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平日は朝から晩まで整体の学校で練習に励んでいる。実践も兼ねて、友達の家で整体をやってあげたりしていると、それだけで1週間のスケジュールはいっぱいだ。
そんなとき友達から、知り合いのスナックで厨房のバイトを探していると聞かされた。私は昔、喫茶店をやっていたこともあるので、飲食の仕事ならだいたいのことはできる。
整体学校の学費だけにとどまらず、新生活ではあれこれとお金が出ていくペースが早い。ここはぜひともバイトぐらいはしたいところだ。しかもその店は、私のアパートから歩いて通える距離らしい。そこで「ぜひとも」とお願いすると、その夜から働くことになった。
そこは山手線の駅にほど近い、飲食店街の片隅にある小さなスナックだった。10席ほどのカウンター形式のお店を、40代のママが一人で切り盛りしている。だから私の仕事は、開店前の掃除とかんたんなお通し作りである。
手順を確認して準備を整え、いざ開店。すると外で待ってでもいたのか、いきなり数人の客がなだれ込んできた。すばやくお通しを出すと、まだ次から次へと客が入ってくる様子で、店のなかがやけににぎやかだ。一通りお通しを出し終えたところで、ママが私を厨房から呼び出した。
顔を出してみると、店のなかは超満員で立っている客も大勢いる。どうやらみんなこの店の常連らしい。そこでママから「今度、入ったMちゃんヨ~。今、整体の学校に通っているの。ヨロシクね~」と紹介された。この店では、私はMちゃんと呼ばれることになったらしい。
そうやって私の紹介が終わると、今度はそこに居並ぶ常連客たちを、カウンターの端の席から順に紹介し始めた。
「まず、こちらはどこそこのシマをもつ◯◯組の組長さん、そしてこちらは△□地区を仕切っておられる△△会の会長さん・・・」
ここまで聞いて、やっと理解できた。ここはヤクザ御用達で、親分衆が集う店だったのだ。そして狭い店内で後ろにひしめき合って立っているのは、それぞれの組の若い衆たちなのである。
彼らは親分がカラオケで「からじしぼ~た~ぅ~~ん♪」と唄うと、周りで盛大にバシバシ拍手して盛り上げる。その姿は見事に統率が取れていて、清々しいほどだった。
いや、そんなことに感心している場合ではない。この店のママことアケミ姐さんは、その世界では知られた極妻なのである。なんということだ。だがそれを知ったからといって、初日から「辞めさせてもらいます」というわけにもいかない。
さらに困ったことに、私は昔からカタギの衆よりもヤクザモノには妙に受けがイイのである。今回も、なんだかたいそう気に入られてしまって、親分衆が気前よくチップをはずんでくれた。しかも、整体の学校を卒業して開店するときには、みんなで応援に行くとまでいってくれる。
「ヤクザさん御用達の整体院か…」
治療台の横に若い衆が立っていたら、さぞかしやりづらいだろうな。店の前に「いかにも」な黒塗りの車が停まっていたら、一般の人も入りづらいだろうし…。そんな情景が次々と頭に浮かんで、冷や汗が出る。それでもなんとかバイト初日の閉店時刻になった。
「やれやれ」と思いながら帰り支度をしていると、「Mちゃんちょっと一軒つきあって~」とママに呼び止められた。見ると、さっきまで店にいた若い衆が、店の前に黒くて立派な車を停めて、ママを迎えに来ていた。
この状況では断ることもできない。ママと一緒に車の後部座席へと乗り込むと、運転席の若い衆はニコリともせずに「親分がお待ちです」とだけ告げて、いきなりアクセルを踏み込んだ。
一体どこに行くんだろう。何も粗相はしてないはずだけど、今日は無事に帰れるだろうか。窓の外を猛スピードで流れていくネオンのなかに、バイトを紹介してくれた友達の顔が浮かぶ。
「たすけて~」
(つづく)
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