*小説『ザ・民間療法』全目次を見る
150
「フグたくさん釣ったから食べな~い?」

釣り友の河原さんからの電話で、彼女は開口一番そういった。いつもの電話は釣りへのお誘いなのだが、どうやらまた一人で行ってきたらしい。

最初は私が釣りを教えてあげたのに、彼女はいつのまにやら、週末ごとに釣り場に通うほどの釣り好きになっている。

私には決まった休みがないので、誘ってもらってもめったにいっしょに行く機会がない。最近はもっぱら釣果の報告を受けるだけで、今回は千葉沖でフグが大漁だったそうだ。

「え~、フグ~?」

私が怪訝そうな声を出すと、河原さんはすかさず、こちらの不安を打ち消すようにして、「大丈夫ヨォ、ちゃんと調理してあるから」と自信たっぷりである。

彼女は釣り好きなだけでなく、釣った魚を料理して人に食べさせるのが楽しいようだ。しかしそこが私の不安材料でもあった。かつて彼女は自分が調理した魚で、父親を2度も病院送りにしているのである。その2度ともアニサキスが原因だった。

アニサキスはカツオやイカ、イセエビなどに寄生している線虫だ。それらが寄生した魚を食べると、アニサキスもいっしょに私たちの胃の中へ入る。

すると苦しくなったアニサキスは、なんとか逃げようとして胃壁へと潜り込む。これがとんでもない激痛なのである。その結果、河原さんのお父さんは、病院でアニサキスを内視鏡で取ってもらうはめになったのだ。

胃壁ならまだましで、あれが腸壁まで行っていたら開腹手術になってしまうから、笑い事ではすまない。それがわかっているので、私などはイカを刺身にするときは、身を蛍光灯で透かして入念にチェックする。

食べるときにはさらに用心して、よく噛んでアニサキスを噛み殺すようにしている。そんなことはムダだとわかっていても、どうしても噛む回数は増えてしまうので、安心して食べられない。

だが意外にも、アニサキスの怖さはあまり知られていないようだ。ある有名シェフと寄生虫の話をしていたら、彼はアニサキスの存在を全く知らなかった。調理のプロがそれなら、スーパーで売られている刺身だって安全とはいえない。

寄生虫はアニサキスだけではない。函館の朝市で、ある有名料理人がとれたてのサケの身をつまんで口に入れた。そして、「ウン、これなら刺身にできる」といってのけたのだ。

いつもの定食屋のテレビでこの光景を見ていた私は、手から思わず箸がポロリと落ちた。

「な、なんちゅうことしとるんだ!」

知らないというのはおそろしいものである。彼の蛮行には全くあきれてしまった。サケやマスにはサナダムシなどの寄生虫がいるから、絶対に生で食べてはいけない。これは北海道民には常識だ。

ところが近ごろは、サーモンと称するサケの刺身が人気になっている。しかしあのサーモンは、いわゆるサケじゃない。あれは養殖魚で、天然のサケとは全く別モノなのだから、ややこしい話である。

魚に関して、私はかなり神経質な部類なのかもしれない。それでも相手がフグとなると、中毒死の危険性もある。河原さんはフグの調理師免許をもっているわけでもない。せっかくのお心遣いとはいえ、ここは安全を優先しよう。彼女には「また今度」といって、やんわりとお断りしておいた。

別にフグだけでなく、魚には毒をもったものが多い。みんなが大好きなウナギにも血液には毒があるというし、当の河原さんも、旅行先の沖縄で釣った魚のシガテラ毒にやられたことがあった。

シガテラ毒は、熱帯や亜熱帯の海に生息する魚介類に多いことが知られている。シガテラ毒に汚染された藻類を食べた魚には、シガテラ毒が蓄積される。その魚をさらに大きな魚が食べることで、より毒が濃縮されていく。

その魚を人間が食べると、吐き気や下痢だけでなく、全身にひどい筋肉痛などの中毒症状が起きることもある。つまりシガテラ毒によって、神経伝達に異常を引き起こしてしまうのだ。

私が河原さんの体を診せてもらったときには、もう筋肉痛はおさまっていた。それでも彼女の体は、しっかりと干し上げた干物みたいに、カッチカチに固くなっていた。

実はこんな風に体が固くなるのも、「アシンメトリー現象」の特徴の一つである。どうも、体内に何らかの毒物が入ると、「アシンメトリー現象」が急激に進行するようなのだ。

有機リン系殺虫剤を、頭からかぶってしまった友人もそうだったし、アルカロイドなどの、植物毒が含まれた抗がん剤を投与された人も、「アシンメトリー現象」がひどくなっていた。

それならフグ毒のテトロドトキシンだって、成分的にはアルカロイドと同じ作用を及ぼすはずである。やはりここは思い切って、河原さんのフグで私が実験してみるべきだったのかもしれない。(つづく)

*小説『ザ・民間療法』全目次を見る
*応援クリックもよろしくお願いいたします!
にほんブログ村 小説ブログ 実験小説へ
にほんブログ村

長編小説ランキング

FC2ブログランキング