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今日の私の任務は、治療家になりすましてロシアの大富豪D氏に近づき、彼の密輸ルートを探り出すことだった。スパイ映画なら、そんなストーリーになるのだろう。
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今日の私の任務は、治療家になりすましてロシアの大富豪D氏に近づき、彼の密輸ルートを探り出すことだった。スパイ映画なら、そんなストーリーになるのだろう。
そして次のシーンでは、金髪の美女が登場して私を誘惑してくるはずだった。ところが実際に目の前に現れたのは、二の腕が太くて迫力のあるロシアのオバちゃんだった。ここが映画とはちがうところである。
しかも彼女はどうもごきげん斜めらしい。口をヘの字に曲げたまま、仁王立ちして私をにらんでいる。真っ赤に塗られた長い爪は、妖艶というよりも猛獣を思わせた。目を合わせると危険だ。目線を落とすと、彼女の胸元にぶら下がっているダイヤのほうに目が行ってしまう。
女性の胸元を見るのは失礼だろうが、ここまで大きなダイヤを「見るな」というほうがムリだ。私の視線に気づいた小池さんが、「それは普段づかいなんですよ。彼女はもっと大きいダイヤをもっています」と説明してくれた。
そりゃすごい。宝石の鑑定にはちょっと自信のある私も、これ以上大きなダイヤとなると、いったいいくらになるのか想像もつかない。やっぱり世界的な大富豪の買い物は、日本の感覚とは桁がちがうのだろう。
ふきげんそうな奥さんとは対照的に、D氏はずっとニコニコ顔である。「ホラ、こんなに首の調子がよくなったから、おまえも診てもらえ」とでもいって、盛んにすすめているようだ。彼の笑顔が無邪気で、ちょっと親しみがわいてきた。
しかし奥さんのほうは、あまり乗り気ではないらしい。ニコリともしないから、何か警戒しているのかもしれない。これは要注意である。「あまり効果を期待しないように」とだけ小池さんから伝えてもらって、隣の部屋に移る。
そこにも、私が何回転でも寝返りが打てそうな、特大のベッドが置いてあった。ベッドカバーにほどこされた刺繍がキラキラと輝いている。そのベッドのふちに横になってもらって、一通り彼女の体を調べてみた。
やはり見た目の通り、健康そのものといった感じで、さしあたって問題はなさそうだ。問題のない体に施術したって、大きな変化が感じられるはずがない。それでも丹念に骨をチェックして、ズレている骨をサッともどす。それだけだから、アッという間に終わってしまった。
案の定、彼女が少しがっかりしているのがわかる。ここで営業のうまい人なら、多少のサービス精神を発揮して、適当にマッサージでもしておくのだろう。だが私はそういうことは一切しない。
施術に関しては私も愛想がない。ちょっとサービスのつもりでよけいなことをするのは、かえって危険なのだ。特に施術が初めての人や若い女性の場合、ちょっとしたことで極端な反応が出ることもある。だから一歩踏み込みたくてもがまんする。
この奥さん相手に、それを説明してみたところで仕方がないだろう。小池さんに向かって「終わりましたヨ」と声をかけると、「オツカレさん、どうだった?」と聞いてくる。「何も問題ありませんでしたヨ」とだけ返して、私は帰り支度に入った。
小池さんがエレベーターのところまで送ってくれるというので、D氏に会釈して部屋を出る。ドアの前には警護のセゲレが立っていて、明るく「またネ~ッ」とあいさつしてくれた。
エレベーターを待っていると、小池さんがスーツの胸ポケットから封筒を取り出して私の前に差し出した。反射的に受け取ると、やけに分厚い。おどろいている私に、彼は「今日のお礼です」といった。
お礼にしては多くないか。まさかコッテリとしたためた手紙が入っているわけでもあるまい。よせばいいのに、なかをのぞくと札束だ。私はそこから定額の料金分だけ引き抜くと、残りを彼に返した。
またしてもエエカッコシイの悪いクセが出てしまった。小池さんはたいしておどろきもしないで、だまって封筒を受け取るとポケットにしまった。そこでちょうどエレベーターが上がって来てドアが開いた。
彼は「私はまだ仕事が残っているので、今日はここで」というと、D氏の部屋にもどって行った。私はエレベーターに乗り込んだ途端、「あのままもらっておけばよかったか」と早くも後悔し始めていた。
それにしても、小池さんとはナニモノなんだろう。自分は秘密警察だといっていたセゲレが、治療のためにうちに来ていた時期と前後して、小池さんからの紹介で来院した男性もなんだかふしぎな人だった。
彼は、自分はCIAにマークされているのだといっていた。そして、CIAのナントカという機関がどこそこにあって、日本のダレソレという政治家が頻繁に出入りしているのだ、といった内容を熱をこめて話してくれた。
そのときは、よくある陰謀論の一種なのかと思いながら聞いていたが、あれは本当だったのだろうか。どうもあのころから、私の周りには不可解なことが起きるようになっていた。(つづく)
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