*小説『ザ・民間療法』全目次を見る 043
私の親しい友人である寺田さんは、ロック専門の音楽事務所をやっている。彼の紹介のおかげで、ロックミュージシャンたちからの予約も多くなっていた。

音楽の好みとしては、私はロックよりも圧倒的に藤圭子のファンである。だが、私は金髪のロングヘアーだし、(栄養失調で)細身の体に黒革のパンツを履き、(インドで仕入れた)ごつい装飾品をジャラジャラいわせていたせいで、「ロッカーですか?」と聞かれることが多かった。

寺田さんからも「オレらより、よっぽどロッカーっぽいよな」といわれていたほどだから、彼らとしても親しみやすかったようだ。

そのうちの一人である鈴木さんから、先日、彼のコンサートに誘われた。藤圭子ならなんとしても行きたいが、ロックとなると、その日は何か用事ができそうな予感がする。

そもそも私はロックコンサートで客席が総立ちになるのが苦手だ。そういって断ろうと考えていたら、先を見越した鈴木さんから「Mセンセイには座ったままでいられる席を用意しました」といわれてしまった。

ロッカーに似つかわしくないキラキラした目でそこまでいわれては、これはもう断れない。あきらめて出かけることにした。

コンサート当日。その日は仕事先から渋谷の会場へ直行する。かなり大きな会場の周辺は、いかにもロック好きそうな若者で混み合っていた。私もいつも通りロッカー風だから、ファッション的には目立たないだろう。つらくなったら途中でこっそり帰らせてもらおう。

ところが約束通りに用意されていた私専用の特別席を見ると、えらく目立つ場所である。こんなに前の席では途中退場するわけにもいかない。開始前から興奮で浮き立つ観客たちに囲まれて、場ちがいな沈んだ気分で腰を下ろす。すると私を待っていたかのように、耳をつんざくギターの音とともにコンサートが始まった。

いきなり熱狂の渦が私の席以外を包み込む。この時点ですでにつらい。始まったばかりだというのに、「もうあと何分だろう・・・」とそんなことばかりが頭に浮かんでくる。

そうやってじっと耐えていると、熱狂がだんだんと静まり始めた。気づくと、私の前にある巨大スピーカーからは何の音も聞こえてこない。今度は会場がざわつき始めた。

「なんだろう」そう思って見上げると、ギターを弾きながら歌っていたはずの鈴木さんに、何か異変が起きたらしい。彼のまわりにはスタッフが集まっている。どうやら手がつって、演奏ができなくなってしまったようだ。その状況を観客は固唾をのんで見守っている。

すると突然、鈴木さんがマイクを握った。そして必死の形相で、「Mセンセイはいますかーッ!お願いしまあああすッ!!」と叫んだのである。

「え? 私!?」

彼の突飛な絶叫に観客がおどろいている。だが呼ばれた私はもっとおどろいた。あわてて楽屋まで行くと、ステージからもどった鈴木さんの手を、スタッフが冷やしているのが見えた。

ロックやヘビメタのミュージシャンは激しい動きが信条だ。特にヘッドバンギング、通称ヘドバンによる頭を振る動きのせいで、首の骨が大きくズレてしまうことが多い。そのズレによって頭痛や吐き気が止まらない人もいるし、手に痛みやしびれなどの症状が出る人もいる。頻度からいっても、これは立派な職業病なのである。

鈴木さんをみると、やはり首の骨が大きくズレていた。彼の体には慣れているので、わりと安心して軽くズレをもどしてみると、すぐに手が動くようになった。彼は骨のおさまりもいいほうだから、これでもう大丈夫だろう。

「ヨシ、これなら」ということで、鈴木さんは勢いよくステージへもどっていった。その後ろ姿を楽屋から見送った私は、この日の役割を果たした気がしたので、そのまま会場をあとにした。

「やっぱり私にロックは向いていない」

そんな言葉をかみしめながら、やっと取り戻した静寂に包まれて家路についたのだった。(つづく)


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