間が作ったものぐらいだろう。


しかし美術家というのは、なまじ美を追求するあまり、自分の頭のなかの美しくない部分ばかりが際立ってくる。

以前の私も、美術家として大きな間違いを犯していた。

自然のなかから美を切り取るどころか、過去にだれかが見つけた美を寄せ集めて、借り物で自分の美の世界を作り上げようとしていたのだ。


そのような偽りの美術には、感動も喜びもあるはずがない。

レオナルド・ダ・ヴィンチは、「画家は自然以外のものを手本に選べば、いたずらに自分を疲労させる」といった。

彼のいう通り、あるのは苦しみだけだった。

美術家であろうとすれば、そんなウソを生涯つき通すしかない。

そのため、私の作品には常に後ろめたさがつきまとっていた。

美術の世界の怖いところは、そのウソを自分以外はだれにも見抜けないことなのだ。


実はほとんどの美術家は本人が意識するしないにかかわらず、私と同じ苦しみを味わっている。

ピカソやロダンほどの天才でも、やはり似たような経験をしていたはずだ。

皮肉なことに、美術は決して美術家を救ってはくれない。

だから美術家は、美術の世界ばかりか、現実の世界から逃げ出してしまう者も多いのである。


しかし私は、人体の「アシンメトリ現象」の発見を機に、自分にも世間にもウソをつかなくてすむようになった。

「アシンメトリ現象」の研究は、私にとって心底没頭できる美の探究なのである。

おかげで偽りの美術の呪縛からは完全に解放された。

美術家として評価されるかどうかは別として、美術家であろうとする自分を、今では誇りに思えるのである。


そして今、美術の世界から医学の世界を眺めるようになってみると、そこにはかつての私と同じ表情を隠し持った人たちが大勢いる。

彼らもまた、苦しみのなかにいるのである。(花山水清)

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